第18話 行先

「大隊長の名のもとに命じる――敵を撃て」




 ジークを取り囲んだ軍勢は水を打ったように静まりかえった。

 そして、バァンという乾いた音が一発聞こえた。

 誰が撃ったものかなんてわからない。

 だが……一発あれば十分だ。




「敵、敵だッ!」「撃てッ撃てッ!」「殺してやる……!殺してやる!「リカール人に死を!」「う、撃たなきゃ殺される!」「やめろ、落ち着くんだ!」「殺せ!」「ああああああああ!」




 休戦は終わった。


 阿鼻叫喚。地獄絵図。

 王国軍が、同盟国軍が、王子が何がどうなったかすらもわからないほどの混乱ぶり、その中で一人悠々と背中を見せ、歩き去ろうとするジーク。




「っ――あの男を殺せ!」




 数名の正義感と正気が残されている兵士達がジークに銃を向けた。

 この悪魔じみた男を殺せば――が、その勇敢な行動はジークがノールックで放った背中越しの無慈悲な弾丸により阻まれた。

 更に何人かがジークに銃を向けるものの、ジークの部下に、別の軍勢に、市民達になぶり殺しにされる。

 誰が、何の為に戦っているのか最早わからない。

 そうして憎しみは更に増大する。

 歩き去るジークの前に土煙を上げながら装甲車が突っ込んできた。




「ジークくーんっ!」



「おお、エリーか。

 出迎えご苦労。

 ……あれだけ威勢のいいことを言っておいて、自分は速攻で隠れるとは……我ながら大した指揮官だ」


「勇敢な人は戦場で長生きできないよ」


 それもそうだと一笑し、二人きりの装甲車に乗り込むと中の視察窓から外の様子を覗く。

 地獄のような景色が広がっていた。

 死に絶えた王国軍人に何度も乱射する同盟国軍人達。逃げ出そうとする上官を背後から撃つ者。市民達による形振り構わぬ強奪、既に弾切れを起こした銃を捨てたのにもかかわらず、尚も拳で殺し合いを続けるもの……。

 此処に王国の輝かしく、美しい日常を知っているものが居ればこの光景を嘆くことだろう。


「……ジーク君。追放された時のこと覚えてる?」


「ああ、忘れるわけないだろう。しくじって捕まって……はは、あの頃は5流だったな」


「あの時はどうなるかと思ったけど……随分変わったね、二人とも」


  しかし、この二人にとってこの光景こそが懐かしくこころ温まる日常なのだ。

  彼らの居場所は学園には無かった。

 蔑まれることこそが彼らのデフォルト、抗うことなんて選択肢になかった。大切な人なんていない、ただ真黒な日常。

  だから、そこは彼らの日常などでは無かった。戦場が日常。たった一年と半年程度。

 しかし、そこには建前が無かった。彼らはそこで戦友との出会いと別れ、生きることの喜び、抗うことを知った。




「ねぇ、ジーク君。

 この国を滅茶苦茶にして次はどうする気?

差別のない楽園でも作るの? それとも軍人の為の理想国家?」


「まさか、分かってて聞いてるんだろう?

 行きつく先なんてない」




 故に彼らは戦場を望む。

 その過程で誰がどんなに悲劇的な死に方をしようが彼らの知ったことではない。

 世界が望む日常は彼らに対する宣戦布告、これは生存競争、闘争なのだ。




「戦争だよ、何処までも長い長い戦争。

 その先の世界なんて知ったことか。それが嫌なら殺せばいい。

 俺は前線にいる。 あまりにも無意味なことだ、降りるか?」




「……ううん、最高だよ。一緒にいつまでも非生産的なことしよう」


「なら、何時か犬のように野垂れ死ぬまで付いてきてもらおうかな……。

 大隊各員へ、隊長と副隊長で学園校庭に入り込む。援護せよ」


「了解!」



 装甲車から飛び出すと、ジークは逃げ出そうとするジープの燃料タンクを狙撃。エリーは適当な兵士の腹をナイフで切り裂き、臓器が飛び出たのを確認して次の獲物を目指す。彼らは戦争を求め走り出した。



 ◇



 どのぐらい経っただろうか、先ほどまで殺し合っていた人間達は、ある者は正気に戻り、ある者は憎むべきものを殺しに、ある者は更なる殺戮を、ある者は火事場泥棒を……。だが、学園には百人程度の者が残った。老若男女、国籍・身分も様々、そういった連中がジークの前に直立不動で立っている。表情は皆一応に狂気の笑みを浮かべている。



「どうした貴様ら? 自分の意思に従って動け」



「ジーク少佐。 我々は自らの意思で動いているのです。どうか我らを貴方方と共に……捨て駒でも構いません」



「止めとけよ。

 俺は偉大な革命家でも、指導者でもない。 目指す先は花が咲き乱れる楽園でも、大金財宝が眠る迷宮でもない。

 地雷が埋まり、砲弾が落ちてきて、弾丸が頬を抉る場所。 リカール大隊が目指す場所は戦場だ」



「わかっております。 指揮官殿」



「……よろしい、ならばも付いてきてもらおうか。大隊戦友諸君」



 ジークが敬礼すると、彼らも直立不動の敬礼を返してくる。人員が減ったリカール大隊は思いもよらぬ方法で大隊の規模を存続……いや、増強した。だが、これは王国にとって悪夢の始まりに過ぎなかった。


 この男、ジーク・アルトの演説によってもたらせれた混沌。その恐怖は瞬く間に伝染していき、王都から近隣都市、地方、そして王国で起きた大事件たにんごとを内心ほくそ笑んでいた周辺国へと伝染していくことになる。


 尚、王子はこの時点で生き残っている。それにサーシャも。戦争を続けるには敵が必要。だから、ジークは敵を残すために彼らに希望を残した。


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