第10話 人間以下の畜生共


 最期の砦であった、防弾仕様のドアはバズーカ砲によって無慈悲に消し飛ばされた。


「お久しぶりですね、ドワイト・ブライアント少将」


「……待て、話をしよう。早まるな」


 意外なことに少年と少女は文字通り交渉の席に着いた。

 つい先ほどまでジーク達の無様な最期を予想し、談笑していた彼ら。

 しかし、今は怯えと憤りが混じった顔で、硬直している。


 ドワイトが慎重に切り出した。


「申し訳ないことをしたと思う。

 あの時の事か、君の部下を置き去りにさせたこと。

 それとも今起こっていることか?

 認めよう、王都守備隊と円卓会議メンバーは結束して君たちを罠にかけた。


 ……このまま退いてくれれば、見逃そうと思う」


「貴様! 何を勝手に!」


 貴族議員の一人が憤る。当然だ、彼からすればたった一人の若造に完敗を喫したことになる。

 プライドだけの問題じゃない、これではテロリストとの交渉だ。

 円卓会議の面々全員死刑となっても何らおかしくはない。


 だが、ドワイトは確信していた。

 この少年はこの国に致命傷を与えかねない。


「……もういいだろう、学園で君の身分のせいで苦しい思いをしてきたことも、前線への追放のことも知っている。

 だが、これ以上罪を重ねるな。君がやったことはただの虐殺だ!」


 しかし、同情の余地はある、そう付け加えようとした。だが、こんなことでジークが引き下がるわけがない。彼は唐突に拳銃を取り出し、円卓メンバーの人に向けて放った。


「ああ! ジョナサン議員が!」




「 12mm弾は差別主義者ではない。

 身分制度なんて、戦争の前では無意味ですよ」




「ここは戦場ではない!

  学生は民間人だ、不遇な思いをしてきただろうが……そこに正義は無い」


「正義…?

 言い訳の間違えでは?

 いつ戦争に正義がありました、一体、何処に?

 それに、民間人殺しはリカールの十八番でしょう」


 リカール王国は圧倒的火力を以って敵地を制圧する。だがそれ故に敵国の民間人も多く巻き込んでしまう。そういう物は戦果報告には載せない。


「民間人の犠牲については認める。だが、我々リカール王国は民間人を攻撃対象にしたことは一度たりともない!」


「あなたは知らないでしょうが、我が隊はそういう任務を受けてきました。

 汚れ仕事をね。


 責めてません。合理的だと思ったので我が隊にも実践させただけです。

 それに、殺し合いをルールを決めてやるなんて、それこそ正気じゃないでしょう?


 此処は戦場ではない、昨日まではね。

 だが、今日からは戦場。お

 互い合意の上で、笑顔で握手して始める戦争なんてどこの世界にありますか?

 戦争というものは常に理不尽です。

 少しばかり前線から離れ過ぎていたようだ、あなた方は。

 いや、世界が戦争を忘れてしまったようだ」


「まだ殺し足りないというのか……!? 

 これ以上は人を辞めることになるぞ!」


 ドワイトがそう言い放った瞬間、少年と横の少女の目つきが変わった。

 人殺しの目、何十人、何百人と殺してきた目。

 

「今まで、一度たりとも人間扱いされず、戦場に送り込まれて、次はその戦場を奪っておいて……次は人間らしく生きろと言うの?」


 エリーの可愛らしくも、吐き捨てるような言葉に一同押し黙る。ジークがそれに続く。


「だが、我々はもっと狂っている。

 既に人を辞めている。民間人を殺すな、子供を殺すな、虐殺をするな……そんな道理、全部意味が解らない。

 ただ人殺しを望む我々に人の言葉は最早通じない。


 我々リカール大隊は、人間以下になり下がった畜生ケモノだ。だが、どうせならケモノはケモノでもリカール国民にとっての天敵……最天敵種バケモノにならせてもらう。


 それに……ドワイト・ブライアント。あなたは戦場で敵兵を黙らせるのに説教をするのか?

  違うだろう?」




 そうだ。

 ドワイトは拳銃を向けた。部下を殺した男を、民間人殺しの男を許してはならない! 

 拳銃を両手で構え、ジークに向ける。……だが、少年の冷えた目つきは変わらない。

 

 (撃て、どうした!? 何故撃てない!?)


 足ががたがたと震えている。

 恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい。

 正義感と忠誠心で埋め尽くされた頭が、直ぐに恐怖で埋め尽くされる。




(拳銃如きでこの男を殺せるのか? 

 手榴弾でも、戦車の大砲でも、戦艦の一斉射撃でも、殺せないんじゃないか……!?

 いや、殺せるわけがない! 俺が殺されるんだ!

 死にたくない、なんでこんな理不尽に、死にたくない!死にたくない!)


 そして、ドワイトは無抵抗の少年に拳銃を向けておいて、こんな情けないことをしてしまった。


「殺さないでくれ……見逃してくれ」


「ドワイト、何を言っている!?」「そうだ、頭が狂ったのか!?」


「うるさい! お前たちがこんな化け物を陥れようとするから!」




 ドワイトは発狂した。

 その場の円卓メンバーに拳銃を向け、発砲し、弾が無くなると飛び掛かった。


「血迷ったか!?」「クソ、愚か者が!」「どけ、私が生き残るんだ!」「ふざけるな、三流議員が!殺してやる!」「親の七光りの無能どもが!」


 最期は老人同士の惨めな殴り合いだった。


 それに躍起になっていて彼らは気が付かなかった。既にジーク達の姿はなく、窓際にはロープが垂れ下がっていた。そして、こんなメッセージが。


<寒くなって来たので焚火を用意しました。温まってください>


 ◇




 ロープを伝い、燃えながら崩れ行く司令部から脱出するジーク。部下に火を放たせていたのだ。焼け焦げる音と、身体が焼かれる苦痛に絶叫の声。乱闘の勝者にはふさわしい灯火を。


 彼は歓喜していた。


(責任の押し付け合いに、命乞い……惨めすぎる。

 そうだ、これが戦争だ、報復戦争だ。

 人のことを想って人殺しをする戦争なんてあってたまるか。

 憎んで、怨んで、本能のまま殺し合え!)


「あははっ! やっぱり惨いのは楽しいね。次は何処に行こうか、ジーク君」


「誰でも、何処へでも殺しに行くさ……戦争というものを思い知らせてやる」




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