第25話 合理的
一方その頃、ジークからの命を受けたエリーは部下らと共に、王都の隅々までを制圧していた。
今はとある場所に来ていた。王国教育庁の庁舎だ。健気に抵抗する警備員や職員を無慈悲に殺戮した後、エリーは部下に呼び出された。
「凄い広い部屋……この倉庫は何?」
「全学生情報管理室だってさ。ほら」
両腕にタトゥーが入った女性兵士が、煙草を吸いながらとあるファイルを手渡してきた。
"生徒情報名簿―リカール学園" 手渡されたファイルにはそう書かれていた。
「……学生の出生から経歴まで全部載ってるんだ……流石は王国、凄いね」
「あたしも驚いたよ。
どうも、最近つけ始めた記録らしい。
王国は国民の反戦運動で右往左往してたからな。
きっとお偉いさん方はこういう情報を使って、若い世代を上手い具合にコントロールしたかったんだろうな」
「でも、お偉いさんも学生も殺しちゃった……全部無駄にしちゃったね、あはは」
彼女はページをめくっていく。
(ああ、懐かしいな。この子は私の母さんを冤罪に嵌めた。こっちの子には髪の毛を切り上げられた……でも、今は怖くない。
だってもう殺しちゃったから、ジーク君と一緒に)
まるで卒業アルバムで楽しかった学園生活を振り返るかのように、少し恥ずかし気に微笑みながらページをめくる彼女。
が、とあるページで指が止まった。
「それで、そのページのことなんだけど……なんというか、あたしらが勝手に覗くのはアレかなって、アンタは、隊長の副官だし……」
そのページには見慣れた名前が載っていた、ジーク・アルト。
そう、此処には彼の生い立ちがのっていた。エリーは以前、ジークの幼少期のことについて尋ねたことがあった。
だが、返答はよく覚えていないだった。
気が付いたら孤児で、鉱山で働いていたと。
まだ、彼が闇に落ち切る前の話、その時の彼の眼は少しだけ寂しそうに見えた。
彼の知らない物語。それを見てしまっていいのだろうか。……やや、悩んだ末に彼女はそのページに目を落とした。今となってしまってはああなってしまったが、もしかすると彼にも愛されて過ごした安らかな日々が――
"薬物中毒かつ、ギャンブル依存症だった彼の両親が、労働力として当時三歳だったジーク・アルトを賭けに出し、敗れた結果彼は炭鉱送りにされた。尚、彼の両親は粗悪な麻薬摂取による禁断症状により死亡した。以上。"
「それをどうするか決めるのはあんたに任せる――って、おい!」
エリーはファイルにライターで火をつけた。
「これでいいんだよ、これでいいの」
「でも、隊長の過去を勝手に燃やして捨てるだなんて……」
「もしここに温かい思い出が書かれていたとしても……それはただの過去。過ぎ去ったことだよ。だからもう要らない。救いも要らない。……何もかも、このどうしようもない世界もね。
――中尉、指揮を引き継いで、私はジーク君を探してくる」
「了解……。でも、いいのかよ? 隊長からの命令だったんだろ?」
困惑している部下を置いて、エリーは壁に掛けられていた国王の肖像画を眺めながら小さく呟く。
「あはは、ジーク君は私には優しいから怒らないよ……。それに少し腹立たしくなってきちゃった。
――この国をこんな風に美しく造り上げられた国王陛下がまだご存命であられることが」
◇
ジークは自身も返り血で血まみれになりながら、息絶える寸前の襲撃グループの隊長らしき男にそう問いかけていた。
「それで、諸君らに命令したのは誰だ?」
「王国軍部の右派と王国のコバンザメになろうとした我々の祖国だ……どうせ、言ったところで殺すんだろう?」
「ご名答。さようなら」
最後の一人の息の根を止めると、ジークとマティスは立ち上がり――再び、互いに銃口を向けた。
「マティス公、自分はてっきり手を組まないかとでも言われると思ってましたが……でも、なんとなくこうなるのではないかと思ってましたよ」
「君と私はとても似ている。戦い方だって若い頃の私にそっくりだ」
「それは褒められているので?」
「はは、もちろんだとも。こんな奴を敵に回した軍上層部の連中は大馬鹿野郎だ。
それで……さっきの話の続きだが、私は今のこの国に住む敗北主義者共が大嫌いだ。だが、もっと嫌いな者がいる。最も不甲斐ない男、私自身だ。だから、それによく似ている君は……大嫌いだ」
「……本当に良く似てますね。ええ、自分だって自分のことは嫌いですよ。知り尽くしてますから。
あの初弾を外さなければ、あのナイフで切り裂けていたら……上手く殺れない自分、それに貴方……アンタが嫌いだ。今すぐ殺してやりたい」
「「ハハハ…… ヘヘヘ……アハッ、ハハハッ、ハーッハハハハハハ!」」
「ぶち殺すぞ、クソ爺」
「くたばれ、クソ餓鬼」
二人の人指し指が互いの銃のトリガーを引く。もちろん、撃った先にはもう標的はいない、外れだ。だから、この闘いはとても不愉快だし、恐ろしいし、何より面白い。
撃って、避けて、再装填して、切り刻んで――そして決着の時が来た。
ジークの愛銃であるガーランドが、マティスの弾丸によって撃ち抜かれた。
その瞬間、ジークは愛銃の死を嘆くよりも速くナイフを抜きマティスに向かって突貫。
マティスも嵩張る銃を捨て、闘争本能むき出しでナイフを抜き、それを迎え撃とうとした。
二つの刃が交錯する――そう思われた瞬間、ジークは思い切り身をかがめ、スライディングの様にマティスの大振りで振った腕の下を潜り抜け、彼の腰にマウントしてあった手榴弾のピンを抜いた。
「な――!?」
だが、マティスもジークの片足を引っかけた。
一拍おいて爆発。爆炎で無視界。暫しの無音。
「……ふっ、くくっ……まさか、こんな無茶苦茶な戦い方に負けるとは……いや引き分けだな」
マティスの目には自分の体がグチャグチャになっている様が映し出されていた。だが、彼の目には別のものも映っていた。
ジークの足が転がっていたのだ。
「どうした小僧? ……年寄りより先に逝ってしまったのか? なら私の勝ちか……」
薄く笑い、虚しい勝利宣言を口にしようとした時、彼はあるものが目に入り新兵の様に驚愕した。
片足のないジークが血まみれになりながら、それでも笑みを浮かべながら、這いずりながら彼の元に近づいていた。
「……信じられん、片足がないことに気づいてないのか?」
「まさか……流石に足の数くらいわかるさ。
一本だ。
何時だったか、一度地雷を踏んじまって片足がボロボロになったんだ。その時はまだ何とかなったんだ。でも二回目の時、痛みよりも苛立ちの方が強かった。こんな足、戦争には邪魔だってね。
だから、とっくの昔に切り落としておいた。合理的だろう?」
薄れゆく視界の中、マティスは転がっていた足がその辺のガラクタを集めて作られた義足だということに気が付いた。
「闘いの為なら、人間であることをやめるか……。
は、はは……これは敵わんな、叶うわけが無い」
手短なものを杖代わりにして、爛々と目を光らせてジークが寄って来た。
片手には銃リボルバーが握りしめられている。
「名残惜しいが、楽しい時はいつだって一瞬、さようならだ。
……何か言っておきたいことは?」
「感謝するぞ、化け物。
下らん人生だったが、良い最期だった……本当に、本当に…な……」
乾いた音が響き、そこに残されたのはたった一匹となった。
「惜しかった……惜しかったよ。
片足吹き飛ばしたのはアンタが初めてだった」
ジークは安らかな表情を浮かべるその亡骸に向かって敬礼をした。
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