一騎当千の夢
「……で、貴様らは何をしているんだ?」
ジークは前線へとたどり着いた。
そこである者を見下していた、トリスタン騎士団だ。
彼らは必死に即席の塹壕に身を隠していた。
「ジーク・アルト、何故此処に!? お、俺達を殺しに――!?」
「嫌だ、嫌だ! こんなところで死ねるか!」
「た、助けてくれ、お願いだ!」
思わず失笑するジーク。
と、その塹壕の元へ、銃を乱射しながら敵兵たちがまるでゾンビのような表情で突貫を仕掛けて来た。
例のリカール王都守備隊だ。
「あがぁぁぁぁぁぁッ! やっと見つけたぞ、戦友の仇ぃぃぃ!」
だが、狂気でこの男が殺せるのなら、ジークはとっくに死んでいる。
彼らの殺意に満ちた乱射とは対照的に、ジークの芸術的なまでの精密射撃は彼らの脳の機能を奪っていく。
「昔の方が強かったな……残念だ、元同胞」
数と狂気で迫る敵兵を、射撃技術だけで仕留め上げたジーク。
恐ろしくも、何処か美しい姿に、呆気にとられ、声も出せずにいるトリスタンの騎士達。
しかし、やがて一人の壮年が兜を地面に叩きつけ、慟哭の声を上げた。
「……畜生!
俺もアンタみたいになりたかった!
姫を護って、国を護って、家族も護って……強くなりたかった!
でも、国民達は俺達を愛してはくれなかった!
プライドを無くしてしまったんだ!
あんなに愛し合っていた嫁でさえも、俺達のことを税金泥棒扱い――!」
だが、ジークは同情はしなかった。
「当然だろう。
言い訳ばかりして、主である姫君も護れず、何も得ず。
お前らの帰りなんて、誰も待っていない。
税金泥棒扱い? プライドを無くした?
一人も殺せない能無しの臆病者が、笑わせるな。
当然の報いじゃないか、何が王国騎士だ、案山子共」
「……お前!何も知らない癖に!
嗤われて、石を投げられる痛みを知らない癖に――!」
ジークは左手の銃で、いつものやり方で彼の言葉を喉元へと押し戻す。
「嗤われた? 石を投げられた?
いつまで餓鬼じみたことを言ってるんだ?
それで、お前らは案山子のように突っ立っていただけだろう?
嫌なら殺せよ、何もかも。俺だってガキの頃にそうした。
お前らのとこの姫様だってそうしたぞ?
敵兵も撃てない、身も護れない……何の為の銃だそれは?」
そして、右手の銃で遠距離から、向こうからこちらを伺っていた敵兵を撃ち抜く。
美しいまでの曲芸射撃、圧倒的な強者……若かりし頃の騎士たちが思い描いていた理想そのものだった。
彼に比べて自分は、身体の震えすら止めることが出来ない……一部の兵達は絶望感に襲われ、涙を流した。
「俺はこのまま死ぬのか?
誰からも笑われて、誰も護れず、誰にも必要とされず……誰にも記憶されず……。
こんなの嫌だ、こんな死に方……。
強い騎士になりたかっただけなのにッ!」
「そうだ、取り返しなんてもうつかないさ。
これが現実だ。
だから、夢を見ろ」
「は……?」
「敵は必死だ。
何故か?
お前らと違って彼らには帰れる場所も、出迎えてくれる人々もいるから。
彼らには生きる理由がある。
羨ましいだろう?
……そして、お前達はいつも通りだ。
戦場で臆病な敵を殺してきた、友人と、家族と酒を飲みながらそんな笑い話をする。
お前の家族もだ。 無能な夫が死んだ、次の男を探そうと、意気揚々と街へと繰り出す。
そして……誰からも忘れ去られる
こればかりは同情するよ、お前達には生きる理由なんてない」
「……ッ!」
反論の余地が無かった、事実なのだから。
此処で、一転してジークの柔らかな者へと表情が変わった。
騎士から見れば、彼は一回りも、二回りも若い青年だ。
だが、その表情は父親の様だった。
「ああ、どうしようもない。
此処で逃げ延びたって、待っているのは惨めな自己否定だ
だから、もういい、道理も、過去も、全て忘れてしまえ。
子供の頃の夢を見ろ。
強い騎士になりたいって願ったあの日々を、戦場はそんな幼児退行すら受け入れてくれる。
失うもなんてない、とにかく前進して、失うものがある、命を落とすことを恐れる臆病者達を皆殺しにしろ。
そうだ。昔、夢見た通りに無双しろ、その惨めすぎる命、最後に夢見たっていいだろう?
誰にも見向きされなかったのなら、
最後ぐらい、一騎当千の騎士の夢を見て、死んで行け。
さぁ、行ってこい、騎士団」
部下の制止も聞かず、交渉へと舵を切った団長は爆散した。
その取り巻きは、疑心暗鬼に囚われ、仲間を撃った。
家族はもう待っていない。
だったら……この男の言う通り、何もかも忘れて夢に浸るというのも悪くないのではないか?
無言で、武器を手に取り、横隊を組み、最期の花道になるであろう戦場へと足を踏み入れようとするその姿は、正しく……いや、ようやく騎士団だ。
とはいえ……ジーク達がかき乱した戦場だ。
敵も統率が取れた部隊はとっくに撤退しているし、残されたのは勇敢若しくは哀れな殿か、無能か、狂気にかられたもの達だけだ。
彼らが死ぬか、生きるか……そんなことはジークの眼中には無い。
彼の目は空を見ていた。
この地に来た時、空に浮かんでいた飛行船だ。
まるで殺し合いを観戦するかのように、飛行船は遠くの空をゆっくりと漂っている。
ジーク・アルト。
かつての大戦の元凶。
だが、彼は大戦中、突如として姿を消した。
大戦が誰かによって、コントロールされていることに気づいたからだ。
意思や憎悪のぶつかり合いではなく、戦後のパワーバランスを調整するような、パイの取り合いのような……戦わずして、勝利者になろうとするものがいた。
ジークは確信していた。
世界が混乱から、どうにか抜け出そうと藻掻く時、世界を導く神を気取りながら、奴らは意気揚々と現れるであろうと。
「ようやくお出ましか、モグラ野郎」
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