第8話 戦争のやり方
「やめて、謝るから! パパにお願いして、あなたのお母さん処刑したの謝るから!」
「ジーク君、お目当ての方々が逃げちゃったけど?」
エリーが、泣き叫んでいる女性の前髪をばっさりと切りながらそう尋ねて来る。
既に彼女の周りは血だまりだ。
「良いじゃないか。
まだ始まったばかりだ。
とんとん拍子で進む戦争なんてないさ。
あの三人に逃げられたわけじゃない。我々の攻略目標はこの国だ。
此処から逃げられるか、殺しきれるか、それとも逆に殺しきられるか……一方的な戦争なんてつまらん」
「やめて! 殺さないで! パパが悪いの! 殺してとまでは言ってな――!」
「もう、ジーク君ったら野蛮なんだから」
エリーは笑みを浮かべながら―余程の恨みがあったのか、髪を切り裂き終わると、命乞いをしているその女生徒に向かって銃を乱射した。
「……お前に言われたくないな。だが、良い殺しぶりだ。……来たか」
倒れこむ警備員と共に、闘技場の扉が乱暴に開かれ、ガラの悪い男たちがやって来た。返り血を浴びている、誰かしらを殺してきたようだ。
「おお、少佐ぁ、それに嬢ちゃんも!派手にやったな!」
「お前たちもな……。
第四分隊、よくやった。時間通りだ。この学園を前線基地とする」
「はいはい、全くなんで俺達がこんな暇な任務に……何処に行くんだ?」
「戦争をしにだよ……エリー、そろそろ、無抵抗相手にも飽きて来ただろう。戦争の時間だ」
「イエス、マイ、ロード!」
死体蹴りを止め、おどけた様子で、かわいらしく敬礼を見せて来る彼女――この狂いきった眼、やはりエリーは良い。ジークは満足げに頷くのであった。
「全く、俺がくじ引きで負けてなかったらなぁ、こんなクソみたいな任務。まぁいいや。ゆっくりぶち殺しておいでー!」
◇
ところ変わって、学園から離れた市街地。子供達が誰かに石を投げ嗤い合い、主婦たちが旦那の陰口を言い、老人たちが若者への文句話で盛り上がり、道行く紳士達が何処かの遠くの国を口汚く罵っている、そんな平穏な日常が広がっていた。
そこに王国が誇る先鋭、王都守備隊の面々が密かに待機していた。
目立つ真似は出来ない、あくまで学園が襲われるという悲劇はあったが、王都守備隊の迅速な措置により、悪党共は滅びた。 国民よ、王都守備隊に続け!……というシナリオなので、事前にわらわらと待機していたら、あまりにも不自然。
マッチポンプが疑われてしまう。
だが、ぬかりは無い筈だ。地上に2割程度、そして下水道内に8割程度の人員を待機させていた。これだけで大隊の人数の約3倍。事が大きくなれば、更に増援を呼ぶことだってできる。
もっと言えば、王都は彼らの庭。地の利はこちらにある。敗北はあり得ない。
「……しかし、お偉いさん方もとんでもないことを考えますわね」
「仕方ないだろう、反戦派の馬鹿どもを黙らせるには丁度いい、そして我々が名を上げるのにも、丁度いい。
思いあがった餓鬼共が死ぬだけだ」
「ふふっ、恐ろしい人……」
二人乗りのジープ。彼は王都守備隊の隊長、そしてその横の美女が彼の愛人であり、副官。彼らにあまり罪悪感は無いようだ。ちなみにうしろに3台停まっているトラックは民間のものに見えるが、偽装された一個中隊だ。
無警戒で語らいに花を咲かせているように見えるが、油断ではなく余裕だ。ジークらの作戦開始時刻まで1時間半、あの少年が怒りに任せて虐殺しているのを、頃合いを見て後ろから撃てばいいのだ。
もう一度言う、抜かりはない。
「まぁ、見ておけ。今に私が昇進したら、お前も……あれは?」
運転席から、此方に一直線に鼻歌を歌いながら、楽し気に歩いてくる可憐な少女が見えた。守備隊長は見覚えがあった。それは円卓会議室で……確か、誰だったか……。
「――あれは、ジーク・アルトの副官、エリー・トスト!」
「何、奴がここにいる筈がない! 全軍聞こえるか、問題が発生し――!」
守備隊長の判断は正しかった。すぐに拳銃を取り出すと同時に、全部隊への緊急無線。
惜しかった点を挙げるとすれば、エリーの顔をしっかり認識していなかった為に、事態の把握が遅れたこと。そして……異常事態に気を取られ、周りが見えていなかったこと。
それは致命傷だった。横の路地から来る張本人に一切気づけていなかったのだから。
突然、運転席のドアが開けられる。
「 ジーク・アルト――!?」
「初めまして、王都守備隊長殿。――さようなら」
守備隊長の出世の夢は、数発の銃弾によって絶たれた。
そして、ジークとエリーは後方のトラックにも容赦することは無かった。
◇
「……定時報告、異常無し。作戦開始時刻まで90分。隊長からの返答がない、無線をチェックしたい、第四分隊、どうぞ」
「こちら第四小隊! 下水道が吹き飛んだ! 下にいた連中はもう駄目だ!
指示を!……隊長、指示を!ああああああああ!」
「何? もう一度……。
おい、聞こえないのか!?」
「現在、複数名と交戦中!どうなっているんだ、奴らの本隊は学園にいるんじゃないのか!?」
「畜生、読まれてたんだ! 俺達が読んでいる側だったのに!」
「爆発!?今のはシミズ噴水近くの弾薬庫じゃないか!?」
「応援を要請だ! 緊急事態発生!
もう当初の作戦どおりにやるのは無理だ!」
ジークは空を見上げる、いや、見上げなくても何が起こっているのかは爆風で感じられる。戦友達が役割を果たしているのだ。
自分の指示で戦争を進められる、何たる快感だろう。
視界を下へと戻す。地面に倒れこむ王都守備隊の面々、瀕死の金髪の女が逃げようと藻掻いていた。
「ひっ、やめろ……! 私はビアンカ・トーネード。トーネード家は名だたる名門として、リカール王国の名のもとに保護されている。私を殺せば――!」
バン、バンと二発。ため息をつくと、彼は無線を取り出した。
「大隊戦友諸君、嘆かわしいことに我らが同胞王都守備隊は戦争のやり方を忘れてしまったようだ。
……その身を以てわからせてやれ」
「了解、状況、教導!」
この二人は弱い者いじめも好きだが、もっと好きなのは殺し、殺され合う戦争だ。
「さてと、行こうか、エリー。
いや、大隊副指揮官殿、戦争の手本を見せに行こうか」
「イエスっ、サーっ!」
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