行ってらっしゃいませ、愛しの戦争へ

「リカール大隊、副隊長エリー・トストより総員へ。

 傾注!」


 ザッと、土を蹴る音が辺りに響く。

 様々な軍服に、様々な顔つき……だが、一糸乱れぬ集団行動。


(この人達が……前大戦の悪夢……。

 これが、大国抹消させた……リカール大隊……!)


 シルヴィアは、思わず息を呑んだ。

 そして、歓喜に震えた。


(見たい……この人達が、世界をまた粉々にするのを……!)


 誰も息もつけぬような、圧倒的なまでの迫力。

 それをバルコニーから見下ろしていたジークは、唐突に笑い声をあげた。


「……呼び出してこんなことを言うのもなんだが……。

 まさか、此処まで集まるとはな。

 嘆かわしい、平和を謳歌するだとか、生きがいとやらを見つけられやしなかったのか、お前達は。

 十人集まればいいものだと思ってたぞ、俺は」




「へへっ、それは無理な話だ!」

「我ら、平穏に生きるすべを知らぬ」

「おいおい、隊長が一番わかっているんだろう、なぁ?」


「違いない」


 まるで古い親友と会ったかのような呑気な掛け合い。

 その異様な雰囲気に、トリスタン騎士団は戸惑いを隠しきれていない。

 だが、彼らの主、シルヴィアは何も不自然とは思わなかった。

 彼女はバルコニーの椅子に腰を掛け、ゆったりと紅茶をたしなむ。

 その横にエリーが座った。


「楽しそうですね、ジークさん。

 そうですよね、やっと日常に戻れるのですから」


「随分この空気に毒されちゃったね……シルヴィアちゃん。

 そうだよ、ジーク君はこれがしたいだけだったんだよ。

 ジーク君は私のことをいつまで経っても子供みたいだって言うけど、ジーク君も似たようなものだよ。

 結局は、ただただみんなと昔みたいに戦争がしたかっただけ。


 一応、ごめんね、人の国をこんな理不尽な理由で滅茶苦茶にしちゃって……」


「いいえ、大丈夫ですよ。

 お二人が居なければ、私は今頃……。

 感謝してます。

 こんな素敵な人生を送らせて頂いて」



「そうだね! ごめんじゃなくて、ありがとうだね!」


「ええ……私達は親友ですから」



そんな二人に興味も示しことなく、ジークは興奮を隠しきれない口調で語りつくす。



「我々の戦争は終わっていない。

 何故か?


 当然だ、故郷で栄光の凱旋をしていないからだ。

 ならば、どうすればいい?

 我らが大隊、ベルストツカ公国 第2大隊 隊長 アラン・スミス」


「はっ、我らが未だ参事を受けてないということを数万発の祝砲と、積み重ねた敵兵の死体で分からせるべきかと」


「成程。

 ……しかし、我らは忘れられてしまったようだ。

 歴史の教科書には我々の名はのっていない。


 ならば、どうする?


 我らが大隊、ソラシド共和国、第3遠征中隊 隊長 ケティ・フローレンス」


「ならば、もっとわからせるだけの事。

 歴史も無視できないぐらい死体を積み上げればいいのですわ」


「確かに。


 だが、よく考えれば歴史の教科書に載ったところで我々は十数万の犬軍人家畜みんかんじんを殺した戦争犯罪者集団に過ぎない。


 さならば、どうする?

 リカール大隊、第一突撃小隊、隊長、ヘレン・アーカー」




「犯罪者を罰する裁判官とか、法律さえも全て燃やし尽せばいい」




「天才だ!

 だが……全てを破壊してしまえば、反抗する全てを抹殺してしまえば……。

 そこで、戦争は終わってしまう。


 ……だったら、どうする?

 どうするんだ? 戦場の中でしか生きられぬ獣共。


 だったら、だからこそ……我らは一切の正義を持たない。

 そうだ、正義の主張は戦争の勝利者に与えられた全てを自分の望む色に書き換えられる特権。


 しかし、我らはその権限を行使しない。

 好きに人を殺しては、ただただ立ち去る。

 そこに混乱が残ろうと、悲劇が残ろうと……知るか、気に入らないのなら我々を殺せばいい。

 人の言葉がわらかぬ害獣は駆除されるべきだ。


 そうだ、我々は今から戦場に行く。

 特に意味もなく、殺して、殺されに行く。


 さぁ、どうする、第一迫撃砲部隊、隊長」


「はっ、精密攻撃、照準、一切合切、必要無し! 無照準での無差別攻撃で以って、全てを破壊します!」


「ふふ……今度は間違えなかったな。


 さぁ、諸君、戦争だ!

 我らが愛すべき祖国を取り戻しに行こう!

 我らが憎むべき祖国をこの世から完全に消し去ろう!

 特に理由もないが、人を殺しに行こう!


 行くぞ、3500匹の畜生、家無し子共、戦犯共!

 生き場を見つけられないお前達が、生きられる世界はそこに広がっている!

 死に場を見つけられないお前達が、死ねる世界はそこに広がっている!


 帰ろう、懐かしの風景せんじょうへ、愛しの青春せんそうへ、我らの故郷リカールへ!」




「総員、戦闘用意!」「弾込めよし 安全装置よし 単発よし!」「隊列、縦隊!」

「リカール大隊、全部隊、戦闘用意よし」


 そして、エリーが再び立ち上がった。

 彼女の手にはリカールの国旗が。


「我らが唯一司令官。

 ジーク・アルト最高指揮官代行殿、我々に何なりと命令を」


「承知した。

 リカール大隊各員へ告げる。

 最高指揮官命令、最上位命令である。


 攻撃目標、リカール全土。

 第二次リカール王都襲撃作戦を開始する!

 有象無象、徹底的な無差別攻撃、全てを殲滅だ。

 殲滅戦を開始せよ。

 ……大隊戦友諸君、状況を開始せよ」


 命令を受けるや否や、満面の笑みを浮かべ、我先にと戦場に向け、戦車へと、飛行船へと走り出す兵士達。

 まるで、あの時の様に。


 シルヴィアも立ち上がり、バルコニーから未だ困惑している騎士達に向け、指を鳴らす。

 主の命令を認識した瞬間、恐怖困惑を忘れ、彼らも戦場へと走り出す。


「やった……やったぞ、エリー。

 また戦争が出来るぞ……ははっ……あの時の続きがまた出来るぞ」


「もう……本当に仕方ないんだから……」


 3500人の殺人集団を率いる化け物……とは思えないような仲睦まじい様子の彼らを横目に、シルヴィアは微笑みながら、紅茶を口に運ぶ。


「おっと、シルヴィア。

 本当にありがとう、これで俺はまた大戦争が出来る。 

 ……特にやれるものはないが、戦火で燃え滾った狂った戦後の世界をやろう」


「あら、楽しみです、本当に」


「ああ、期待しておけ。


 行くぞ、エリー」


 意気揚々と嬉々として、戦地へ赴く彼らに、シルヴィアは微笑と共に手を軽く振る。


そして、そっと呟いた。


「……本当、素敵で、愛おしい方。

 行ってらっしゃいませ、愛しの戦争へ」


 彼女はゆっくりと目を瞑り、地獄絵図と化すであろう遠くの地を思い浮かべ、にっこりと微笑んだ。


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