地上へようこそ

「……ん?」


巨大飛行船アルカンジュの航海士は、面を上げた。

上から音がした気がする、飛行船内部の何かが破損したのだろうか?

様子を見て来ると言い、彼は梯子を上り、ヘリウム室の様子を見に行こうとした。

が、そこで見たのは、異常では無かった。

いや、異常存在ジーク・アルトだった。


「だ、誰だお前は!?」


「王国からのデリバリーですよ、さようなら」



「小娘には分かるまい、この空飛ぶ城の強さは。

 まぁ、君の国の骨董品兵器で届くかどうか試してみるといい」


 彼らは優雅に談笑しながら、空の旅を行く。

 事態が変わったのは、丁度、トリスタン上空に差し掛かろうとした時だった。


「シルヴィア嬢、黙りこくってしまいましたな」


「恐れおののいて逃げ出したのだろう。

 なぁに、泳がせておけ。

 我々の情報網を試すいい機会……なんだ、この揺れは!?

 き、機長を呼び出せ!」


 突如、世界が横転した。

 机のカップは倒れ、誰もが壁際へと吹き飛ばされる。

 そんな中、誰かがやっとのことでつかんだ受話器から、楽しげな声が響いた。


 <機長はお休みになられました>


「貴様何を言っている!?

 ……待て、クルーの声じゃないな!

 誰だ、貴様!?」


 <機長代わりまして、ジーク・アルトです。

 快適な空の旅と行きたいのですが……フライトプランを変更させて頂きます。

 いかんせん、操縦方法なんてわからないもんで、ははは>


「ジーク・アルトだと!?

 ええい、護衛の兵達は何をしているか!?」


 ふわふわと、急上昇と、急降下を繰り返す飛行船の中、執事が必死になって呼び出すが、彼は聞こえて来た音声に顔をしかめる。聞こえてきたのは、阿鼻叫喚の呻き声だった。


「奴が……ジーク・アルトがコックピットのガス排気システムを操作して、兵員室にガスを充満させたようです。ぐわぁ!?」


「誰かどうにかしてくれ!」「「無茶を言うな、貴様がどうにかしろ!」「椅子が飛んでき――!?」


 横転しているのか、上昇しているのか。

 それすらもわからぬまま、彼らは無様に転がり続ける。


<あっ……駄目だ。

 もう助からないぞ。

 自分は先に下に降りさせてもらいます>


「ま、待て! 待ってくれ、ジーク!

 何が望みだ、望みを言ってくれ! 

 た、助けてくれ!」


<では、天界の皆様方。

 地上へようこそ>


 ◇


 一人の男が目を覚ました。

 彼は天界メンバーの一人、人の命を何とも思わない主義の男で、一般奴隷から、性奴隷まであらゆる人身売買のマーケティングルートを作り出し、戦争中は前線へと罪なき人々を流しこみ、多くの利益を得た者だった。


 毎晩、女達を侍らせ、大金の山を眺める日々……。

 だが、今日は目が覚めると、そこは火の海だった。


(な、なんだこれは……確かトリスタンの小娘を……ひっ!?)


 状況を確認しようと、目を向けた先には、肉塊と化した仲間達が転がっていた。

 そして、自分の右腕も、ズタズタなぼろ雑巾の様になっていた。

 加えて、下からは焦げ付くようなにおいが。


(わ、私は生きねばならんのだ、私は特別なのだ――!)


 僅かに息をし、助けを求める仲間達の腕を振りほどき、焼ける痛さを堪え、光の方へ、光の方へ……。

 そして、見えてきたのは、微笑ましい光景だった。


 ピクニック用の野外用テーブルで、3人がティータイムを楽しんでいた。


「それでね、ジーク君たらね、凄く音痴で……」


「ふふっ……そうなんですね」


「おっと、御目覚めのようだ。

 騎士団、出番だ」


「た、助けてくれ……金なら、いくらでも……」


 男は必死にそこへと手を伸ばす。

 だが、その手は鋼鉄の騎士達によって踏みつけられる。


「汚い前足で陛下に障ろうとするとは何事か!?

 控えろ!」


「がぁぁあ! 腕が、腕がぁぁぁ!

 貴様ら、こんな真似をして、ただで済むと――」


「どうなるんですか?」


 彼を見下ろすような形で、可愛らしく小首をかしげながら、シルヴィアが尋ねる。


「ぐぐっ……シルヴィア嬢、いや陛下。

 おやめになった方がよろしい。

 わ、我らに歯向かうなど……!」


「とはいっても、残念ながら、あなたのお仲間は燃え尽きてしまったようですが……」


「な、なにが望みだ!?

 金か!? それとも……ああ、領地か!?

 あのビザンツ帝国とやらは、確かに面倒だ! 我々の力をもってすれば!」


「それだけですか? もっとです、もっと……。 更に、もっと」


「い、一体何を!?

 何を寄こせばいいんだ!?」


 痛みに耐えながらも、必死に声を荒げる彼。

 その彼の前に、ジークが立ちはだかった。


「貴様らみたいな小物じゃない。

 もっと切れる奴がいる筈だ、そいつは誰だ?」


「こ、この私を小物だと……!?

 ひっ……!?」


 なけなしのプライドも、銃口の前では無力だ。


「豚の方が良かったか?

 さぁ、何処に居るんだ?」


「ぐっ……ベクターだ。

 ベクターと言う小僧が……我々の中で一番の切れ者だ」


 彼自身は自身より若いベクターのことを嫌っていた。

 だが、事実として、ベクターは切れ者である。

 それを口に出すというのは大変な苦痛だ。

 しかし、これで……。


「さぁ、言ったぞ!

 早くこの腕をどうにかしろ、おいそこの騎士、私を運ばないか!」


「まぁ、待ってください。

 あなたにはもう一つ、罪があります。

 ……不法入国罪です、これより裁判を始めます。

 被告が有罪であると思うものは挙手を」


 シルヴィアの言葉に、本人合わせて三人、そして騎士たちが一斉に手を上げる。


「なっ!? こんなのふざけてる!? 

 冗談は止せ!滅茶苦茶だ、私を助けろ!」


 そんな言葉を聞くはずがなく、エリー、シルヴィア、ジークは銃を取り出す。

 それぞれの笑みを浮かべながら。


「待ってくれ、死にたくない! 死にたくないよ、か、母さん!」


「ようこそ、トリスタンへ。

 全力で歓迎しませんわ、さようなら」






 ◇




「……ん?」




 殆どが空の旅に出かけた中、一人残っていたベクターは、突如なりだした受話器に怪訝な表情をする。


 この一本の電話から、また世界が揺れ動くことになるとは。




 そして、千匹の一匹狼たちが夜を待ちわびているということは。




 ……まだ、誰も気づいていない。


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