裏切り者


 かつて、子供達が皆で一人に石を投げ嗤っていたり、主婦が旦那の陰口を、老人が最近の若者はけしからんと語らい、道行く紳士達が何処かの遠くの国を口汚く罵っている、そんな穏やかな平和が広がっていた場所。


 此処はリカール王国、王都。


 しかし、今はそのなれ果てだ。


 歩道に鮮やかに植えられていた花々は踏みつぶされ、所狭しと並んでいた店や家は略奪の限りを尽くされ、既に水道の役割を果たさなくなって5年以上経つ水道管が地面から突き出ている。


 「そうだったよね、覚えてる? 

  あの人達……あの、誰だったけ?」


 「さぁな、誰だったかな。

  あの時は学校中から嫌われてたからな。ただ、今も昔も変わらないさ。

  学校中の嫌われ者から世界中の嫌われ者になっただけだ。

 

  嫌か?」


「……最高だよ」


 二人の関係性、そしてもう一つ変わらないものがある。

 それは……人々の喧騒だ。


「撃て、撃て、撃たなきゃ、殺されるぞ!」


「第5小隊、次の路地を左だ、急げ!」


「ハッハッハァッ! 死ね死ね死ねぇ!」


「やった! スナイパーを倒した、此処は安全、ぐがぁ――!」


「ワンダウン……100人目、これだよ、これ。

 やはりこの町は戦場に限る」


 廃屋の4階から、ジークは満足げな口調でそう語る。

 彼らにとってこのリカール王都での大事な思い出は、憂鬱な通学の記憶より、皆で好き放題暴れ回った虐殺の記憶なのだ。


「うんっ……あっ、敵が上ってくるよ」


「ああ、わかってる。


 ……ちっ、人が思い出に浸っているって言うのに、どたばたと、二流の素人が……。

 面倒だ、此処で片づけるぞ」


「りょーかい!」


「よ、よし、手榴弾、行くぞ!

 ……突撃だぁ!

 ジーク・アルトぉ! 僕のことを覚えているかぁ!」


 部屋に押し入って来たジークと同い年ぐらいの男達は、手榴弾が巻き上げた粉じんの中、あてずっぽうに射撃する。


「やっぱり、貧民を一人たりともあの学園に入れてはいけなかったんだ!お前のせいで、僕の青春は、僕の未来は!僕はこの国で大臣になることが約束されていたんだ!

 その夢を、その夢をお前は壊したた、たたたたた、たたたた」


「それは悪かったな。

 精々苦しまないように、な。

 しかし、いつまで学生気分でいるんだか……なぁ、エリー?」


 天井にへばりつくように身を隠していたジークは、頃合いを見て彼の背後から銃剣を突き刺す。

 彼の異変に気が付いた、その友は驚愕の表情で振り返ろうとするが、それはエリーによって阻まれる。


「私達だって似たようなものじゃない?

 見て、ぺちゃんこ」


 防火扉でサンドイッチにした敵を指さすエリーと、その光景を失笑するジーク。

 そして、布切れとなった彼らの戦闘服を見てこう呟く。


「バラバラの戦闘服、ワッペンは十字架……ボランティアの軍隊か何かか?

 リカールの将来の大臣候補とか言ってたな。

 成程……居場所も将来を無くした人間を宗教で救い上げてやるという訳か。いい話じゃないか、感動的だ」

 

「報酬も無しに、やりがいだけで死地に送られる……。

 まるで、ジーク君みたいだぁ……」


「お前は俺のこと嫌いなのか?

 長い付き合いだろう?

 不平不満を言うのは5年くらい遅すぎるぞ」


「えへへー、冗談冗談。

 ん? 何、どうしたの?

 うん、うん、ジーク君、変な動きをしている部隊が居るんだって」


 突然かかって来た部下からの連絡に、エリーは小首を傾げる。


「ああ、俺だ。

 変な動きとはどういうことだ?」


「少佐殿。

 状況を報告しますと、我々が押しています。

 ですが、一部の部隊が、誘い込まれているような……いえ、まるで我々を此処から引きはがすような……。

 此処を放棄するつもりでしょうか、よく訓練された動きです。


 しかし、この動き……」


「似ているな、昔、セルべ平原で俺が執った戦術だ」


 ジークは過去に自分が行った戦闘を思い出す。

 強敵と対峙する際に使う戦術だ。

 部下を使い、その他雑兵を引きはがし、その相手との戦いを限りなく一対一にしようとするものだ。


「これを使うということは……まさかな。

 いい、乗ろう。こちら側としても、敵の前線司令官を倒せれば儲けのものだ。33番、35番通りに横方向を意識して前線を広げろ」


「了解!」


 暫くの間、状況を見守る為、室内で鏡を反射させ外の様子を確認していたジークとエリー。

 辺りには不気味な静寂さが戻って来ている。

 が、その時、大通りを恐々と歩いて来る例の宗教軍の一団が見えた。


「お、おい! 

 誰もいないのか!

 そ、そこか、さっきまであんなに居たのに! クソ、何処に敵はいるんだ!」


「それで出てきたら、偵察兵の存在意義は無くなる……。エリー撃つなよ、あいつらはあぶり出しの餌になってもらう」


「うん、了解」


「もう逃げようぜ、復讐なんてもういい! 

 怖くて仕方がな――!」


が、彼らは音もなくやって来た弾丸に脳をやられる。


(音が小さい……狙撃に不向きの消音銃で遠距離狙撃か?

 ……出来る狙撃手がいるのか)


「……ジーク君、何かが変。

 何か展開してくる」


「ああ、そうみたいだ。

 それどころか、ご丁寧に挨拶してくれるようだぞ」


 ジークは受信を知らせる無線機を、ポンポンと指さす。 


 「……もしもし、どなたですか?」


 「お久しぶりですな、少佐殿。覚えておられたらよろしいのですが……」


 エリーは聞こえて来た声に驚きを示した。

 何故なら、彼女の……彼らの忠実なる部下の一人だったからだ。

 大隊の年長者にして、ジークの補佐的な役割を担っていた男。


 「その声……フォッグマン大尉か。

  ……そう言えば、お前はいつごろからか消えて居たな。

  老後の生きがい、それか、死に場所でも見つけたのかと思えば」


 「ははは、死に場所なら見つけましたぞ。

  いえ、ずっと前から決めていました。

  つまり、いまこの場所、この状況と言うことですな」


 「成程……。

  じじぃの感性など到底理解できんが、つまりは大隊の裏切り者として始末されにきたという訳か」



 「……いいえ、此処は戦場。あなたにならわかる筈。

  ただただ、戦争を望んでいる。最も強い者との闘争を。

  どうせ、先は長くないのです。

  だったら、最期位好き勝手にやらせて頂く、付き合ってもらいますぞ」






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