第19話 獣を狩りに来た猟師

 王都には月が昇っている。戦争の夜は暫く明けそうにない。


「少佐、投降している連中が! 恐らく、王都守備隊の生き残りかと!」


「うん、殺せ」


「はっ!」


「少佐殿、なかなかできる連中がいるようです。あの防衛ラインの張り方……ハイルランド攻防戦の時、共に戦ったタイガー中隊でしょう」


「彼らか。

 それなら、バリケード破壊の為に対戦車ロケット兵を向かわせろ。

 敬意を持って、全身全霊で殺せ」




 ジークは悠々と市街地を歩いていく。

 銃声は鳴りやまない。

 いや、それだけじゃない。

 断末魔、悲鳴、爆発、爆風、怒号、嗤い声……戦場の音だ。軍服を着た兵士が、ラフな姿の青年が、いたいけな少女が、身なりの良い貴族が、銃を乱射している。


 向こうの倒れ掛かった百貨店の屋上で何かが光った。

 と、同時にジークはライフルを構える。


「遅い」


 百貨店の屋上のスナイパーのスコープがジークの頭部を捉え、今まさに放とうとした瞬間、逆に彼の眼球はジークの銃弾によって潰された。


「百貨店の上に……あっ、気づいてたんだ。流石、油断も隙も無いね」


「スコープの反射がな。

 それに悠々と喋ってて殺されただなんて、大隊長の名折れだ。死んでも死に切れん」



 そう悠々と語っていると、フォッグマン大尉が報告に来た。

 エリーはジークに付きっ切りなので実質上彼が大隊の副官だ。


「少佐殿、ご報告が。第7歩兵分隊からの無線が途絶しました」


「ほう、ジョーダンの隊が死んだか。状況は?」


「最期の報告によると下からの攻撃だそうです。我々が壊した下水道でしょう」


「あの半壊した下水道をか。

 やっと、精鋭部隊が出て来たか。……狙いは恐らく俺なんだろう?」


「でしょうな、頭を潰すのは戦争の基本ですから。

 少々、遅すぎますがな。

 で、どういたしましょう?」




 ジークは第七歩兵部隊のことを思い返していた。

 彼ら……というべきか、リカール大隊は選ばれた精鋭だ。戦場の前線で死ななかったということだ。

 そんな彼らが全滅、余程の精鋭なのだろう。


 その時、ジークは足元に響く地鳴りに滾るものを感じた。


「俺をお求めなのだろう?

  なら、俺が出向くしかないだろう。

  俺一人で奴らを全滅出来たら、諸君らも他の任務に集中できる」


「だったら、私も――!」


「いや、俺一人だ。エリーももう少し副官の仕事を学ぶべきだ」




「……はーい。本当は強敵を独り占めしたいだけの癖に……。

 第3突撃分隊、指揮下に入ってー。

 議会を制圧するよー」


「はっ!」


 エリーが他の部下達を連れて、更なる戦場へと走り去ったところでジークは薄く笑ぅた。




(やっぱりエリーには全部お見通しか。

 でも仕方ないじゃないか。これだけ大きな戦争、それに忌々しい故郷だ。

 どうせなら、雑魚も、強敵も、化け物もいろんなものを相手して、いろんな戦争がしたい)



 ジークはへしゃげたマンホールから、得体のしれぬ暗い地下へと飛び込んだ。


 ◇




 薄暗い下水道の中。

 とはいえ、ジーク達の初期攻撃で中は残骸だらけでぐちゃぐちゃ。

 ところどころ穴が開いて地面が見えている。

 そこでジークはライフルを抱えて――血まみれになっていた。瀕死のようにすら見える。

 今も姿の見えぬ敵がばらまくように放ったライフル弾が手を掠める。


(5.65mm弾、王国で試験トライアル中の新型ライフル弾か。――面白い)




 だが、こうして血まみれになっているのもジークの策だ。

 よく見ると傷は全て浅い。

 そう、致命的な部位に当たらないようにしつつも、わざと喰らっているのだ。無論、意味もなくこうやっているわけでも、ジークがマゾヒズム的な趣味があるからでもない。

 この暗闇、敵もジークの存在には気が付いているが、場所までは特定しきれていない。

 だから、居そうなところにライフルを連射している。ジークも彼らと同じく敵の位置を把握しきれていない。互いの位置を先に察知したほうが勝ちなのだ。




 そう、弾丸が掠った程度とはいえ血が噴き出る。その血が噴き出た方向から逆算する。

 そして、暗闇の中の僅かなスコープの煌めき、敵の呼吸、気配を加え、敵の位置を計算する。




(――そこか)




 ジークが暗闇の中に弾丸を放っていくとうめき声と断末魔が聞こえ――やがて、静寂が訪れた。ジークは彼らの亡骸に近づく、死体に数発撃ちこんでトドメとする。



「それなりにいい腕だった……ん?」



 称賛の言葉を投げかけようとしていると、何かの気配を感じた。この地獄のような下水道の中を物怖じせずに歩いてくる二つの足音が。



「お前がジーク・アルト少佐か?」


「ああ。初めまして」


「挨拶は要らないわ。貴方には消えてもらうから」


 その時、彼らの頭上で大きな爆発が上がった。その閃光で、二人の姿を見ることが出来た。

 美男美女の二人組。軍人ではない。カウボーイ風の服には二つの剣が描かれた特徴的なワッペンが。




「冒険者、か」




 冒険者。その職業は遥か大昔に存在したとされる。

 報酬を受け取り、村を荒らす猛獣を退治したり、人々の生活の安定を妨げる盗賊などを撃退したり……今でいう傭兵。

 一つ違うのは冒険者は利益よりも人助けに重きを置くということだ。



「冒険者気取りのマニアは今もいるとは聞いた事はあるが……でも、国の犬になるのを嫌う連中とか聞いていたが?」


「ああ、そうだ。

 だが、暴虐非道の救いようのない思いあがった勘違い一匹狼野郎が出たって聞いたからな」


「おおう、耳が痛い。獣を狩りに来た猟師という訳か」


「過去に何があったか知らないけど……殺し過ぎよ、どんな言い訳しようとも許されるものじゃないわ」


 それを合図に、彼らはリボルバーをホルスターから抜き出す。ジークもライフルを構える。


 彼らは冒険者"カウボーイ"のロンとジュリア。富を求めず、弱きものを救うまさしく正義の味方。優しく勇敢な彼らは罪なき人々を虐殺する畜生退治の為にこうして危険地帯に舞い降りた。




 こうして、地獄の底で正義と悪が衝突する。


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