戦争前夜

この作品は、日本が世界に誇るダークファンタジー漫画をリスペクトした作品です。


ご意見等は、作者ノート"ご意見募集、前線劣等生の今後の更新について。"をご覧になられていただけると幸いです。



「鈍感が過ぎるぞ、童貞。

 俺は数多くの戦場に行ってきた、いろんな憎悪と狂気を見て来た。

 既に敵はすぐ傍だ、戦争前夜だ」


「な、何を訳の分からないことを!?」


「だってそうだろう、貴様らの直ぐ傍に敵はいるんだ。

 それも何年も前からだ、ずっと侵略し続けられているんだ」


 ジークの言葉に、騎士団の面々はどよめく。

 言っている意味は分からないが、死屍累々の中、この騎士団で最強の団長を一瞬でねじ伏せた男の言葉だ。

 聞き入ってしまう。


「貴様らは国民に好かれていない、そうだな?

 税金泥棒だの、野蛮人だの……必死に騎士団という勇ましい名前で誤魔化しているようだが、それは無駄なことだ」


「部外者が分かったような口を聞くな”

 我々は謙虚だ。貴様の様に暴力で解決したりなどしない!」


「じゃあ、シルヴィアがどんな目にあったか、聞きたいか?

 彼女はガソリンで火炙りにさせられ、挙句の果てに性奴隷として売り出されるところだったんだぞ」


「……本当なのですか、王女様?」


 若手の兵の問いにシルヴィアが無言で頷いた事から、更に騎士団の動揺は広がる。

 騎士団というが、十人十色。

 ただただ、団長に忠誠を誓うものも居れば、心からシルヴィアを守りたいと思う者もいる。

 彼らは、確かに国民とシルヴィアが上手く行ってないことは知っていた。

 だが、まさかそれほどまでとは考えていなかったのだ。



「貴様らだって例外じゃないぞ。

 例えば、そこのお前。

 さっきそこの死体を見て、一瞬笑ったな。どうしてだ?

 言ってみろ。良いじゃないか、そいつはもう死んでる」


 いきなり指を指されたアレフというの名の兵士は慌てた。

 だが、ジークの言うことは事実で、彼の言葉は何かを吐き出させるようなものだった。

 彼自身も吐き出したかった。


「こ、この男は俺の息子に石を投げたんだ。

 殺人鬼の息子だって……」


「ああ、そうか。

 やっぱりそうだ、国民達は貴様らを殺したがってるぞ」


「ふっ、それは理論の飛躍だ。 たったそれだけのことで……」



 団長は部下達を冷静にさせる為、ジークの論を一笑しようとした。

 だが、それはジークを援護してしまった。


「……団長、たったそれだけとはどういうことですか!?」


「……っ! ちっ、違う! 話を聞くんだ、アレフ!」


「おいおい……聞いたか、皆。

 部下の息子のことをそれだけ呼ばわりだぞ?

 指導者は冷酷であれというが、これが正しい姿なのだろうか?


 そうだ、皆、毒されているんだ。

 国民達は税金を払っているからという理由で、貴様らに暴言を吐いた。

 そして、次は兵舎に落書き、いやがらせ、果ては子供に石を投げ始めた。


 お前達はそれを仕方ないと思い始めている、そうだな?」


「……っ!?」


 図星だった。

 全ての責任を押し付けられた、シルヴィアよりマシとは言え、彼らの扱いも酷いものだった。

 名家出身の騎士団長やその他幹部はまだいい。

 末端の兵士は、良いストレス発散の道具として指を指され嗤われ続けていた。

 その結果、彼らはすっかりプライドを無くしていた。

 自分達は子供にすら笑われる、無能な集団だと。


「これは侵略だ。

 戦争だぞ、もう既に仕掛けられているんだ。

 国民達はか弱いふりをして、団結して、お前達を追い詰めているんだ。


 奴らは強いぞ。

 お前達が市民に暴力を振るえば、軍人による卑劣な暴行だ、それは悪の所業だ。

 だが、市民が一致団結して、軍人をなぶり殺しにすればそれは正義の革命だ。

 奴らは既に理論と正義で武装している。 


 平気で暴言を吐き、こんなか弱い女王に寄ってたかる連中だぞ、お前達が彼らに殺されないという保証はどこにある?


 お前の妻が、息子が、犯されて、殺されないという保証は誰がしてくれる?


 それだけじゃない。

 お前の隣のそいつは本当に味方か?

 出世の為に蹴落とそうとしているのでは、お前を恨んでいるのでは?

 誰が味方であるということを保障する?


 誰が、誰が?」


「ああ……!」「殺される、嘘だ。そんなの……」


「止せ、ジーク・アルト!何がしたいんだ!?

 姫! こうしている間にも、我が国は他国から攻められるのですぞ!?」


 だが、その問いにはジークが答える。


「騎士団長なら、それを止めることが出来ると?

 姫君一人守れない騎士団長が、大軍勢を止められると?」


「……ああ、止めて見せよう。

 姫を護れなかったことが汚点というならば、その汚点は返上させて頂く。

 それが出来た暁には、貴様には死んでもらうぞ」


 団長は強い視線でジークを睨みつける。

 そして、ジークはシルヴィアに頷きかけた。


「……わかりました。

 騎士団長、メルド・アルファ。

 命を懸けて、祖国を守りなさい」


 ◇




騎士団が去っていった後、シルヴィアは思わずジークに尋ねた。


「ジークさん。

 騎士団の不安をあおるようにしたのは何故ですか?

 あれでは恐怖を倍増させるだけでは……。 

 あの場で騎士団長を弾劾するだけでも、上手く行きそうだった気がするのですが……」


「その場しのぎの忠誠心じゃ困るのさ。

 生と死の間で、人間の奥深くが見える。

 だから、俺は人間を戦場で確かめる。

 それで何人死のうが、そいつはそれだけの存在だったということだ。」


「……なんとなく意味が分かってしまいます」



「だろう? ……恐らく、そろそろだな。

 周辺国の皆様は明日の昼下がりにはおいでになられるだろう。


 夜が来た。

 始めようか、歓迎の準備を」


ジークは完全に闇へと落ちた空を見上げてそう呟いた。



その翌日の早朝。


「団長、何故あんな挑発に乗る必要が……?

 あの場であの男を殺してしまえば!」


「ならん、それではあの男がやった蛮行と同じだ。

 それに、それでは何の解決にもならん。

 民衆が予想以上に愚かだった、あの男が唆したから、無論あの男は死んでもらう。

 ……だが、結局は姫は道を違えられた。姫にはこれを悔いてもらわなければならん。

 そして、その後正しく導くのが、我々大人の役目だ。


 隣国ビザンツ帝国には、古い知り合いがいる。彼と掛け合ってみれば……。

 私は私のやり方で戦争を終わらせる」


「確かに。

 姫をこのまま見捨てては、今は亡き王に顔向けが出来ませぬ」


 団長は忠実なる部下と、作戦を練っていた。

 だが、彼は気づかなかった。

 彼に向けられる、部下たちの疑いの目に。

 いや、彼らは互いに互いを疑い始めた。

 狂気は伝染し始めていた。




 "お前の隣のそいつは本当に味方か?"




 その時、城の様子を見に行った部下が叫んだ。


 「居ません! 

  ジーク・アルトが何処にもいません!

  この国を密かに出たのかと!」


 「……逃げたのか!?」


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