第7話 状況開始

 ◇


 決闘場。そこで二人が対峙していた。ジークとベルモンドだ。


 これまた豪勢な競技場ではあるが……ここでは射撃演習はできない、それが模擬弾であってもだ。ベルモンドが選んだ決闘方式は銃剣道。銃の先端部に剣を装着し、槍のような戦闘を可能にするアタッチメントだ。


 彼は久しぶりに浴びる歓声に心を躍らせていた。これで名誉が再び自分の手へと戻る。


 ベルモンドは馬鹿ではない、ジークは普通に強いということを認識していた。それでも決闘を推し進めたのは勝てる理由があるからだ。彼は軍高官の息子。適当に声をかければ協力者は集まる。何を協力してもらうかというと、狙撃だ。


 もちろん、実弾ではない。4人掛かり、4方向から訓練用の超小型ゴム弾を3階の観客席から撃ってもらう。


 この群衆に、この歓声だ。発射音は聞こえまい。


(見ていてください、サーシャ様。 私、ベルモンドの男気を!)


 負ける筈なんてなかった。無様に敗北した貧民に手を差し伸べる聖人の振りをして、またこき使うのもいいだろうし、この場でで殺してもよかった。


とにかく、全ての決定権は自分にある。それがベルモンドの考えだった。


「両者、準備はよいか? ――始め!」


 立会人の号令の下、決闘が始まった。


 ベルモンドの渾身の突き……だが、ジークは最小限の動作でそれを回避する。実力で倒せないことに少々苛立ったが、勝てばよかろうなのだ。

 ベルモンドはニヤリと笑う、それが狙撃の合図だ。




 四方向からの音も無い攻撃、避けられるわけがない。

 だが――。


「何あの貧民の動き……気持ちわるっ」

「へっ、ビビってんのかよ」

「ああ、怯えて逃げてきたのが見て取れる」


(馬鹿な――!)


 嘲笑する周囲とは逆に、ベルモンドは驚愕していた。ジークは軽いステップだけで弾丸を全て回避していたのだ。

 ――そして、ベルモンドに向けて嘲笑を浮かべた。

 ウスノロがと言わんばかりに。




(貧民如きが――)


「貴様如きが――私を愚弄するかぁ!」



 最早、冷静にはなれなかった。ベルモンド渾身の一直線の突撃。


 もう、汚い手など用意していない。

 赦せない、自分が誰かにコケにされるのは。

 この貧民を吊り下げてやる、生まれて来たのを後悔させるぐらいに痛めつけてやる、この男の女を奴隷商に売りさばいてやる――!

 死ね、ジーク・アルト――!


 だが、殺意のこもったそれは……失敗に終わった。自分の愛銃は呆気なく遥か高みへと吹き飛ばされ、天井へと突き刺さった。

 何が起こったのかも理解できず――体勢を崩し無様に倒れこむ。


「えっ、負けたの?」


「何分経った? ……たったの30秒!?」


「弱すぎるよ……なにあれ……」


「ベルモンド、お前が特別教育受けて来いよ!」



 祝福の歓声を受ける筈だったのに、聞こえてくるのは罵声。


 恐る恐る、背後を振り返ると、サーシャが侮蔑の表情で拳を握り締めていた。


 「ベルモンド……お前は私に恥をかかせる気か……!」


 「……ほんと、男ってグズばっか!」「ねーっ!」


 「「「「「弱者は不要ッ!!」」」」」



 ――こんな筈は!?

 あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない!




「ジーク・アルト! 貴様、どんな汚い手を使った!?」


「エリー、分隊集結だ。こっちに来い」


「ふふっ……イエス、マイ、ロード」


 ベルモンドは自分を無視して、女を呼び出すジークに更に激高しようとした。

 これでは道化だ。

 敗北させられた上に、女まで見せつけられて――!

 これでは負け犬だ!


「貴様、この私を誰だと思って――」


「……円卓会議の方々がおっしゃった予定より2時間早いが……。

 待ちきれない。状況を開始する」


「へっ……?」


 ジークの雰囲気が変わっていたことにようやく気が付き、間抜けな声を上げるベルモンド。

 ジークとエリーふたりが自身に銃口を向けている光景、それが彼の最後に見た光景だった。


「さようなら、ベルモンド卿。

 この国に弱者は要らない。 ――撃てッ!」


 装甲車程度の防御装甲なら貫くことのできるジークの特殊小銃ガーランドと、屈強な兵士を紙切れのようにズタズタにできる短機関銃《グリースガン が火を噴いた。




 ◇


 生徒たちはがっかりしていた。貧民が無様に負け、泣け叫び、命乞いをするところを見に来たのに……結果は貴族の大敗北だった。

 ベルモンドを滑稽と笑うよりも、敗者側の立場に居たということが何よりも屈辱的だった。

 だから、彼らは部外者を気取った。

 ベルモンドが情けないから負けたのだ。

 貴族は、自分達は負けていない。



「ほんと、ベルモンドってナルシストだと前から思ってたんだよね!」

「そうそう!」

「俺が貴族の意地を見せてやる、次は俺が相手だ!」

「やれ、ぶっ殺せ!」

「……何をやってるのかしら?」


 一人の女生徒が異変に気が付いた。闘技場の真ん中で、貧民の二人が集まっていた。何か言っているがよく聞こえない。


 そして、彼らは銃を倒れこんでいるベルモンドに向け――それを乱射した。


 ◇


 "ふむ、そうですか。毒キノコかどうかの見分けがつかない。では、この男に毒見させるというのはどうでしょう?"


 "それは名案だ、ベルモンド”


 "そうです、射撃の的の横にこの男を立たせるのです。いい射撃の訓練になるでしょう? 貧民ですから、もし、当たっても反省文を書けば終わりです。"


 "えー、反省文書くのやだー"


 ベルモンドはもういない、そこにあるのはミンチ肉だ。

 少年は感激していた。


 今まで理不尽を受け続けてきた。

 だが、この瞬間から理不尽を与える側になる。弱者は不要なのだから。

 周囲はというと意外なことに押し黙っている。

 いや、冷静なのではない、目の前の惨劇が理解できないだけだ。

 戦場を知らない人間が銃声を、断末魔を、人の死を理解するのは難しいか。


 ならば、分からせてやろう。


 同じく歓喜の目をしている少女に命令を下す。


「目標変更だ……やりたいように、自由に撃て」


「……イエスっ! マイっ! ロードっ!」


 少女は恍惚の目で頷き、愛銃である短機関銃を、部外者気取りの当事者達に向け乱射した。


「そんな嘘でしょ!嘘だと言って!」

「うわああああああ!脚が!」

「いやぁ、やめてぇ! お母さん!」

「退け、逃げるんだよ!」

「早く教師を、だれでもいいから助け――!?」

「ああ、あぁぁぁぁあ、あああ!」



「ふふっ……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは! ジーク隊長、ジーク君、これ楽しいよ!」


「ははっ、品がないぞ、エリー。それにまだ始まったばかりだ」



 周りを見渡すと、残りの三人が上手く逃げだしたことに気が付く。無様な敗走も戦争の花だ、それを追いかけるのもそれまた戦争の花だ。

 学園だけではない、それでは足りない、もっと大勢にわからせてやる――。

 ジークは無線を取り出した。




「ジーク・アルトよりリカール大隊へ。

 大隊隊長命令である」


「お待ちしておりました、ジーク大隊長。我らに何なりとご命令を」


「……これより、本隊は攻撃目標を拡大する。

 目標をリカール学園からリカール王国全領域へ。

 全てを燃やし尽くせ。……大隊戦友諸君、状況を開始せよ」




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