戦争万歳
◇
電話の相手は敵国だった。
<こ、これはシルヴィア殿下。
……今更、何の用ですかな?>
いつも通りに、彼女を見下した口調のビザンツ帝国の外交大臣の声。
だが、その声は動揺を隠しきれていない。
彼だけではない、受話器の向こう側からは大勢の人間の気配がする。
恐らく、此処が彼ら同盟国の総本拠地なのだろう。
「あら、どうかしましたか?
寄せ集まって、大軍で進している割には、声色が悪いようですが……?
まさか、戦況でも悪いのかしら……?」
<こ、小娘が――!
……王女殿下、殿下は何をなされたのですか――>
「私はトリスタン王国、女王、シルヴィア・ウィン・トリスタンです。
二度と間違わないで下さい。
陛下とお呼びなさい。
よろしいですか、貴族のなり損ないの哀れな殿方」
<わ、私に向かって……ええい! 小娘が! もう、我慢ならん!
傭兵部隊の反乱、貴様が仕掛けたのだな!?
薄汚い尻軽女め、傭兵を取り込んでいたのか!?
ふん……だが、我らは負けぬぞ。
そうだ、トリスタンなどというたった一つの極小国など、我ら三か国の総戦力の前では――!>
「傭兵……?
ふふっ……私が取り込んだのが、傭兵だけだとお思いなのですか?
おめでたいこと……」
<……!? どういうことだ!?>
「そこに居るのでしょう、セバスチャン、それにジョセフ。
私の忠実で優秀な大臣」
<な――!?>
受話器の向こうの驚愕の声。
滑稽な様子を想像して、シルヴィアは必死に笑い声を誤魔かす。
彼女が呼んだ名は、トリスタンの政治を仕切っていた者達。
いや、面倒ごとを全て小娘に擦り付け、私腹を肥やすことに躍起になっていた老人達だ。
民衆にシルヴィアが怯え、それでも彼らを救おうと、周りが見えなくなっている中、彼らは姿を晦ましていた。
彼女は鎌をかけたのだ。
民衆たちの蜂起、それから間髪を入れずにしての、同盟軍の来襲。
間違いなく、これにはこの老人たちが関与している。
そして、受話器の向こう側にいる。
「売国奴な彼らは金の為に国を売った。そして、貴方方は私を陥れるために彼らを買った。
……いいえ、違いますよ。
彼らは私の忠実なる僕。
私の為に、死を受け入れてまで二重スパイを引き受けてくれたのです。
全てはトリスタンの為に。
ありがとう、セバスチャン、ジョセフ。
そして、さようなら」
<だから、私はこのもの達が最初から怪しいと――!>
<ち、違う、この女のはったりだ!>
<嘘をつくな、じゃあ何故、彼女がお前達が我が国にいることを知っている!?>
<そうか……トリスタン秘密警察は実在したのか!? トリスタンの犬が!>
<待て、落ち着け! 事実確認を!>
受話器越しのカオス。
胸が高鳴る。
自分を操っていた人間達が今や、自分の操り人形。
激しい喧噪の後、数発の銃声が響き、しんと静まり返った。
だが、シルヴィアは最後の一撃を忘れなかった。
「……それにあなたのせいでもあるのですよ、ワンダーソン将軍。
あなたのたった一夜の欲が、純粋な私を狂わせた……。
それでは」
受話器から、またしても怒号と悲鳴が聞こえた。
だが、シルヴィアはそれを無視して受話器を投げ捨てると、自分のベッドへとダイブすると、枕に顔を埋めた。
ワンダーソン将軍、シルヴィアのことをいつも冷笑し、蔑み、下衆じみた目で見て来た男。
だが、それだけだ。
流石に将軍を務める男が、他国の姫君に手を出す程の猿ではない。
シルヴィアは彼に冤罪をかけたのだ。
彼女は穢れてはいない。
しかし、今ベッドの上で興奮のあまり赤面し、足をバタバタとしているシルヴィアには一切の罪悪感はない。
(皆、死ぬ。
私の言葉に踊らされて皆死ぬ。私が皆を殺した……これが戦果!
これが戦争、殺したい誰かを殺せるのが戦争……。
そう、私を虐めて来た報い……いえ、もっと単純に。
私が嫌いなものは全て殺してしまえばいい……っ!
何故ならこれは戦争で、私は女王陛下なのだから。
ジークさんがあんなにのめり込むも分かる、戦争っ……最高っ……!)
「ふふっ、えへへ……戦争万歳……!」
そう呟くと、シルヴィアはベッドから、飛びあがる。
そして、誰もいないバルコニーへと飛び出す。
気持ちのいい青空、踊りだしたくなるような気分だ。
シルヴィアは祈るように両手を合わせる。
この空の続く先、ジーク達の無事を祈ろうとして……それは違うと思いなおす。
生死なんて、彼らにとって重要なことでは無いのだから。
「……さぁ、ジークさん、エリーさん。
貴方方が満足できる、悔いのない……良い戦争を」
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