最終命令

「ベ、べクター様、フォッグマンと言う男はジーク・アルトを打ち倒せるでしょうか?」


 どんどんと近づいて来る砲弾の音に恐怖を隠せない秘書の問いに、ベクターは薄く笑みを浮かべた。


「さぁな、全盛期の力は出ているはずだ。

 しかし、それよりも……私はジーク・アルトが人間であることに。

 いや、群れの長としての感情があることに賭けた」



 ◇


 ジークが狂気に目覚めかけた頃、戦場の掟を教えたのは彼フォッグマンだった。

 父親の様で、忠実なる僕、その彼が裏切ったのだ。


「……一応、理由を聞いておこうか?」


「これでも、俺は昔はリカールの狂犬と呼ばれた男だ。

 戦場で幾重の人間を殺し、そして舞い上がっていた。

 当時、腐った貴族主義者共が台頭していた王国で、それを食い止める為の革命を起こそうとした。


 だが、俺の正義には誰もついてはこなかった。

 誰からも否定され、俺は自分の全てが間違っていたと思い込んだ。

 すっかり生気を失い、無能と呼ばれ、飛ばされた先にお前が居た。

 

 驚いたよ、ああいうやり方があるなんて」




「まさか……ただの嫉妬か?」



「ああ、そうだ。

 少し前に、夢を見た。

 なんてことはない、ただ死ぬ夢だ。


 夢から覚めた瞬間、怖かった。

 いや、腹立たしかった。


 こんな人生では駄目だ、悔いがあっては死にきれない。

 狂犬ではなく、少佐のような狼になりたいと」


「もういい、よくわかった。

 俺を殺したいというんだな?

 分かった、もういい、いつも通りにやるだけだ。

 敵は殺す、お前を殺す」


「……そうだ。俺は先の見えない戦争がしたいだけだ」


 ジークは無線を切ると、エリーの肩を小さく叩いた。

 彼女は何も言わず、壁から頭を出すようにして、双眼鏡を構えた。


「……ターゲットの位置不明、消音機をつけていてもあの音の小ささなら……2kmか、それに近いか、そのぐらいだと思う」


「2km先から……この銃の限界射程か、俺を試しているのか?

 目立つ屋上じゃない筈だ、何処かの高い建物の高層階の瓦礫の中に挟まっているはずだ。

 何が狂犬だ、カメレオンめ」


「多分、北西っ……!」

 エリーが位置予想を伝える前に、ジークが彼女を片手で突き飛ばした。

 瞬間、空気を切り裂きながら、一発の弾丸が彼女が先ほどまで居たところに弾着した。

 と、同時にジークが反撃カウンタースナイプを放った。

 が、その弾丸はほんの少し右にそれた。


「……ッ、惜しい。

 まさか、あの齢で対戦車ライフル使いとはな、化け物め。

 北西、2km……完璧だ、エリー。

 ああ……あと大丈夫か?」


「いてて、ありがとう。

 死んじゃうところだったよ。

 でも、順序が逆だよ」




 エリーは頬にうっすらと血を流しながら、だが、笑みは消すことはない。




「助けてもらった割に態度がでかいやつだ。

 死ぬときは死ぬさ」


「学校の先生みたい……。

 観測手は必要?」


「いや、もういい、位置は把握した。

 そこで座ってろ」


 二、三回、弾の応酬が続く。

 そのうちの一発が、ジークの頬を掠った。

 だが、それで彼の集中が途切れることはない。

 ジークにはこのやり取りがただの牽制と言うことが分かっているのだ。

 何度か、覗き見る窓を変えたり、違う角度から覗いたりして、探り合いを繰り返す。


 そして、再びどちらともがお互いを見失った。


「……そろそろ、終いだな」


 2km先の米粒のような相手を、スコープでゆっくりと探す。

 そのスコープに、同じくこちらを狙っているフォッグマンが映った瞬間、ジークは引き金を引いた。


 空中で、弾丸同士が交差する。

 射撃直後に伏せながら、回るようにして回避を行うフォッグマン。

 それに対し、ジークは一切のアクションを取らなかった。


 スコープで大きく拡大されるあちらからの弾丸にまるで興味を示さないかのように、すぐさま二射目を発射した。


 そして、ジークの放った弾丸はフォッグマンの肩を貫き……そして、ジークの肩はフォッグマンの弾によって貫かれた。

 弾を受けたジークは床へと倒れこむ。


「ジーク君――!」


「終いだ」


 だが、ジークは倒れ込みながら、三射目を放った。

 こんな条件で狙いなどつけられるわけがない。

 ジークの放った弾丸は当然2km先のフォッグマンの遥か頭上を行き……彼の頭上にあった壊れかけのシャンデリアの付け根に命中した。



「……命中だ」


「……駄目……か。

 薬物に手を染めてまで、全盛期の……いや、それ以上の身体を手にしたというのに。

 クク……やはり、勝てないのか」


「フォッグマン、お前、命が惜しくなったんだろう?

 その薬で得たふざけた身体に可能性を抱いた、このまま人生をやり直せるんじゃないかと。

 希望を見出したか、戦場に」


「これが……防衛本能か。

 これでも命を捨てる覚悟でいたつもりだったんだが……人間の本能か。

 そして、お前は……少佐にはそれが欠落している。

 やはり、あなたは強い。


 ふっ、シャンデリアに押しつぶされるのが、俺の最期だとはな……いや、相応しいか」




「相応しいだと? 図々しい。

 お前の最期は俺が決める。……お前は我が隊の犬だからだ。


 命令だ。

 死ね、フォッグマン」


「……少佐殿、まだ、私を、部下だと……感謝の極み」


 ジークは撃たれた左肩を使わず、片手だけで既に虫の息のフォッグマンを狙い……終わらせた。

 彼は銃を構えたまま、暫く、息をするのをやめ、時が止まったように動きを止めていた。

 そして、静かな笑みと共に呟いた。


「老犬に夢を見せたか。

 成程、こいつは効いたよ、ベクター・ノビコフ

 ……はは、面白いことをやってくれる、戦争達者」


「ジーク君、止血を……」


「気にするな。血は出る、そしていずれ死ぬさ。


 砲撃隊、大隊長命令だ。

 ……指定座標を砲撃しろ」




<しかし、これでは少佐殿が……>


「やれ、命令だ。

 大隊長命令だ、命令違反者は懲罰執行する。


 エリー、行くぞ。

 ベクター・ノビコフを抹殺する」


 その笑みと共に発せられたジークの静かな抹殺宣言に、エリーは久しぶりの恐怖と、身体の芯で疼くものを感じた。






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