あの日の記憶

「な、なんだ!? 何が起こった!? トリスタンの仕業か!?」

「団長! 団長ォ! 医官を呼べ!」

「落ち着け、敵を撃つのが先だ!」


 目の前で、赤子の様に取り乱す友軍に対し、彼は思わず舌打ちをする。


「全員、伏せろ! 落ち着け、恐らく狙撃だ、手榴弾を狙ったんだ」


「ハッ!……しかし、何処から?」


「分からんから伏せろと言っている。

 落ち着け……成程、逆光で身を隠しているのか、敵はプロだ」


 この戦いで、殆ど唯一冷静を保っている彼ら。

 その正体は元大国の兵士、傭兵として戦いに参加していた。

 彼らが起伏伏せている間にも、そこらかしこで爆発が起きる。

 悪魔の仕業か、などという叫び声まで聞こえて来た。

 鎧甲冑を身にまとった騎士たち……流石に古来のものをそのまま使っているのではなく、それらを改良し、ある程度現代の小銃に対応可能なものではあるが……あまりに時代遅れな彼らに顔をしかめる。


「おい、そこの騎士、しゃがめ」


「よ、傭兵如きが、私に指示を――ぐはっ!?」


(クソ、何故、俺がこんな連中の御守なんて……)


 彼は祖国のエリートとして、将来が約束された身の筈だった。

 だが、今、祖国は存在しない。

 彼の祖国はリカール王国、所属は王都守備隊だった。


 あの地獄と比べれば――絶対にマシだ。

 仲間の死体が宙に浮かび、戦車が砲身ごと吹き飛び、最終的には誰が敵で誰が味方なのか、同僚同士で撃ち合い、自国民を撃った。

 そして……引き金となったあの声はトラウマとして記憶されている。


 "――そうだ、憎め。そして殺せ。殺してしまえ"


(ちっ、あれは終わったことだ。今は状況を――)


「隊長、何処かから無線が……いや、これは全周波数帯に流れています!」


「何!? 音量を大きくしろ! なんだ、何処の軍のものだ――!?」


  <―いつまで人間を気取るつもりだ? 諸君らは誰かが作った倫理という鎖で繋がれた家畜だというのに。人間に成れ。自分の敵ぐらい自分で決めろ―>


 彼の心臓が止まった、まるで息が出来ない。

 トラウマとまるで同じ声が無線機から聞こえている。

 そんな筈は無い、そんな筈は無い、そんな筈は無い、そんな筈は無い、そんな筈は無い、悪夢はもう終わった、終わった筈。ジーク・アルトは死んだ。


<―そうか、そうか。命令が欲しいか。

 リカール大隊、大隊長ジーク・アルト少佐。

 大隊長の名のもとに命じる、敵を撃て。


 なぁ――我らが同胞リカール王国、王都守備隊>


「ああ……ぁぁ……!?」


 自身と同じく錯乱している部下を落ち着かせられる余裕なんてない。

 あの時の悲鳴が聞こえる、あの時の血の匂いがする、あの時の土の味がする。

 あの時の恐怖を感じる。


(おかしい、何であいつが此処に……!?

 いや、そうだ……!

 居たじゃないか! いつも見られてたじゃないか!?

 夢の中から、雲の中から、草木の中から、物陰から、俺の背後から――俺を殺すためにぃッ!)



「――兵、傭兵! どうした!? 何処か撃たれたのか!? 誰か来てく――!」


「……居たぞ、総員撃てッ、奴だ! 敵だっ!」


 彼の冷静な思考回路は、トラウマによって全て破壊された。

 あの時の様に、敵と味方を判別できなくなる程に。

 ◇


 ジークは位置が特定されないよう、最低限の射撃、そしてこまめな移動を行いながら、高みの見物を決め込んでいた。


<傭兵たちが裏切ったぞ!?>

<何故!? 撃つな傭兵ッ! ああ! 副団長もやられた!>

<一体、誰が敵なんだ!? 誰か教えてくれ!>

<こっちは敵じゃない! 撃つな!>


 阿鼻叫喚。

 叫び声に悲鳴、戦列の崩れた横隊、混乱し主を蹴り飛ばす馬……。

 それは敵兵だけでは無かった、トリスタン兵達も仲間内で争っていた。


「……あの演説、全部暗記してたんだ。

 それで、あの人達も仲間割れしちゃってるけどいいの?

 元はと言えば、ジーク君のあの演説擬きのせいだと思うけど?」




「いや、いい。 これでいい。

 上に押さえつけられていた者達が下克上、偽りの結束の崩壊……これこそ解放だ。


 あの時みたいだ! これこそが戦争の狂気だ!

 くく、あははははっ! いい! この厄介ごとに乗って正解だった!」


「本当に機嫌が良いんだから……。

 シルヴィアちゃんに怒られるよ……ん? でも、騎士団はあの娘に何もしてなかったからいいのかな?」


「さぁな、戦争なら全滅しても仕方がない。


 とはいえ、勝手に兵を全滅させたら悪いかもな……。

 よし、俺は前線に出かけて来る。これで適当に狙撃しといてくれ」


「やった、ジーク君のガーランド! わぁい、暖かい!」


 エリーが自身の愛銃を抱きしめているのを、若干笑みを引きつらせながらも苦笑するジーク。

 重たいギリースーツを脱ぎ捨て、迂回しながらトリスタンのところへ向かう道中、彼はあることを思い立った。

 居てもたってもいられず、無線機に手を伸ばした。


「もしもし、俺だ。

 ああ、いや、大した用事じゃないんだ、お礼をな」


 ◇


 突然なりだした受話器。

 シルヴィアはジーク達に何かあったのだろうかと、恐々とそれを取ったが、聞こえてきたのは、今まで聞いたことが無いぐらい楽しそうなジークの声だった。


「……えっと……お礼、ですか?

 ジークさん、戦いは終わったんですか?」


<いや、今始まったところなんだ。

 ……ははっ! 凄い爆発だ。人が吹き飛んだ、見せてやりたいな!

 こんなクソで下品な戦争は久しぶりだ、最高だ、大好きだ!

 ありがとう、女王陛下! 良い戦争だ!>


「え、ええ……。どういたしまして。

 ……トリスタン騎士団はどうですか、少しは戦えていますか?」


<それなりの数は健在だが、駄目だ。

 蹲って、怖い怖いと泣きわめいている>


 思わず頭を抱えるシルヴィア。

 使えない、そう心の中で呟いた筈が、声に出てしまい、ジークに聞かれてしまった。


<言うようになったじゃないか。

 だが、どこもかしこも似たようなもんだ。

 少し脅かしてやれば、直ぐに恐怖に支配されるんだ。

 あの日のようにな>


「あの日……?」


 シルヴィアにはその言葉の意味が理解できなかったが、ジークの楽しそうな声を聴いて、こう思った。

 自分も戦争というものに参加したい。

 この手で何かを壊してみたい。


「ジークさん、少し教えて欲しいことが。

 ……貴方の戦争のやり方を教えてください」


 暫くし、彼女は電話を切った。

 シルヴィアの表情には、まるで覚えたての悪戯をする幼児のような無邪気な笑みがあった。


 そして、嬉々としてある場所へと電話をかけた。

「ごきげんよう。

 ビザンツ帝国の皆様……いえ、敵国の皆様。


 ……若しくは、もうじき敗戦国まけいぬになる皆様方」


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