第20話 シルバー・ブレット
ジークのガーランドから放たれる12.5mmの発射音と、ロンとジュリアのリボルバーの発射音が真っ暗な下水道に木霊する。
鈍い発射音の後に、ジークが身を隠していた鉄板の横に倒れていたドラム缶に大穴が空く。
(狭い室内だったらああいうリボルバーの方が良いのかもな。
……あれ欲しいな)
昔ながらのリボルバー拳銃は、オートマチック拳銃と比べ連射性に劣るが、こうした粉塵舞い散る劣悪な環境下では、昔から使われ改良が続けられてきたリボルバーの信頼性のほうが上回る。
それに彼らも冒険者の肩書の元、長い間戦ってきたのだろう、暗闇の中でもよく動き回り、狙いも正確だ。固い絆で結ばれた彼らは阿吽の呼吸でジークに迫りくる。
だが、ジークも押されているという訳ではない。
リボルバーで巧みな制圧射撃を仕掛け、接近して来る彼らに焦ることなく、じっくりと狙いを定め、遮蔽物を破壊していく。
彼のガーランドは本来、7.62mm弾のライフル弾を仕様する中距離戦向けの銃だ。しかし、ジークの愛銃はそれをカスタムしたもの。弾薬の携行数を減らす代わりに、12.7mm大口径弾を使用。
銃剣、それに銃口部を折りたたみ機構の追加によって閉所での戦闘も可能としたものだ。
正直に言って、どんな兵士でも扱えるような良い銃ではない。ガワだけガーランドで中身は別物……射撃時の反動と言いアンバランス極まりない。
だが、彼は普通の兵士の枠に入ってないので問題ない。
ジークの放った弾が、ロンの額を捉えるも……それはロンを庇う為に押し倒したジュリアの勇敢の行動により、阻まれる。
「……っ! すまない、ありがとうジュリア」
「ええ……気を付けて、あいつとんでもないわよ」
「流石。冒険者を自称するだけあるな。
戦場の兵士とは違った戦い方をする。凄いじゃないか」
ジークは舌打ちするも……その表情は満足げだ。まるで友人とハラハラするドッチボールを楽しんでいるかの様だ。その様子を目のあたりにし、ロンは嫌悪感を覚える。
「人殺しに慣れてやがるな。
……お前、アサド王子を殺めたのか?」
「いや、分からん。少なくとも俺は撃ってない」
「馬鹿ね。
結局あなたは虚無に向かっているだけよ。……あなた自分のやったこと理解している?」
「所詮、戦争を始めただけだろう。
政治家がやっていいのに、俺はやったら駄目だなんて不公平だ。」
「……動機は復讐だろ?
だが、的外れだ。
お前の自分勝手な行動は更なる貧困を招く。そしてお前のような虐げられる貧民をまた生み出す。
お前はお前を虐げていた連中以下のことをしているだけだ。虫けら野郎だ」
「そうよ。
だから次は貴方がそう言った人たちの復讐対象になるの。
……まぁ、今更謝っても許す気はないけどね」
「そうか……!
次は俺が復讐対象に……!
なんてことだ。全員殺さなければ」
「……愚かだな、本当に。
俺達は平和な世界を目指して戦っている。それが綺麗ごとだとしてもな……。
復讐の連鎖は此処で断ち切る」
そう言い放つと同時に、二つの影はまた動き出す。
ジークは満足していた。大義を語る人間は嫌いではない。
だが、少将や王子と言った面々のように言葉だけでは駄目だ。
それに伴う行動をする人間でないと駄目だ。
そしてそれが強い相手なら尚更だ。ジークは久しぶりに年頃の少年らしい笑みを浮かべていた。
嬉しい。
楽しい。
面白い。
殺したい。
「いいぞ。
お前たちの綺麗ごとがどれほどのものか確かめてやる……殺しに来い」
◇
「……うっ!」
「ジュリア!?」
ロンとジュリアは心は熱く、頭は冷静にという戦闘の基本を護りつつも、己の出し切る全てを出し切ってジークを倒そうとしていた。
だが……今の状況は押されている。今もジュリアが膝に掠ってしまった。
今まで自分達は様々な相手を倒してきた。悪名高い悪党一味。盗賊崩れになり果てた王国軍の逸れ兵達。
何時でも彼らは多数の敵と戦い、悪を撃ち滅ぼしてきた。 だが、今回は二人掛かりでも逆に押されている。
瓦礫の向こうからは鼻歌が聞こえる。完全に楽しんでいる。
「大丈夫か、ジュリア?」
「ええ……大丈夫。でもこのままじゃ……」
「馬鹿、俺達は勝つさ。勝たなきゃいけない理由があるからな」
そう、趣味で戦争しているような畜生と違い、彼らには勝たなければならない理由があった。
「内緒にしてたんだけどな。 田舎に白い家を買ったんだ。へへっ……もっとムードがあるときに言いたかったんだけどな。……これからも一緒に来てくれるか?」
「……仕方ないわね、私達のこれからの未来にあの男は要らないわね」
笑って頷くと、ロンは背負ったリュックからある特殊な弾シルバー・ブレットを取り出した。文字通り一撃必殺の弾キリフダを。正直、使いたくはなかった弾。だが、仕方がない。あの男を倒すためには仕方がない。
どこでもいい。当たればいい。それだけで奴は死ぬ。
ジュリアの援護の元、ただ一発を当てる為に全神経を集中し……。
「……もらった」
その銀色の弾丸は確かにジークの右足に当たった。
◇
その数分後、ジークは片膝をついた。たった数分でロンとジュリアの二人は満身創痍まで追い込まれていた。その特殊な弾が効くのが少しでも遅ければ……彼らはやられていたかもしれない。暗闇の向こう片膝をつくジークを確かに確認した後、ネタばらしをした。
「その弾は特注品のシルバー・ブレット。そいつを俺に使わせたのはお前が初めてだ。特注品でね。象すらも一撃で殺せるような猛毒が仕込んである」
「なる、ほどな……」
震えたジークの声。表情は暗くて見えないが、その声色、確かに毒は効いているように聞こえた。
「言い訳は聞かないわ。解毒は不可能。掠ってでもしまえば毒は体に入り込み――」
「弾の中に混入した針は数分もすれば身体中に毒を吐き出す、喰らった人間は地獄のような苦しみを味わいながら死ぬ。そうだろう、冒険者?」
ロンは異変に気付いた。毒が効いてない。
「何かおかしい! ……ジュリア! 隠れろ!」
下水道の上でまたしても爆発が起きた。その煌めきがはっきりとジークの姿を映し出す。確かにジークは片膝をついていた――安定した射撃体制をとる為に。
弾が当たった筈の彼の足には別の弾痕が付いていた。そう、その弾の対処法は……毒が回る前に抉り出してしまえばいいのだ。
「注射は凄く嫌いなんだ。だから、弾ごと撃ち抜かしてもらったぞ」
ジークは震えた声――痛みを我慢するのではなく、笑い声を我慢した震え声でそう告げると、愛銃の引き金を引いた。
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