戦争そのもの

 リカール王国宮殿。

 大国、リカールが世界に誇った大宮殿は、またしても奴の手によって崩壊の危機に瀕していた。


「こちら東側監視塔!

 砲撃の雨だ、撤退許可を!

 来る筈がないじゃないか、ジーク・アルトはこんな地獄の中を歩いて来るっているのか、有り得――!」



「監視塔、応答せよ。監視塔!

 ……ベクター様、ご安心ください!

 此処までは来れる筈がありません、此処は鉄壁の城、何者も寄せつけません!

 すぐにでも、ジーク・アルトは自らが指揮する砲撃部隊の砲弾によって、自滅することになるでしょう!


 ですから、此処に居れば安全――!」


 ベクターの秘書、シンシアは彼を、それに自身を安心させようと、健気にそう叫ぶ。

 だが、その叫びは別の叫びと大きな揺れによってかき消された。


「――すぐそこに居るぞ!」「助けてくれ、一階は火の海だ!」「消火を急げ!」

「何処だ、何処に居るんだ!?」「背後から撃たれ――!」

「四階だ、王室の廊下のところまで!あぁぁぁ、あああああぁぁぁぁぁ!」


「まさか、嘘……でしょ?

 応答しなさいっ、誰か!」


「……ステイ」


「その声は……ジーク・アルト!?

 汚らしい貧民の獣がのこのこと……!

 ガードマン、早く壁になりなさい、給料泥棒の役立たず!


 ベクター様、危険ではありますが、隠し通路から地上へ――」


 と、シンシアがヒステリックに叫び、燃え盛る王都を一望できる窓際の本棚に扮した隠し扉を開けようとした瞬間、彼女の身体は吹き飛んだ。

 扉の前で防弾盾を構えた護衛達が振り返ると、窓の外には、ロープにぶら下り、狼のような鋭い眼をした血まみれのジークの姿があった。


「ステイの意味も分からないか、雌犬」


「う、撃てぇ! 殺せ――!」


「正面からこんにちはー!」


 彼らが振り返った瞬間、今度は無防備になった正面扉から同じく血まみれのエリーが現れた。

 奇襲挟撃。

 護衛達にとって、そのサンドイッチは恐怖だった。

 そして、その身体を震え上がらせるような恐怖は致命的な隙を生み出した。

 死のサンドイッチの具材となった彼らは、ジークらの弾丸によってミンチ肉にされた。


 銃声が止み、硝煙が晴れた時、ベクターは正面と背後から頭に銃をつけられた。

 自身の正面に立つジークの笑みを見た瞬間、彼は自身の過ちに気が付いた。


(フォッグマンで彼を揺さぶろうとしたのは間違いだった。

 ……いや、成功はしたのだ、その先を見誤っていた。

 この男が取り乱すはずがない、彼は人間ではないことを失念していた。

 彼は狼……感情のままに、有象無象を狩り殺せる化け物だったことを……!)


 全く以って、その通りだ。

 普通の人間なら顔を血で濡らし、腕や胴の肉がめくれまくっているというのに、笑みを浮かべることはしないし、出来ないだろう。


「……高層の窓、そして正面扉からの同時突入ダブルエントリー、一直線上射線であるのにも関わらず一切のフレンドリーファイアは無し。


 み、見事だ……! 」


「声が震えているぞ、どうした?」


「……言わせるな、恐ろしいからだ。

 私だって死の商人として数々の死線を渡って来た。しかし、怯えたことなど一度も無かった。

 だが、お前は恐ろしい。


 恐ろしいに決まっているだろう」


 それでも、ベクターはまだ諦めていなかった。


「どうだ、化け物。

 交渉の時間だ、私の負けだ、世界を譲ろう」


「どういうことかな?」


「……此処に紙切れがある。

 ヘブンの暗躍の歴史、世界をコントロールできる程度の紙切れだ。世界中の政治家共の汚職に弱点が記されている。


 例えば、アルタイル連邦の――」


 瞬間、ベクターは袖元に隠していた拳銃を素早く構え、引き金を引いた。


 バン。

 二つの乾いた銃声。


 そして、ベクターは後ろ向きに倒れた。

 二つの銃声はジークとエリーのものだった。


「は、はは……まさか、撃つことすら出来ないとはな。

 やはり、付け焼き刃の早打ちでは勝てないか」


「あたりまえ、でしょ?」


「まぁ、でも、正直驚いたよ。

 保身では無く、あくまで俺を殺しに来たのはな」


 ジークはそう言いながら、ライターで例の紙切れを焼き始めた。


「……宣戦を布告したのは、この私だからな。

 戦うさ、最期まで。

 ふっ……しかし、君はあまり利口では無いな。

 その紙切れは世界をコントロールするだけではなく、制御不可能アンコントローラブルにも出来るというのに。

 次の戦争の芽を摘んでしまったな」


「違うな、ベクター・ノビコフ。

 制御不可能だから戦争が起きるんじゃない。

 制御しようとするから、優位に立とうとするから、多数になろうとするから、戦争は起きるんだ。


 それが人間というものだ。

 

 俺が戦争を起こすんじゃない、いつでも起きている。

 戦争は非日常ではない、そこら中のありふれた日常だ、そうでなければいけない」


「……戦闘狂……いや、戦争そのもののような男だ。

 がはッ……ごほ……ちっ、死とは恐ろしいものだな。

 だが、悔いはない。良い…戦争だった」


「ああ、本当に……。

 先に逝ってろ、地獄の底でも戦争をしようぜ」


 この日、一発の銃声と共に、リカール宮殿は再び主を失った。


「接戦だったな。

 俺も血まみれだ、危うくだ」


「敵将打ち取ったり、だね……ジーク君、まだやる気なの?」


「何故だか今日は妙にな、そんな気分なんだよ」



 ◇


 復讐と言うものは、恐ろしいものだ。

 その底が深ければ深い程、その復讐の憎悪は強くなる。


 例えば、こんな憎悪。

 狩りから帰り、家路につくと、故郷の村々は燃えていた。

 家は燃え果て、死体累々。

 必死に探し、ようやく見つけた家族は狼達に食い荒らされた後だった。


「待っていろ……ジーク・アルト、僕はお前を赦さない……!」


 母はリカール学園が誇った才色兼備、父は民を率いた王子。

 リカール王家の血は潰えていなかったのだ。


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