モグラ

「開けろ!トリスタン騎士団だ!」


「跪け、愚民共! ……陛下の御前であるぞ!」


「この狸女めぇ!」「俺達は国民だぞ!」


 顔を真っ赤にして、けたたましい叫び声を上げる男たち。

 だが、シルヴィアは怯えない。

 彼らは縛り上げられた上に、360度、騎士団によって囲まれているからだ。

 だから、彼女は彼らを冷たい目で見下す。


「陛下、恐れ多くも、陛下の命を狙おうと襲撃の準備をしていた者達を捕らえました。

 如何いたしましょう?」


 色白で、華奢な腕を上げ、パチンと指を鳴らす。


「……有罪、死刑で」


「ハッ、仰せのままに!」


「あ、ぐぁぁぁああ! 止めてくれぇ!」


 彼らは老若男女、色んな人間がいたが、シルヴィアは一切気にしなかった。


「騎士の方々、気に病む必要はありませんよ。

 罪は存在しません。

 この私が、あなた方に命じたのですから。

 あなた方は剣として、何も考えず、思う存分鍛え上げられた力を、発揮していただければそれでいいのです」


「「「女王陛下、感謝の極み!」」」 


 後ろから聞こえる歓声に、片手を上げて答えるシルヴィア。


「シルヴィアちゃん、大人になったね。本当に綺麗になったよ」


「ええ、私はもう大人ですから。

 穢れた者は捨てます、返り血で汚れたのなら、綺麗ごとで流し落とします」


「わかって来たじゃないか。

 綺麗ごとを並べるのは、勝利してからでいいんだ。

 ……さてと、ここか。国一番の技術者とやらは」


 そこには工場があった。

 トリスタンのような小国にしては大きめな、だがそこは寂れ果てていた。


 ◇



「……そこで、貴方のお手を借りたいというわけです」


「左様ですか……」


 そこにいた技術者の初老の老人とシルヴィアは知り合いだった。


 まだ、この国の活気があった頃、彼女の父は小さな国力を、先進技術で補おうと、技術開発に税金を投入していた。

 だが、流行り病に戦争……その余波で苦しむ国民達は税金の無駄と見るや、鬼の首を取ったように技術者たちを弾劾した。

 こうして、大国になる為の芽は摘まれてしまったのだった。


「姫様、てっきり、私は見捨てられたのかと思っていましたよ」


「いいえ、あなたはこうして生きている。

 飢餓に苦しむことも無く、生きている。

 それ以上の傲慢を望みますか?」


 嫌味を含んだ老人の声に対し、まるで怯む様子も見せず、応戦するシルヴィア。

 視線が交錯し、先に退いたのは老人の方だった。


「姫はお変わりになられた……。

 そこの御二人方のお陰……いや、こういう時代を作ってしまった自分のような古い世代の人間のせいなのでしょうな。

 償いか……いいでしょう、ご協力致します」


「……有難うございます」


 此処から先を引き継いだのは、ジークだった。


「いろいろあったとはいえ、姫様はピンチなんだ。

 あなたの研究は見せてもらったよ、大したものだった。

 もう一度、夢を空に上げてみないか?」


「空に……まさか、あれの事か?」


「ああ、ずっと土深くに潜っていたモグラ共は図々しくも空からやってくる。


 そうだ、オーダーは飛行船。小さくていい。

 だが、高く、高く飛べるものをな」




「いや、待て。

 確かに設計したこともあるし、なんなら作りかけのままで、長いこと放置してある。

 だからと言って、そんなに直ぐにできるものでは……!


 此処に残された作業員は少ない、どう急いでも、一か月はかかるぞ!」




「そこで、女王陛下の出番という訳だ」




 いきなり話を振られたシルヴィアは、一瞬きょとんとするが、ジークの言葉を思い出し、ポンと手のひらを叩く。


 そして、外で待機していた騎士団の一人を呼ぶ。




「戦時法、国家総動員法を発動します。

 資材、それから働き手になりそうな方々を手あたり次第、無差別に集めてください」


「お言葉ですが、陛下、我が国にそのような法は」


「今作りました。

 女王陛下の権力を行使して……よろしくお願いしますね」


「御意、陛下のお言葉のままに!」


 敬礼し、踵を返し、自らの任務に旅立った騎士に小さく手を振るシルヴィア。

 老人は感嘆のため息をついた。




「……本当に変わってしまったのですな。

 確かに大勢が居て、24時間体制で回せば……。

 しかし、その敵とやらは待ってくれますかな?」




「いや、待つとかそういうことじゃないんだ。

 奴らはあの戦争の頃から、土に潜っていたモグラだぞ。

 日の光が怖くて仕方が無いのさ。


 それに……老人たちが集まるとお喋りをしだしてしまうからな。

 ああ、それとエリー、飛行船の操縦を覚えておけよ」



「うん!……えっ?」



 ◇




 実際、彼らは地中深くに居た。

 しかも、そこはよりにもよってリカール王都の真下だった。

 地下都市……とまではいかないが、荒れ果てたリカールの地上とは違い、美術品が並ぶ優雅な屋敷のような内装だった。


「全く、此処は暗くて構いませんな」


「しかし、隠れるにはうってつけの場所だったでしょう?

 しばしの辛抱です、もうすぐですぞ」


 彼らは自分達の組織のことを天界……ヘブンと名乗っている。

 庶民たちを特権地位から見下す集まり、戦果の中、暗躍した貴族、王族、承認の集まり、所謂秘密結社だ。

 皮肉なことに、ジークの着けた渾名とは真逆だ。


 彼らの目的は世界を制御下に入れること。

 資本を意のままに動かし、その影響力を使い、大国すらも動かす。

 全て思うがままに、制御する、そして富を肥やす。

 戦争すらも大国間の戦力拮抗を起すことで、自分達の制御下に収めようとしていたのだ。


「あー、シルヴィアとかいう小娘はどういたしましょう?」


「なんでも美人じゃないらしいか?

 そそるねェ、粋がっている小娘と言うのは」


「ははは、下品ですぞ。

 それで、トリスタン王国進攻の流れですが……」


「まぁ、待て。あくまで商売だ。

 一度、飛行船で警告し、我らの力を見せつけてやるのだ。世界中にな。

 確か、あの小国は、今度の商売相手の道すがらだっただろう」


「それなら、飛行船に我らの名を刻まなければなりませんな。

 さながら、大天使の翼のような。

 おい、お前一流の塗装屋を雇って来い。 

 一週間程度ならかけてもいい。勝利は既に決まっている。


 立派なものをだぞ」



 会議は踊る、されど進まずといった具合だった。

 そんな浮ついた空気の中、一人の男が溜息をつきながら、立ち上がった。

 老人とまでは行かず、周囲の人間と比べると一回り若い男だった。


「私は行きません。

 あなた方で勝手にどうぞ」


「おお、ベクター君。

 君は高所恐怖症だったのか?」


 ベクターと呼ばれた男は、背中から駆けられるつまらないジョークを無視して退場する。

 冴えない貴族の生まれであったベクターだが、大戦の混乱が始まると同時に、非凡な才能を発揮し、富を積み上げ、この秘密結社に入れるまでになった野心家。


 だが、誰よりも金を持つようになると……とても虚しくて、つまらなかった。

 老人達とのなれ合いもこりごりだ。

 一人で葉巻を吸いながら、こう呟く。


「……そういえば、リカール大隊の隊長とやらがいるという噂があったな。

 大隊が実在したのかもわからんが。

 いっそ、皆まとめて死んでしまえばいいのに」


 ベクターというこの男、彼は何故自分が虚無を感じるようになったのか理解していない。

 が、それを知る日は近い。

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