第2話 眠れる本能


馬車に揺られて荒野へ。

いつか自分は報われる。ジークは努力は報われると思っていた。

そんなことは無かった。




鉄格子越しの風邪に吹かれ、彼は一周回って冷静になってしまった。

そして、すすり泣くような声にようやく気付いた。

その馬車には同乗者が居たのだ。




全体的に色白。少しくすんだ銀色の長い髪に、青色の目、それに華奢な体つき。

儚げで幸薄そうな少女……制服はジーク以上にボロボロなところも悲壮感を煽っている。

彼と同類つまみだされたものだ。

ちなみに彼女の渾名は売春婦の娘、ビッチ。



心優しかった少年は、自分の不幸を嘆くより先に彼女の身を案じることにした。




「大丈夫?」


「私……怖い。絶対に助からないよ……。なんで私がこんな目に……」


「僕だって、分からない。

 でももしかすると助かるかも、もしかしたら、前線の人達もいい人達だったり・……。君の名前は?」


「……エリー。 エリー・トスト」




ジークは無理に笑みを浮かべ、彼女を励ましつつ、弱気になる自分自身を励ましたのだ。

そうして、身を寄せ合ういたいけな二人の少年と少女。

此処から始まるのは、逆転の英雄譚か、それとも叶わぬ悲哀か。


……まさか、この二人が近い将来、大量殺人鬼になるとはだれも思っていなかった。






「いいからさっさと行って来いよ!」


「待ってください! せめて、エリーだけは!」


「うるせぇ!」




身を寄せ合っていたのは間違いだった。

前線のろくでなし兵士は女に飢えていた。

彼らの目に美少年、美少女の間抜けなカップル擬きは非常に不快に映った。




なんと、到着して15分だというのにたった二人で敵アジトに突っ込んで来いと言われたのだ。

行かないのなら隊長権限で、この場で凌辱し、殺すとまで言い切った。

下衆な目を光らせていたのは、隊長だけでは無かった。



生き残る為には進まなければならない。

森の向こう、廃墟のようなアジトに。




「……行こう、大丈夫だ、僕が付いてる」


「……うんっ」


健気な決心の元、そして頼りないリボルバー拳銃とその少ない弾だけを頼りに、

彼らは一歩を踏み出した。


尚、足元の罠には気が付かなかった。




「へっ、上物だぜ!」


「若い嬢ちゃんなんて久しぶりだぜ、へっへっへ。

 男は要らね」


「おい、俺はどっちともいけるから手出しすんなよ!」


罠にかかったジーク達はアジトの暗い地下にジーク達は囚われてしまった。

武器もとられた。




……非常に間抜けだが、言い訳するのなら彼らは休む間もなく戦場へと駆り出された。

戦場の空気も、殺す覚悟すらできてないのに、完璧を求めるのは酷かもしれない。



「嫌ぁ……お母さん……っ!」


少女、エリーは十字架に縛られてしまい、身動きが取れない。

自身の身に降りかかる最悪の事態を想像し、真っ青になり、身体を震わしている。

取り囲んでいる彼らは正規軍人ではない、王国に反抗するゲリラだ。

彼らからすれば、凄まじい背徳感、何とも素晴らしいシチュエーションだ。


(助けは来てくれないのか……!?

どうして、どうしてこんな目に! どうしてだ!?)




来る筈がない。

来たとしても全て事が終わった後、少年たちの死体を指さして笑うだろう。


一人の男が、ジークを縛り付けようとする。


「さてと、ホモ野郎の為にこっちも括り付けるとするか」


「ふざけるな……彼女を……ぐっ!」


「うるせんだよ、クソガキ。

 聞いた事あるぜ、劣等生前線送りって奴だろう?


 学校でもうまくやれねぇ奴が戦争が出来る筈がねぇぜ。

 へへっ、雑魚はこうなるのがお似合いだ」


「……っ!」


「図星かよ!ざまぁ!」


「弱そうなやつだもんなぁ!」



「睨むなよ、興奮しちまうだろう、ぎゃはははは!」

 ……あれ、上手くはまらない」




拘束具を取り付けようとするこの男は少々不器用であった。

そして、整理整頓も苦手だった。

その辺に斧を放置しておくほどに。


この男は人類の戦犯だ。

此処で殺しておけば……。



ジークの過酷な少年期、暗く危険な鉱山で死なないようにと鍛えた目。

これまた過酷な学園生活の中で、どうにかしようと鍛えた反射能力。

そして……眠れる本能と理不尽に対する隠しようのない殺意。


彼はこの一瞬のチャンスを逃さなかった。


「――へっ?」


目のも留まらぬ速さで斧を拾い上げると、そのまま尚も自分に背を向けて首をかしげている男の首を切断した。


先程まで騒ぎ立てていたロクデナシどもが状況を理解できず、完全に固まる。

一方、ジークは奪われた銃を取り戻し、つきの悪いのランプを吹き飛ばす。

明かりは堕ちた。ようやく事態を把握しかけたロクデナシどもはまたしても混乱へと叩き落される。

ジークは止まらない。暗闇、そして吹き上がる血しぶきの向こう側から、棒立ちしている男たちに肉薄し――


そして斧で切り裂き、拳銃で額に風穴をあけていく。




「何がどうなってる!? 出口は何処だ!?」

「見えないなにも……ああああああああああああああ!」

「足は何処だ、俺の足は何処に行ったぁぁっ!?」

「待ってくれ、武器は捨てた! もうしないから、しないからぁぁぁぁ!」


ジークは一瞬我に返った。

初めて、自分は人を、人を殺した、殺してしまった。

だが――それがどうした?



さっきまで自分を嗤っていた連中が、黙りこくってしまった。

二度と口を開くことも、自分を嗤うことも無い。

少年は気が付いてしまった。

殺す事こそが、全ての解決策だと。


だったら、

(殺して、殺して、殺しまくれ――!」)




拳銃で、連中のマシンガンで、斧で、ハンマーで、




「やめてくれ、せめて楽に殺して――」


「……は、ははははは」


潰して、切り裂いて、穴をあけて、叩きつけて

自分は決して小さな存在ではない。


だって、こんなに人を殺せるのだから。


「ジーク君……」

「ふふふ……は、ははは……

 ヘヘヘ……アハッ、ハハハッ、ヒャハァハッ!!

 ハーッハハハハハハ!

 ……エリー、お前もやってみるか?」




数時間後、先ほどの王国軍の兵士たちがアジトに近づいていた。

結局は任務。自らがやらなければならないからだ。


「さっきのガキども、もう死んでるかな」

「おい、祟られるぞ」

「生きてても犯すだけだ。……静かだな、地下室がある。行くぞ。

 ……!?」


隊長は背筋が凍った。

血まみれの部屋。

首の、足の、腕の、原形の無い死体。


拘束具が見えた。

だが、そこにつるされているのはいたいけな少年少女ではなく……。


「止めてくれ!故郷に息子が居るんだ、神に誓って――!?」


「エリー、やれ」


「うんっ!」


バン、バン、バンと乾いた音を鳴らしていたのはジークとエリー。

つるされ、穴だらけにされていたのはゲリラの長だった。

王国軍の隊長はその猟奇的な光景に思わず、後ずさった。


「な、なんだよこりゃ……」


「いいぞ、エリー。これでお前もと同じ同族ひとごろしだ」


「うん……うんっ、私は幸せだよ。

 もう一人なんかじゃない……何もかも虐めて来る人達は皆……あは、ははは……あははははははははは!」


「ははっ、ああ、そうだ。

 全員殺せばいいんだ……。

 それはそうと……隊長殿、さっきからそこで何をしていらっしゃるので?」


「ひっ!?」

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