あの懐かしの戦争へ

カクヨム版の方はこのまま進めさせていただく予定です。

非公開等の予定もありません。


何かご意見があれば、作者まで。



 トリスタン王国の道すがらにある広大な平原。


 この地域は常に弾丸が飛び交う無法地帯でもないが、この平原のように何処の国でもない土地を挟んでは城郭都市国家がぽつぽつと点在している。


 そこで千人に満たない程度の連合軍と、二百人程度の兵達が陣を形成し、向かい合っていた。

 一人の馬に跨った騎士風の男が、名乗りを上げた。


「……やぁやぁ! 我らこそはビザンツ帝国、そして、アルフレット王国、ポール公国連合軍である!

 道を阻むもの達よ、名乗りを上げよ!」


「名乗り致す!

 我こそは祖国防衛のための剣、守護神たるトリスタン騎士団である!」


「トリスタンの騎士よ!

 我らの耳に、貴国の姫君の暴虐の噂が耳に入った!

 罪なき市民達に、非道の限りを尽くしたというのはどういうことか!?

 説明されよ!」


「……承知した!」


 それぞれの軍勢の騎士団長達は頷き合い、双方の陣が対峙する中央へと厳かに歩き出す。


 事情を知らぬ者が見たなら、中世の戦いの再現にしか見えないだろう。

 世界を巻き込んだ大戦、彼ら小国はそれに参加せず、軍備増長路線を捨て、臆病者のウサギの様に縮こまって身を隠していた。

 そのお陰で、戦火には焼かれなかった。

 しかし、結局は世界規模の大恐慌に巻き込まれ、更には流行病に侵されてしまった。

 確かに戦争そのものの被害を回避することは出来た。しかし、そのせいで、軍勢ごとに多少の差はあれど、時代錯誤な装備、あまりにも時代遅れな戦術となってしまった。



 そして、この男は――。


「凄いぞ、エリー。

 こいつはまるで劇だ、剣士たちが荒野で争っているような古い劇だ!

 見ろよ、ははっ!」


「こんなの時代遅れだよ……。

 こういうも好きなの? 穏やかな話し合いになりそうだけど?」


「ああ、まだ今はな。これからが本題だ」


 彼らはトリスタン帝国と対峙する軍勢の後方の高台で伏せて双眼鏡で様子を伺っている。


 そう、ジーク達はあの騒動後、直ぐに出発していた。

 狙撃には有利なポジショニング。だが、その位置を手に入れるには当然リスクが付きまとう。

 その為に前日の夜中に匍匐前進で、さながら芋虫のようにゆっくり、ゆっくりと移動していた。

 そして、彼らの服装は全身に草木や小枝などを貼り付けた、ギリースーツと呼ばれる擬態迷彩服。


 今、敵は目の前にいるトリスタン騎士団こそが唯一の敵だと確信している。

 そうした甘い考えと、ギリースーツの驚異的な隠蔽能力……伏せていればまず見つかることはない。


 その時、ジークの多機能無線機に電波が入った。

 どうやら、何処かの騎士が会合の内容を本国に送っているらしい。

 荒野のど真ん中で、騎士団たちの会合。しかし、言質を得るためにリアルタイムでそれを送信。

 鎧甲冑、型落ち小銃、馬で引くような大砲、それに無線機。

 ちぐはぐなハイテク具合で、思わずジークとエリーは噴き出す。


 手持ちの無線機で傍受できる、五年ほど前のリカールの無線とすら比べ物にならない質の悪い無線通信だが。


 だが、彼らは真剣だ。


 ◇


「……メルド団長、貴殿のおっしゃることをまとめると、貴殿の主はジークと呼ばれる男に唆されたと」


「そして、その男は国外へと脱出した……現在も行方知れずと」


「その通りだ。

 その男はトリスタン騎士団の名に懸けて、絶対に捕らえて法の下で裁く。

 どうか、御心配なさらないでいただきたい」


 メルド団長は自国の事は、自国で処理するので、他国は干渉しないで欲しいと懇願した。

 だが、そうはいかない。

 ある一国の女騎士団長が、その願いを一蹴する。


「都合が良すぎるのでは?

 貴国の惨劇のせいで、我が国でも混乱が広がっている。

 それに……シルヴィア陛下がご乱心なさったと言うのは事実だろう?


 要求は変わらぬ、陛下の身柄の受け渡しを要求する」


「……しかし……姫はまだ……!」


「関係ない。

 この国家権力の暴走を許して、我が国までその混乱が広がったらどうする?

 我が国民達はすでに怯えているのだぞ?」


 国家元首の身柄の確保、すなわちそれはトリスタン自体を確保する事同等だ。

 こんな、またと無いチャンスを野心家の小国が見逃すはずがない。


「……ビザンツ帝国、騎士団長、貴方であればわかっていただけますでしょう……!?

 どうか、我らの姫に慈悲を……!」


「う、うむ……いや、しかし……」


「何を迷っているのだ、私情を挟むな!」


 メルドが、情の厚い旧知の騎士団長に上で訴えた為、さらに事態は混乱。

 中々、終わらない会談。

 いつ始まるのか、それとも始まらないのか、緊張・ストレス状態で待ちわびている双方の兵達は理性の限界が試されていた。


 そう、いっそ誰かが撃てば、目の前の敵を打ち倒す口実が出来るのにと。

 誰かが撃ってくれれば。


「……誰かが殺せと願っている。

 しかたない、汚れ役は引き受けるか」


「ジーク君、ターゲットの距離は千、風は東……もうじき、弱まる、待った方が良い」


 冷酷な観測手と化したエリーが淡々と状況を告げる。

 ジークはスコープをのぞき込み、最後のお別れになるであろうメルドの顔を眺める。


「了解。

 ……騎士団長、メルド・アルファ。

 女王陛下の絶対遵守命令を遂行せよ。


 祖国の為だ。 名誉の戦死だ、愛国者」


 風の影響を考慮し、十字の照準の位置を僅かに下げ、ゆっくりと引き金を引いた。

 弾丸は発射され、ゆるやかな左カーブを描きながら……。

 それはメルドの腰付近の投擲手榴弾へと命中し、大爆発を起こした。


「全勢力指揮官の排除を確認……やったね」


「ああ。

 さぁ、騎士諸君、合戦の時間だ。


 ……ん? あれは……?」


 目の前で会談していた自分達の指揮官達が爆散という信じがたい出来事の前に、ほぼ全ての兵が動揺していた。

 だが、陣形の後方、少数の軽装兵士達が素早く身を伏せ、身構えていた。

 ジークはこの動きで理解した。

 彼らは実戦を経験した傭兵。それも何処か大国の軍隊で効率的な戦闘訓練を受けたプロフェッショナル。

 そして、彼らとは一度戦ったことがある。




「エリー、プランBだ。


 もう一度、地獄を造るぞ」




 ◇



 一方、その頃、シルヴィアは城のバルコニーに居た。


 いつの間にか、自分を操り人形のように使っていた自称、生前の父親のご友人達は姿をくらましていた。


 恐らく、民衆の暴動が起きることを察知していたのか、それとも彼らが仕組んだことなのか……。


 それにしても、自分はなんて間抜けだったのだろう。


「気に入りません……」


 あれだけ死ぬのが怖かったのに、今、自分は無防備にバルコニーにいる。

 それだというのに、あれだけ自分を虐げて来た市民達はすっかり怯え切っている。

 あるいはいる筈のない魔女スパイ探しに血眼になっている。

 自分を操っていた老人たちはきっと、大金を持ち出し大笑いしながら逃亡したのだろう。


「……逃がしません、誰一人として」


 シルヴィアは、そう決意した。

 裏切り者は、従わないものは全て切り捨てる。

 何故なら、彼女は女王なのだから。

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