地上へようこそ
「……ん?」
巨大飛行船アルカンジュの航海士は、面を上げた。
上から音がした気がする、飛行船内部の何かが破損したのだろうか?
様子を見て来ると言い、彼は梯子を上り、ヘリウム室の様子を見に行こうとした。
が、そこで見たのは、異常では無かった。
いや、
「だ、誰だお前は!?」
「王国からのデリバリーですよ、さようなら」
◇
「小娘には分かるまい、この空飛ぶ城の強さは。
まぁ、君の国の骨董品兵器で届くかどうか試してみるといい」
彼らは優雅に談笑しながら、空の旅を行く。
事態が変わったのは、丁度、トリスタン上空に差し掛かろうとした時だった。
「シルヴィア嬢、黙りこくってしまいましたな」
「恐れおののいて逃げ出したのだろう。
なぁに、泳がせておけ。
我々の情報網を試すいい機会……なんだ、この揺れは!?
き、機長を呼び出せ!」
突如、世界が横転した。
机のカップは倒れ、誰もが壁際へと吹き飛ばされる。
そんな中、誰かがやっとのことでつかんだ受話器から、楽しげな声が響いた。
<機長はお休みになられました>
「貴様何を言っている!?
……待て、クルーの声じゃないな!
誰だ、貴様!?」
<機長代わりまして、ジーク・アルトです。
快適な空の旅と行きたいのですが……フライトプランを変更させて頂きます。
いかんせん、操縦方法なんてわからないもんで、ははは>
「ジーク・アルトだと!?
ええい、護衛の兵達は何をしているか!?」
ふわふわと、急上昇と、急降下を繰り返す飛行船の中、執事が必死になって呼び出すが、彼は聞こえて来た音声に顔をしかめる。聞こえてきたのは、阿鼻叫喚の呻き声だった。
「奴が……ジーク・アルトがコックピットのガス排気システムを操作して、兵員室にガスを充満させたようです。ぐわぁ!?」
「誰かどうにかしてくれ!」「「無茶を言うな、貴様がどうにかしろ!」「椅子が飛んでき――!?」
横転しているのか、上昇しているのか。
それすらもわからぬまま、彼らは無様に転がり続ける。
<あっ……駄目だ。
もう助からないぞ。
自分は先に下に降りさせてもらいます>
「ま、待て! 待ってくれ、ジーク!
何が望みだ、望みを言ってくれ!
た、助けてくれ!」
<では、天界の皆様方。
地上へようこそ>
◇
一人の男が目を覚ました。
彼は天界メンバーの一人、人の命を何とも思わない主義の男で、一般奴隷から、性奴隷まであらゆる人身売買のマーケティングルートを作り出し、戦争中は前線へと罪なき人々を流しこみ、多くの利益を得た者だった。
毎晩、女達を侍らせ、大金の山を眺める日々……。
だが、今日は目が覚めると、そこは火の海だった。
(な、なんだこれは……確かトリスタンの小娘を……ひっ!?)
状況を確認しようと、目を向けた先には、肉塊と化した仲間達が転がっていた。
そして、自分の右腕も、ズタズタなぼろ雑巾の様になっていた。
加えて、下からは焦げ付くようなにおいが。
(わ、私は生きねばならんのだ、私は特別なのだ――!)
僅かに息をし、助けを求める仲間達の腕を振りほどき、焼ける痛さを堪え、光の方へ、光の方へ……。
そして、見えてきたのは、微笑ましい光景だった。
ピクニック用の野外用テーブルで、3人がティータイムを楽しんでいた。
「それでね、ジーク君たらね、凄く音痴で……」
「ふふっ……そうなんですね」
「おっと、御目覚めのようだ。
騎士団、出番だ」
「た、助けてくれ……金なら、いくらでも……」
男は必死にそこへと手を伸ばす。
だが、その手は鋼鉄の騎士達によって踏みつけられる。
「汚い前足で陛下に障ろうとするとは何事か!?
控えろ!」
「がぁぁあ! 腕が、腕がぁぁぁ!
貴様ら、こんな真似をして、ただで済むと――」
「どうなるんですか?」
彼を見下ろすような形で、可愛らしく小首をかしげながら、シルヴィアが尋ねる。
「ぐぐっ……シルヴィア嬢、いや陛下。
おやめになった方がよろしい。
わ、我らに歯向かうなど……!」
「とはいっても、残念ながら、あなたのお仲間は燃え尽きてしまったようですが……」
「な、なにが望みだ!?
金か!? それとも……ああ、領地か!?
あのビザンツ帝国とやらは、確かに面倒だ! 我々の力をもってすれば!」
「それだけですか? もっとです、もっと……。 更に、もっと」
「い、一体何を!?
何を寄こせばいいんだ!?」
痛みに耐えながらも、必死に声を荒げる彼。
その彼の前に、ジークが立ちはだかった。
「貴様らみたいな小物じゃない。
もっと切れる奴がいる筈だ、そいつは誰だ?」
「こ、この私を小物だと……!?
ひっ……!?」
なけなしのプライドも、銃口の前では無力だ。
「豚の方が良かったか?
さぁ、何処に居るんだ?」
「ぐっ……ベクターだ。
ベクターと言う小僧が……我々の中で一番の切れ者だ」
彼自身は自身より若いベクターのことを嫌っていた。
だが、事実として、ベクターは切れ者である。
それを口に出すというのは大変な苦痛だ。
しかし、これで……。
「さぁ、言ったぞ!
早くこの腕をどうにかしろ、おいそこの騎士、私を運ばないか!」
「まぁ、待ってください。
あなたにはもう一つ、罪があります。
……不法入国罪です、これより裁判を始めます。
被告が有罪であると思うものは挙手を」
シルヴィアの言葉に、本人合わせて三人、そして騎士たちが一斉に手を上げる。
「なっ!? こんなのふざけてる!?
冗談は止せ!滅茶苦茶だ、私を助けろ!」
そんな言葉を聞くはずがなく、エリー、シルヴィア、ジークは銃を取り出す。
それぞれの笑みを浮かべながら。
「待ってくれ、死にたくない! 死にたくないよ、か、母さん!」
「ようこそ、トリスタンへ。
全力で歓迎しませんわ、さようなら」
◇
「……ん?」
殆どが空の旅に出かけた中、一人残っていたベクターは、突如なりだした受話器に怪訝な表情をする。
この一本の電話から、また世界が揺れ動くことになるとは。
そして、千匹の一匹狼たちが夜を待ちわびているということは。
……まだ、誰も気づいていない。
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