宣戦布告

<ごきげんよう、初めましてですね>


ベクターは首を傾げた。

メンバーからの通話かと思えば、聞いたことが無い可憐な少女の声だったからだ。


「……ごきげんよう、君は誰だ?」


<シルヴィア・ウィン・トリスタンと申します。

 貴方様のお仲間が不慮の事故により、お亡くなりになられたので、お悔やみを申し上げようと……>


老人共が殺されてしまったことを瞬時に察し、ベクターは思わず頭に手を当てた。


「しばしお待ちを、シルヴィア嬢……いえ、陛下」


ベクターはこの問題が自身だけでは対処できないと考え、残されたメンバーを招集した。


だが、飛行船を辞退したベクターはともかく、最初から誘われなかった残りは無能もいいところだった。




「陛下、彼らの無礼に関しては私からも謝罪させて頂きます」



「勝手に話を進めるんじゃない。

 下手に出るな、小僧!」


「どうするのだ!?

 おい、ベクター、なんとか言わないか!?」


なんなんだ、無能達は。

と、ベクターは苛立ちを隠せない。


<ふふっ……なんだか、大変そうですね>


「そもそも、何故撃ち落とされたのだ!?

 小娘、我々は強いぞ、指先一つで大国を動かすことも……!」


<主要メンバーがお亡くなりになった今、あなた方にそんな力があるのですか?

 天界と名乗っていらっしゃるのですから、もっと平和な集まりかと思っていましたが……。

 でも、自身を責める必要はありませんよ、あなた方のところには裏切り者がいるのですから>


「っ!? ヘルマン卿、確かあなたは何処かの王国出身でしたな?」

「王政復活の為……?」

「私を疑う気か!?」


シルヴィアがいつもの戦術を展開し、会議室がざわめきだした時だった。

ベクターは動いた。


(ちょうどいい機会だ、掃除させてもらう)



受話器越しに銃声が響いた。

いつも通りの展開と、シルヴィアは紅茶を飲む。

が、それはいつもと少しだけ違った。




<シルヴィア陛下、お騒がせして申し訳ありません。

 お話の続きを>


「……他の方々は?」


<今は私だけです。

 御忠告感謝します、ユダが居たとなると大変ですから、全員始末しました>


「……っ」


シルヴィアは思わず唇をかんだ。

事態が混乱すると予測するや否や、皆殺し。

この男は今までと違う。

容赦がない。そう、まるで彼のようだ。


「面白い奴がいるじゃないか。

 貸してくれ、シルヴィア、狂人のお相手は狂人がお似合いだろう。


 初めまして、ジーク・アルトと申します。

 何と言えばいいか……只の少佐です」




<……そうか、実在したのか。

 お話しできて光栄だ、前大戦の狂犬。


 私はベクター・ノビコフ。

 まぁ……しがない商人だ>


一旦の空白。

 静かに息を吐き、先制を仕掛けたのは、ベクターの方だった。


<是非ともお聞かせ願いたいな。

 忌々しいリカール大虐殺からの世界大戦……。


 君は何人殺すつもりだ?

 そして……今度は小国の犬となり、何を目指すつもりだ?>


「お説教ですか?」


<……いや、興味本位だ。

 だって、そうだろう。

 利益を求めぬ戦争があるか?

 それとも、そこのお姫様の為か?


 こんな場で言うのもなんだが……どうだ、私の元につかないか?

 君は間違いなく最強だ。

 報酬は弾む、なんならそこで死んだ人間の財産を分けてもいい。

 夢も、女も……金さえ払えば、何でも手に入る。

 金は全てだ。大富豪となった、この私が保障しよう>


何時しかの王子、アサド以来の勧誘だ。

だが、こちらは具体的な数字まで提示してきた。


しかし、ジークの返答はもちろん……。


「ふふ……残念だが、それはお断りさせてもらう。

 私が保障する? そんな白けた声を上げて何を言っているんだ?


 本当はつまらないんだろう、可哀そうに」




<……聞いていなかったのか、全てが手に入るんだ。


 なら、言わせてもらうが、殺しというものは生産的か?

 何も得ず、いつまでも戦争に狂い、そしていずれ惨めに死ぬ。

 論理的に説明してくれ、何処が良いんだ?>


「論理……? 

 生き様にすら理由を求めるのか?

 つまらないぞ、それ。


 戦争の中に居て、やがて死ぬ。

 俺は戦争が好きだ、好きなことをしながら、死ぬというのは幸せなことじゃないのか?

 そうだ、戦争にいる限り、俺はいつでも満足して死ねる。


 で、そちらはどうなんだ、ベクター・ノビコフ?

 年老いて、どんどん死んでいくというのに、いつまでも無限に金を積み立てる。

 それを眺めながら死ぬか?

 それで満足できるのか?

 死ぬ間際に後悔しないと断言できるか? 」


<……!>


ベクターにとって、痛恨の一撃だった。

大戦中は純粋に楽しかった。

軍の高官相手に大立ち回り、金か自身の命か、スペクタクル。

そして、そのおこぼれを求め、多くの命が血を流す。

生きるか、死ぬか……このギャンブルは極めて痛快だった。


だが、今は……ただただ虚しい。

大戦が終わり、平和が戻って来て、世界は狂気を忘れた。

金を得る方法もテンプレート化、戦争なんてリスクのあることを犯す必要がない。

ノーギャンブル、ノーリスク。

自分はその虚無の中で、空しく死んでいく。

ベクターはそのことに気づき始めていたが、気づかないふりをしていた。

彼もまた、戦争に生きた一人なのだ。

勝利が欲しい。


それを言い当てられたのが……酷く癪に障った。


<私だって、戦争を生き残った人間の一人だ。

 ……私が何処に居るのか、教えてやろう。


 貴様らの祖国、リカールだ。

 貴様の国は私の住処となっているのだ>


「……成程、それは中々腹立たしいな。

 で、どうする? いや、どうしたい?」




<もう一度戦争がしたい。今度こそ、自分の思い通りの。

 そうだ、あの時の様に、私がアンバランスな世界を動かす。

 あの時の様に、あの恐ろしい、狂気に染まった世界を。

 もう一度だ。あの時の感動を……>


「そうだ、いいぞ……さぁ……」「言っちゃえ、言っちゃえ!」


<私は……俺は勝負に出る。

 トリスタン王国、いや、貴様に宣戦を布告する

 ジーク・アルト、私は貴様を抹殺する>


「……全身全霊でお受けする」



「ベ、ベクター様、これは一体……?」


ベクターの秘書である、美しい女性シンシアは会議室内のあまりの狂気じみた光景に絶句していた。

瞳孔が開き切った死体、それを気にせず、中央で堂々と椅子に座り、ワイン片手に笑みを浮かべるベクター。


「シンシア、私の財産の全てを引き出せ。

 ありったけ、全てだ。

 その金で選りすぐりの傭兵を雇え、今すぐに」


「一体何を……?

 落ち着いてください、今まで積み上げて来たものを全てだなんて……!」


「落ち着け……?

 面白くない。

 せっかく、戦争をやるんだ。

 完全にくるってしまうのが、礼儀だろう?


 俺が積み上げて来た全てで、奴を抹殺してやる。

 ……今度こそ、良い戦争を」





ジークはゆっくりと、受話器を置き、暫く静かに笑っていた。

そして、シルヴィアにこう尋ねた。


「これから大戦争をするが、問題ないか?」


「……私が怖気づくような小娘に見えますか?

 女王ですよ、高みから人の死を見下すのが、私です。

 存分にお付き合いさせて頂きますわ」




「ふっ……なら付き合ってもらおうか?

 この国の放送局をお借りする。

 エリー……。

 いや、副隊長、時間だ」


ジークは日が落ちて来た、空を見上げた。


「……何なりとご命令を、大隊長」


「状況を開始する。

 この国から、届く範囲全ての国の全ての無線帯へ、緊急入電。

 "夜が来た、大隊戦友諸君"」


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