第17話 解放

 


「私はリカール王国、第一王子、アサド・ヘルムート・リカール!

 私は王都開放作戦部隊の総合指揮官として此処へ来た!

ジーク・アルト少佐、まずは交渉に応じてくれたことを感謝する!」




 斯くして、その茶番は始まった。


 王子の後ろにつく、兵士諸君はもちろんこんな馬鹿げたマッチポンプが行われようとしていることなんて知る由もない。

 自分達は学園を解放する為に敵の根城と化した学園の前に立っている。しかし、自分達は銃を向けることを禁じられており、王子の正義感溢れる演説が上手く行くことを祈ることしかできない。

 何たる不条理か。




 そろそろ、王子の演説が終わりジークの慟哭の嘆きが始まる手筈だった。


 だが……。




「我が軍を見ろ!

 この数万人の軍勢を! 我らに国境はない、誰一人として後ろを向かず、ただ人々を救う為、恐れることなく前を向いて――!」




「あの団旗は第5師団だな。それの3列目から右から8人目。下を向いてるし、身体が震えているぞ」




「……少佐?」




 何故話を遮る、台本と違うとばかりに、端正な顔をゆがめ、苛立ちの表情を浮かべる王子。




「それだけじゃない。

 9列目の右から3,6,7人目も。同盟国軍なんて全員そうだ。

 本当に人を救いたくて此処に来ているのか?――いや、違うな。命令されたから此処に来てるだけだ」




 あの小僧はいきなり何をほざいているんだと、兵の間に動揺が走る。焦りを隠しつつも、王子は第三者にばれないように無線を入れて来る。




「どういうことか、少佐? 手筈通りに――」




無視。




「確か、あの国旗はフセイン共和国のものだったな。

 我が隊は貴様らと戦ったことがあるぞ。

 装備は三級品だったが、士気は一流だった。……それがリカールに惨めに敗北、そしてその国の市民を救うために命を懸けている。

 ふっ……敗戦国の末路とでもいうべきか?」




「我が国を侮辱したぞ!」「なんだ、あの小僧!?」「待て。聞いた事があるぞ。子供の姿をした悪魔」「だが、一理ある……」




「ソラシドも、ハイルランドも、ベルストツカも……誇りも見失ったか。

 敗戦国の諸君、自分の国の為に命を捨てず、こんな国の為に命を捨てる気か?


 王国の面々もだ。

 軍服がほつれてる。碌に予算も無い地方の部隊だろう? いつもまずい飯ばかり、雀の涙のような給料。

 それだというのに、いつもたらふく食ってる王都の貴族の為に命をかけろだ。

 そこまでの忠誠心があるのか?

 本当に?」




「……確かに」「田舎には妹がいるんだ、ここで死ねるか」「別に王都の人間が幾ら死のうが……」




「可哀そうに、そこの雑用係は貧民か。

 ……この混乱だ、皆で隊列を抜け出して、銀行でもいったらどうだ?

 今ならもぬけの殻だぞ。

 後ろで騒いでる国民の諸君、言葉なんかより、気に入らない政治家を今すぐ殺した方がよっぽど理想社会が作れるぞ、武器庫も今ならガラ空きだ、警備も機能してない」




「理想社会……?」「銀行って、王国の中央銀行?」「そうか、身分制度を終わらせる為には……」




「聞くんじゃない! 少佐、何を考えてる!?」




 ジークはもう王子の言葉など耳にする気はない。言いたいことを言いたい放題。




「元敵国の諸君、貴様ら王国に対する恨みはまだ消えてないだろう? 復讐のチャンスだ。 武器は持っている、王国人ならそこら中にいる、何なら俺でもいい。何をじっとしている?


 リカール王国の栄えある兵士諸君、何をじっとしている? 敵国民が後ろにいるぞ。

  おや、あの旗は以前前線で共闘した彼らじゃないか? 」




「共闘だと、内通者がいるのか!?」「リカールは俺の父を……!」「そうだ、殺してしまえば!」「フセイン人がこっちを見てた!俺達を撃つ気なんだ!」「裏切り者がいるのか!?」「やめろ、落ち着け!」「貧民の言うことなんて聞くな!」「今の差別主義者は誰だ!?」




 寝返らせて味方を作ろうとしているのではない。ジークが望むことは彼らの解放。正義、大義、論理、柵から彼らを解放する事――そして皆が狂気の全てを出し切る戦争を起こす事。








「そうだ、憎め。そして殺せ。殺してしまえ。




 貧民諸君、虐げて来た連中を殺せ。

 平民諸君、調子づく貧民も偉そうな貴族も全員殺せ。

 貴族諸君、醜い劣等身分共を殺せ。

 学生諸君も殺しにくればいい……全てを壊し尽くせば、全部解決する。

 生き残る為に、復讐の為に、金の為に、名誉の為に、誰かを護る為に、正義の為に、快楽の為に……殺してしまえ。大丈夫だ。これは戦争、誰かを殺しても罪にはならないさ。名誉なことだ。


  いつまで人間を気取るつもりだ?

 いい加減に気づけ、諸君らは誰かが作った論理という鎖で繋がれた家畜だ。

 人間に成れ。自分の敵ぐらい自分で決めろ」




 滅茶苦茶な理論だ。

 だが、立ち上る煙の中、たった一人で大軍を前にして、堂々と語る少年の声に釘付けになってしまう。

 そして、混乱による騒めきが一転して小さくなり、誰もが口を噤んだ。


(今ならあの上官を殺しても――)(あの貧民、俺を殺したがってるんじゃ――)(リカール人を殺したい――)(政治家共をギロチンで――)(今、誰かが私を見た――)(破壊の限りを――)(金、金、金――)(貴族の時代の再来を――)(いっそ誰かが撃ってくれれば――)(戦争、戦争、戦争――)



「何を我慢している、これは戦争だぞ? 一人や百人殺したところでどうってことはない。それとも命令が欲しいか?」


 ガチリ、と弾を装填する音。ガシン、ライフルをコッキングする音。ガタガタ、恐怖で身体を震わす音。


「少佐やめろ! 皆、落ち着くんだ! 我々は一心同体、人を救うために――」「アサド王子、離反者を撃ちますか!?」「もういい! ジーク・アルトを撃――」








「そうか、そうか。命令が欲しいか。リカール大隊、大隊長ジーク・アルト少佐。大隊長の名のもとに命じる――敵を撃て」




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