第16話 茶番劇

 リカール宮殿の窓からは煙立ちこめる城下町が見えていた。


 此処はリカールの国王は自室のベッドから忌々しくその光景を眺めていた。

 彼は優れた政治手腕、無慈悲な諸外国への軍事侵攻でリカールの大国としての地位を確立した偉大な王だった。

 ただ、数年前病に倒れてからは、寝たきりの生活を余儀なくされており、自国の窮地もこうして眺めていることしかできない。

 ……だが、手を打たないという訳ではない。


 彼のベッドの周りには、王国が誇る精鋭達が集められていた。

 軍人だけではない。

 組織的な関りを嫌い、アウトローな生き方をするもの。人を殺すことだけを望む戦闘狂。……そんな面々が一堂に集まっていた。あるものには懇願し、あるものには大金を渡して此処に集めた。

 理由はもちろん、あの男を抹殺する為だ。


「恐れながら陛下。

 アサド王子の講和の件を無視するということになりますが、よろしいのですか?」


「よい。あれに戦争のことはわからぬ。

 勝手にさせよ、どうせ失敗する……ジーク・アルトは存在してはならぬ生き物だ。王国最大の敵になりうる」


「彼とお会いになったことがあるんで?」

「……それにまだ幼い少年の様ですが?」


「会わなくともわかる、齢に誤魔化されるな、あれは最も卑劣な畜生だ。

 ……だが、恐ろしい。

 その畜生行為を無慈悲に行えるだけの強さは持っている。

 ……神聖リカール王国の名のもとに命じる、あらゆる手段を用いてジーク・アルトを抹殺せよ」


「「「「リカールの為に!」」」


 国王に忠誠を誓い、彼らは狩りの準備へと向かう。

 最後に出ていこうとする少しばかり齢を食っている男に、国王は声をかけた。


「マティアス。貴公、勝てるな?」


「どうでしょうか。

 ……戦いなど、確率では表せませぬ。

 強いて言うのなら、戦いは死ぬか負けるか、そうであれば、50%の確立で勝てるでしょう」


「ちっ……。

 王国の窮地ですら、貴公は殺しを楽しむつもりか。

 良い、全身全霊を捧げよ」


「……Yes your majesty」


 化け物には化け物をぶつける。それが国王の決断だった。


 ◇


 休戦により銃声は止んだ。

 しかし、そこに広がる光景は異様なものだった。

 ジークは一万もの軍勢に囲まれていた。

 だが、双方ともに銃を構えようとはせず、ただ対峙する。

 そして、ジークの後ろに母校の校舎。

 ……まるでジークが悪の軍勢を前に一人立ち向かう勇者のようだ。

 軍勢だけではない。

 目を凝らすと、何処に隠れていたのか民衆の姿も見える。

 どうやら、軍と民が一丸となっての行動らしい。


 と、ある物が目に入り、彼は思わず笑みを浮かべる。

 様々な同盟国の旗だ。

 だが、その中にはつい半年前まで敵国だったものもちらほら見える。

 王国に負けた挙句、王国の命によってこんな碌でもない戦場に派遣されているのだ。


(自国の兵がこんな光景を見て士気が上がる筈も無いか。

 成程、元敵国の方が良いのかもな)


「ジーク君、狙撃手は居ないみたい。

 迫撃砲もここに当てるのは難しいんじゃないかな?」


「了解した……こちらに人質がいるとはいえ、何を考えているのだか。

 こっちは構えとけよ。奴らの道理に付き合う必要は無い」


 その時、向こう側の特使から渡された無線機に通信が入った。

 てっきり、群衆の前で王子の演説を聞かされるものだと思い込んでいたジークにとってこれは意外なことだった。

 そして、その無線相手にも驚かされた。


「初めましてだね。

 私はアサド・ヘルムート・リカール。

 この国で王子をやらせてもらっている。君の名は……ジーク・アルト。そうだね?」


「Yes, Your Highness……。まさか、自分のような卑俗な物が王子様と言葉を交わせるとは……感謝の極みです。

 それで、御用件は?」


「これだけの軍勢を前にしてその態度……。

 成程、力に溺れただけの少年ではないようだ。

 取引がしたい。君が差し出すのはこの王都の解放――私が差し出すのは、君の地位だ」


「……ほう」


 交渉と聞いて、ジークは自分自身、若しくは大隊の保身のことだと思っていた。

 だが、まさかの取引を持ち掛けられ、少しばかり興味が湧いた。


「現在、我が国には身分制度というものがある。

 だが、それは時代遅れのようなものだ。

 王室ならまだしも、貴族がこうも出しゃばっているのは我が国だけだ。

  国民の不満も高まっている。

 今回の事件でこの対立は取り返しのつかないところまで堕ちていくだろう。

 何処かで終止符を打たなければならない。それが今日、この日だ」


 リカールが抱える身分問題、貴族の地位は大昔からの名家が引き継いでいるだけのもの。

 昔の代は有能だったとしても、今となっては無能極まりないのも多い。

 だが、それを否定するとなればリカール王家自身の存在意義を否定することにつながる。

 ひいては国家滅亡の危機。

 

 そう言った問題、貧しい少年と大国の王子。ジークは答えを導き出した。


「成程。

 この場で茶番をやるということですね。

 この卑劣な事件はお互いの対立が生んだもの。

 どちらも悪くはない。

 だから、終わりにしよう……そういった対話……いえ、茶番をやれと?」


 この数万人もの観客がいる中での茶番。虐殺という黒い部分は美しい美談で塗りつぶしてしまえばいい。


「そうだ。

 君は知らないだろうが、国民の中に君にこの国を破壊してほしいと願うものまで出て来た。

 君だってそういうもの達に利用されるのは好きじゃないだろう?

 君は被差別者解放に成功した英雄、そして君の仲間はその同志達だ。そういう筋書きでどうだろう?」


「解放……良い言葉だ。良いでしょう、茶番をやりましょう」


 ジークは王子がはったりをかますような小物ではないことはみぬいていた。その上で茶番をやりましょうと言ったのだ。


「ふっ……感謝するよ。君は賢いな。父上にもこれだけの臨機応変さがあれば……では、手筈通りに頼むよ」


 だが、アサド王子は気づいていない。茶番をやるとは言った。しかし、協力するとは言ってない。ジークは最初から茶番をやるつもりだったのだ。

 この男は誰かの手のひらで踊れるほど小さくはない。肥大化した悪意の塊なのだ。


 この二人の考える"解放"の意味はまるで違う。

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