即位

 


 翌日、シルヴィアは戦場から戻って来たジークらと共に、バルコニーで茶を飲んでいた。

 闇の組織なるものが、自分を狙っている。

 民衆殺しの暴虐姫を打ち倒し、その英雄譚と共に華やかに表舞台へと登場しようとしているのだろうという、ジークの仮説を何処か他人事のように聞いていた。


「……次はその闇の組織とやらですか。

 私もつくづく嫌われ者ですね」


「なんというか、変わったね、シルヴィアちゃん。

 全く動じてない。

強くなったんだね」


「はい、おかげさまで……。

 民衆にしろ、他国の軍勢にしろ、闇の組織にしろ、死ぬときは死にますよ。

 ただ……」


「気に喰わないんだろう、女王様である自分がそんな連中に殺されるのは?」


「ええ、下民如きがこの私を殺めるとなど」


 にっこりと、ジョークを言うシルヴィア。

 しかし、バルコニーの下のを見やり、顔を曇らせる。

 100人程度の騎士たちが直立不動で整列しているのだ。


「……彼らも生き残ってしまいましたか、どうしたものでしょうか」


「ねずみさん、猫さんを喰うだっけ……追い詰められたお陰か、それなりに頑張ってたと思うよ。

 ジーク君が追い詰めたせいでで自我がやられちゃったみたいだけど」


「俺のせいにするな。

 碌な人生を歩めていなかったのが悪い。

 それに、自我を無くしたのなら、生やせばいいだろう?

 なぁ、騎士団の姫様?」



 シルヴィアはジークの言葉にハッとする。

 そうか、あれは白紙。全てが白く燃えついてしまった白紙なのだ。

 今なら……。

 彼の言葉を理解したシルヴィアは、美しくも不敵な笑みを浮かべた。


 ◇


 シルヴィアは言葉を発さず、騎士団たちを大通りに集めた。

 集合住宅に住む市民が、窓の隙間から恐々と覗き見る。

 決して、国民全員がシルヴィアを恨んでいたわけでは無い。

 シルヴィアに同情していたものも少なくなかった。

 だが、彼らは哀れな彼女を庇うことが出来なかった、その負い目もあって……今の彼女が恐ろしい。


 どうすればいいのか分からない、誰かに導いてほしい。


 そんな視線を気にせず、ジークとエリーを両隣に立たせ、堂々とシルヴィアは騎士団の前に立つ。


「メルド団長……は殉職なされましたか。

 団長代行、報告してください」


「……は。残存勢力99名。

 ビザンツ帝国軍を中心とした、敵勢力を全て退けることに成功致しました」


「そうですか」


 褒めもしなければ、貶すこともしない、ただただ冷たい。

 以前の騎士にすら頭を下げていたシルヴィアからは考えられない態度。

 騎士団の面々は奥歯をきつく噛みしめた。

 あんなに健気な少女だったのに、自分達が不甲斐ないばかりに彼女は変わってしまった。

 彼女にすら、自分達は見捨てられてしまったのだ。

 その事実は、彼らの心にとどめを刺した。


 重苦しい沈黙の中、一人が膝をついた。

 また一人、また一人と……そして彼らは短剣を取り出した。


「我らは王国の騎士としての役目を全うできませんでした。

 国も護ることが出来ず、たった一人の主も護ることが出来ず。

 その責任、このどうしようもない命を持って……」


そして、それを自らの腹に潔く刺そうとした瞬間、凛とした声が響いた。


「お止めなさい。

 ……この国は終わっていません。

 あなた方の役目は、まだ終わっていません」


「殿……陛下を裏切るような真似をした我々に行き場を与えて下さるというのですか……?」


 おそるおそるとで投げかけられた質問に、シルヴィアは柔らかな笑みを浮かべる。


「裏切るような真似……? 何のことでしょう?

 少し勇気が足りなかっただけです、私だって少し前までそうでした。

 全てを恥じることはありません、あなた方の日々の鍛錬を私はいつも見ていました。

 あなた方の存在はいつだって抑止力として、この国を護っていた。

 私はそれをよく知っています」


「……赦して下さるのですか?」


「それを望むというのであれば。

 自分の命に価値が持てない、罪を消化しきれないというのであれば……。

 その全て、私が預かります」


 彼女の柔らかな笑みを見て、騎士たちは短剣を落とした。

 家族も、誇りも、なんだって良いじゃないか?

 いや、誇りなら此処にある。


 彼らは互いに強く頷きあい、再び、直立不動になると、団長代行がシルヴィアにあるものを差し出した。

 トリスタン騎士団長旗、騎士団の指揮官が所有する唯一無二のものだ。


「シルヴィア・ウィン・トリスタン陛下、我らが唯一女王陛下。

 我ら、トリスタン騎士団、総勢99名

 総指揮権並びに我らの生命、信念、全てを陛下に委ねます!」



 落としてしまわないように、両手で抱え込むように旗を受け取る。

 そして、必死で我慢する。

 そうでもないと、笑ってしまいそうなのだ。

 全て思い通りになっていることを


「……全力を以って、御受けします。

 シルヴィア・ウィン・トリスタンの名の元に」


「「「「「「女王陛下の為に!」」」」」」


 騎士団は一斉に中世鎧風の兜のフェイスガードを降ろす。

 彼らはたった今人間であることを止め、彼女の剣となったのだ。

 国の最高権力者として、ようやく、シルヴィアは国の軍事力を我がものとした。






 シルヴィアがその余韻に浸っていると、建物の陰から幼い少女が現れた。

 騎士たちが一斉に警戒し、臨戦態勢を取ろうとするのを、シルヴィアは手で制する。

 その少女は、シルヴィアの元へたどり着くと、彼女に抱き着いた。


「……どうかしましたか? 」


「あのね、あのね、怖いの!

 昨日からずっと、おとーさんや、おとーさんのともだちが、みんなで姫さまをころしちゃおうって……

 わたし、だめだよって言ったのに。 

 みんなこわいかおして、わたしをいじめるの! 助けて!」


 姫さまは優しいのに、と泣きじゃくる痣だらけの少女。

 市民達は遠目からそれをはらはらと見守る。

 と、同時に彼らも過激派とも言える革命家たちに嫌気がさしていた。

 そもそも、彼らがあの少女に全てを擦り付けなければ……。

 あの小さな少女にも、容赦のない殺戮を繰り出すのだろうか、市民達はごくりとつばを飲み込む。


 だが、シルヴィアは少女の目の高さまで屈み、強く抱きしめた。


「……大丈夫、私が何とかするからね。


 団長代行……いえ、新生トリスタン騎士団団長」


「はっ、何なりとご命令を!」

「幼き命すらに手を上げる外道な者達を……国民を名を語る、我らが悪魔を制圧しなさい。

 シルヴィア・ウィン・トリスタンの名の下に全身全霊を以って正義を執行しなさい!」


「「「「はっ、陛下の名の下に!」」」」


「ト、トリスタン万歳! 女王陛下万歳!」「我らが女神様!」「陛下に忠誠を!」


 騎士たちは与えられた任務を遂行する為、全くシンクロした動きで敵を討ちに行く。


 そして、状況を見守っていた市民達も、地べたに跪き、我先にシルヴィアに忠誠を誓う。

 確かに偽りの忠誠ではない。しかし、些か都合の良い忠誠。

 だが、シルヴィアは彼らを寛大な心で赦すことにした。


(私が陛下……? 女王陛下……?

 認められた? 

 あんなに惨めだった私が?


 ……ふふっ、いいでしょう、私が愛し、私を愛する健気な子羊たち。

 私が指し示す方向へと、敵の方へと、共に行きましょう。


 その代わり……私に絶対的な愛を、忠誠を! 独裁、万歳……っ!)




「ふふふ……これが王政……!

 お父様、お母さま、見ておられますか!

 私は立派な女王になりましたよ!


 ……ジークさん、本当にありがとうございます。

 何かお望みのものはありますか?」




「そうだな……取り急ぎ、この国一番の技術者と……そして、法律改正の準備を」


「イエス、マイ、マスター」


「……マスターは止せ」


「むーっ」


唸り声を出し、頬を膨らませるエリー。


地面に頭をこすりつけ忠誠を誓う国民。


確かな誇りをもって自国民てきを殺しに行く騎士達。




「「「「トリスタン万歳、トリスタン万歳、トリスタン万歳、トリスタン万歳、トリスタン万歳、トリスタン万歳、トリスタン万歳、トリスタン万歳、トリスタン万歳!」」」」


その狂気が可笑しくて、愛おしくて、三人は微笑んだ。

いや、三匹のバケモノたちは微笑んだ。


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