第15話 二つ名
メイルは笑い声を上げながら、下水道を懐中電灯の光を頼りに歩いていた。
残された人たちと裏腹に、彼女は何もかもうまくいったからだ。
邪魔な姉を消すことも成功、無能な騎士気取りともおさらば、復讐鬼とかして間抜けな貧民は自分のことを忘れて復讐に夢中だ。
(みんなバカ、愛国心とか無いに決まってるじゃん。
何洗脳されているんだか)
メイルに罪の意識は全くない。
自己中心的な考え。だが、生き残る為には必要な考えだ。
尤も、彼女は生き残れないのだが。
彼女は足を止めた。暗闇の中、誰かがいるのだ。
「――誰!?」
「私はエリー・トスト。ジーク君の副官なの」
エリーが居た。メイルは彼女のことをよく知らない。何回か階段ですれ違った時に突き飛ばした程度。
だが、それは貴族と貧民の間ではごく当たり前のことだった。
今のエリーにいつもの狂った笑みは無く、目を腫らしていた。彼女は泣いていたのだ。
メイルはその様子に一瞬虚をつかれるが、すぐに調子を取り戻した。
せっかく逃げ出せたのだ、ここも上手く……。
「……見逃しなさい。
あなた、あの男に嫌われるわよ。
あの男は私に復讐したがってる。それを台無しにすれば……」
「ううん、私とジーク君はいつも一緒。
喜びも悲しみも一緒。だから、彼の復讐は私の復讐」
説得は上手く行かなかった。
言葉を続けようとするが、この何処か儚げな少女を見て、
メイルはこう思った。
(何よ、このちび助。
全然、強そうじゃないじゃない。
これなら、私にだって……)
「でもね、私には許せないことがあるの」
「……えっ?」
メイルはゆっくりと懐の拳銃を取り出そうとするが、エリーの言葉が凍てつくように冷たくて、思わず身体が硬直してしまう。
「ジーク君の隣に女の子がいたって事実が許せない……!
許せないの! ジーク君の隣に貴女みたいな!
貴女みたいな女が居たなんて! 駄目なんだよそんなことッ!」
「お、落ち着いてよ!
あの男の事なんて、まるで興味ないから……勝手に二人で仲良くすればいいじゃない!
私のことを放っておいてよ!」
「消さなきゃ。
……全部消さなきゃ、全部、全部、全部」
エリーの目から光が消えた。
そして、彼女はマチェットナイフを両手に構える。
そのナイフの刃先は真っ赤に染まっていた。
メイルは先程、抱いた印象をひっくり返さざるを得なくなった。――この少女、恐ろしい。
「何よ、意味わかんない!
どきなさいよ! この雌犬っ!」
恐怖に駆られたメイルが放った弾丸は、真っすぐにエリーの下へと飛んでいき……当然のように、ナイフに弾かれた。
唖然とするメイルに、エリーはこう言い放った。
「そう、私は雌犬。
あの人の、あの人だけの雌犬。
だから、他の雌犬は処分するの。
……リカール大隊、副隊長の名のもとに、貴女を粛正するね」
暗闇の中、エリーの姿が突然消えた。
気が付いたときには、焼け付く痛みと共に、メイルの右腕が宙を舞っていた。
「えっ、えっ……腕が……?嫌、嫌、嫌……嫌ああああああああああああああああああああああああ」
エリー・トスト。リカール大隊の副隊長にして、拷問担当要員でもある。
彼女には二つ名がある。
銀髪の短機関銃種、美しき戦乙女……。
なんてものではない。彼女を見た敵兵は、恐怖と憎悪を込めて彼女をこう呼んだ。
挽肉製造器。
そして、彼女はジークの三割り増しぐらい狂ってる。
◇
薄暗い通路には原形を留めていない何かががあちらこちらにこびりついていた。
「全く、今日はいつも以上に……何がどうなったらこうなるんだ?
スライサーかミキサーでも使ったのか」
「うんんっ。私が頑張って殺したの」
「偉いぞ、良い殺しぶりだ」
ジークはエリーと合流した。
今は亡きメイルが彼らの動きを予測していたように、ジークも学園襲撃初期段階で間取りを入手し、逃げ出す輩がいることを予測して、エリーが張り込んでいたのだ。
彼女の目にもう涙はない、彼女の隣には彼がいる。それが彼女の幸せなのだ。
二人は懐かしい思い出話に浸るように晴れやかな笑顔で、殺しの感想を語りつつ、地下倉庫へと戻った。
「そういえば、残りのあの女は?」
「ああ、馬鹿な俺としたことが逃げられてしまったよ」
「嘘ばっかり、戦争の火種を残しておいたんでしょ?」
「何でもお見通しだな、お前には敵わないよ……おっと、フォッグマン大尉からだ」
「お楽しみのところ申し訳ありません、少佐殿。良いニュースと悪いニュースが入りましたので」
ベテランの大尉は何処か嬉しそうに、無線でそう切り出した。
「まず、この王都に大部隊が近づいています。その数2万。
しかも前線帰りの部隊や王国の同盟国が中心となった連合軍。
指揮官は王位継承順位第一位アサド王子だそうです」
「いいニュースだ。
王子様と骨のある連中……まだまだ戦争が出来るぞ」
「ええ、全くです。
次が悪いニュースなのですが……彼らの特使がこう伝えてきました。"我ら争いを望まず、対話による事態解決を望む"……と。
同時に現時刻から両軍ともに8時間の休戦の申し入れも」
「……悪いニュースだ。本当に悪いニュースだ。
クソくらえ」
学園の生徒の一部はまだ、何処かに隠れている。
とは言っても、ジークから逃げた生徒やそもそも反抗に参加しなかった生徒、怯えてがたがたと震えているだけの存在。
一応、ジーク達は彼らを人質として利用することが出来る。
「さて、どういうたしましょう? 少佐殿
オーダーを」
ジークは少しの間悩んだ。
そして結論を出した。
「うん、そうだな。
彼らの話に乗ろう、交渉しよう」
「そ、そんな。ジーク君……どうして?」
「エリー、分かってくれ。こういうことも必要なんだ」
「……わかってるよ! 本当は戦争をもっと、もっとおっきくする方法を考えたんでしょ?」
エリーは両手をおっきく広げて、笑顔でそう言う。
やっぱりこいつといると退屈しない。
こいつと戦争をしていると、退屈しない。
ジークは満足げに頷きながら、こう語った。
「ははっ……いや、そんなんじゃないさ。
彼らを、皆を解放してやるだけだ」
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