狂気の大隊

「大隊長殿、我らがリカールが見えてまいりました!」


 とある国から拝借した戦車の砲塔部から、顔を出したジークは、生まれ故郷の今の姿を眺める。

 あの時と変わらない、砲撃で何もかもが破壊され、人々が焼かれた見捨てられた地獄の大地。

 いや、見捨てられてなどはいなかった。

 遥か遠く朧げに見える、幾重にもわたる防衛陣地、空には防衛目的の武装飛行船が。

 厳重に守られている。

 そして、ジークに周囲には機甲大隊、騎兵までもが。


<トリニティ、コースよし!

 用意、用意、用意……降下、降下、降下!>


 空からは降下兵達が、地面も空も戦争狂者ともが埋め尽くしている。

 そう、あの時と何も変わっていない。

 いや、それ以上の戦争が目の前に……。


「……強者たちよ、いざ進まん。

 我々の祖国、リカールの為に」


 上機嫌なジークの鼻歌……リカール国歌は、エリー、そして戦車兵達から全ての兵へと伝染していく。

 総勢3500人の大合唱。

 傍迷惑な狂気が今まさに、幕を開けようとしている。


 ◇


 いよいよ、始まった大戦争。

 鳴りやまぬ銃声と、断末魔。

 その中に塹壕を掘り、そこに鎮座している部隊が居た。

 ジークと敵対する軍勢、すなわち宣戦布告を行ったベクターが雇った傭兵たちだ。


「ちっ……大隊規模じゃなかったのかよ。

 こっちは8000人規模とはいえ!」


「どうせ、我々は最前線!

 一番最初に弾に撃たれる係り、数は関係ないですぜ、隊長!」


「ああ!

 ……クソ、生き残るぞ!」


 彼らは家族の為傭兵として各地を転々としてきた。

 そんな彼らでも見たことが無いような、大量の報酬が目当てだ、これを生き残ればもう戦場に出る必要はない。

 しかし、二流ではないようだ、隊長の的確な指示のもと、迫り来る敵に対処する。


「うわぁ! な、なんだあの時代遅れの騎士崩れ共は!

 真っすぐ突っ込んでくる、恐怖を知らないのか!」


「落ち着け!

 足が速いだけだ、近づいてきたとこを冷静に狙い撃て!

 弾を無駄遣いするなよ!」


「陛下の為にぃ!」


 絶叫と共に迫り来るトリスタン騎士団、だが、いざ、塹壕へと言うところで、彼らは銃弾に倒れる。

 塹壕に彼らの死体が流れ込んでいる。


「ふん……勢いは良かったんだけどな。

 おい、長期戦になりそうだ! 使える弾はぶんどっとけよ」




 トリスタン騎士団、以前の様に前線で恐怖に怯え、縮こまっているということはないが……所詮は君主と狂気の月焼け刃、能力自体は並みかそれ以下だ。

 だが、彼らのある部分はけた外れだった。


「了解、怨むなよ、使えるものはいただく、それが俺達……」


「……!?

 待て、触るな!」


 部下が死体をあさろうとしようとした時、隊長は何か嫌な予感を感じ、そう叫んだ。

 だが、時すでに遅かった。


「あ? どうしたんだよ、大丈夫だって、ちゃんと死んでる……」


「……ト、トリスタンば、万歳……!」


「こいつ、自爆する気――!?」


 事態に気が付いたのが遅すぎた、トリスタン兵達は自身に炸薬を巻いていたのだ。

 トリスタン騎士団が唯一勝っているところ、それは忠誠心だ。

 帰る場所があるこの傭兵などとは大違いだ、彼らは命を捨てた身。

 シルヴィアに忠誠を誓い……その為なら、喜んで命を投げ捨てられるのだ。


 爆風で軽く吹き飛ばされ、一瞬気を失った隊長はそこに悪夢を見る。

 戦友達が変わり果てた姿で横たわっていた。


「……ジェイド、しっかりしろ!

 逃げるぞ、あの娘と上手く行きそうとか言ってただろう!?


 マック、ボリス、ミッチー!……おい!

 み、みんな死んじまったのか……!」


 呆然と立ち尽くす中、土煙の中、死体に見えた一人の男がかすれた声で笑っていた。

 自爆を敢行したトリスタンの騎士だ。


「貴様……!

 よくも、俺の仲間を、兄弟を、家族を!」


 不必要な暴力はしないがポリシーだった隊長は、叫び声をあげ、瀕死の彼を銃身で殴り、足で何度も蹴り飛ばした。

 何度も、何度も。


「死ね、死ね、死ね、死ね、死っねぇっ! 死んじまえよ、お前なんか、苦しんで死ね――!」


 が、その騎士に復讐することは敵わなかった。


「か、母さん、見てるか、俺は夢をかなえたぞ……。

 弱虫だった俺が、こんなに敵をいっぱい倒したぞ、強くて立派な騎士に成れたぞ。

 トリスタン万歳、姫……少佐……ばんざ……」




 その騎士は身体がバラバラになりながらも、隊長が唖然とする中、にっこりとやすらかに逝った。

 いや、彼だけではない。

 ジークに率いられる全ての兵が安らかな寝顔をしている。



 リカール大隊は強い。

 それに加え、大隊と対峙した敵は戦意を失う。

 当然だ、こちら側は泣き叫んで死んでいくというのに、死にゆく敵兵は満足げに微笑みながら死ぬ。

 怒りをぶつけることすら出来ない、拷問されたら爆笑するような連中……そんな相手に士気が上がる筈もない。


 だから、責任感、正義感が強い者程追い込まれ……狂う。


「……ジ、ジ、ジーク・アルト! ジーク・アルト、俺はお前を殺してやる、八つ裂きにして、オーブンで焼くようにして、泣き叫ぶほど拷問をして、俺と仲間の村で公開処刑して……アハハ見ろよ、ジェイド、あいつだるまみたいだぜ! ハハハ、アハハハッハハハ、ヒャハハハハ!アヒャァハハ――!」


 そして、狂気に囚われた人間は、1km先の狂気の権化によって狩り取られる。


「ヘッド、一名ダウン。

 凄いよ、ジーク君、今日83人目だよ!」


「ああ……ははっ、いや、今日は調子がすこぶるいい。

 こんなものじゃない。まだやれるぞ。

 なんたって今日は、待ちに待った大戦争なんだからな」


 撃っても、撃っても、まだまだ大勢残っている敵。

 居る筈だ、狂気に呑まれない強い兵士が、若しくは狂気に完全に飲まれた狂戦士がいる筈、とジークは幸せな妄想を膨らませるのであった。




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