第13話 教導


 リカール学園は実質上の士官学校だ。

 しかし、学園内部は学校というより、美術館のようなものだ。

 モニュメントが置いてあったり、クラブルームが在ったり……これが由緒正しき、リカール学園の実態だ。


 だが、その複雑な間取りは迎え撃つには最適だ。


 サーシャは生徒達を実習のパーティごとに分け、様々な室内へと配置した。

 あえて廊下などに陣取らず、ジーク達が困惑しながら、無防備にドアを開けた瞬間にハチの巣にするという寸法だ。


 尚、御本人は双子の要請もあり、学園の地下にある倉庫から指揮を執っている。

 要するに安全なところにいるということだ。


「落ち着けよ、これだけ居るんだ。返り討ちに出来る筈だ」


「ああ、俺たちなら出来る……!」


 四人組の幼馴染の男女。

 彼らは運が悪い。ジーク達が入ってきたところの最も近いところで迎撃の用意をしていた。


 瞬きすらできない緊迫の時間が永遠に続くかと思われた……。

 が、その時、内開きのドアが開いた。


「撃てッ!撃てぇぇぇぇぇ!」「劣等生が!」「死になさいッ!」




 気合十分、殺意十分。

 彼らは怒号と共に、ドアの開いた先も確認せずに、何百発もの銃弾を連射する。

 自らの発火炎マズルフラッシュでドアの先は何も見えないが、とにかく乱射。

 一通り打ち尽くし、銃身と彼らの頭が冷えた時、誰かが呟いた。


「……死んだのか? ここからよく見えないが……」


「ドアを開けた瞬間にあれだけ撃ったんだ。無傷のはずがない。その辺に倒れているはずだ」


「……皆で確かめに行きましょう」


 そろり、そろりと。

 しかし、無意識に不用心に固まって外の様子を確かめようとしていた彼らは、足元がおろそかだった。



 カチリ、先頭の一人が何かを踏んだ。


 大爆発。


「地雷っていうのはな、防衛側だけが使う物じゃないんだ」


「ジーク君、死体さんに教導しても意味無いよ」


 教育、いや教導の時間だ。

 彼らの待ち伏せという案は悪くなかった。


 だが、押し戸の扉なら触れなくても、何かを投げつければ開けることは出来る。

 それに、大前提として防衛側でそこの間取りを知り尽くしているとしても、自分たちが認識できる場所以外は全て危険地帯なのだ。

 ここは戦場なのだから。


 痙攣している屍のなり損ないに拳銃を放ち、ふと視線を上げる。

 謎の石像に謎の絵画。


「……この部屋はなんだったっけ?」


「第8美術鑑賞室、憩いの場。前線にもこういうのがほしかったね」


「要らないだろ……まぁ、今日は利用させてもらうが」


 <リカール・ドラゴン、どうした、応答を!>



「死んだよ。……やっぱり、この第4美術鑑賞室は心が落ち着くよ」



 ◇




 地下倉庫。

 生徒たちはそこに仮の通信基地を設置していた。

 学園と言えど、王国が誇る学園。

 そこの備品は、軍の前線基地並みの能力を持っていた。

 だが、それを操作するオペレーターは……殆ど素人だった。



「舐めやがって! 自分の場所を自白しやがった!」

「第4だ!第4に皆を向かわせろ!」

「わかった、今から向かう!」

「待って!リカール・ドラゴンは第8じゃ……?」

「いや、そこはリカール・ワイバーンじゃなかったか?」

「違う、ドラゴンナイツだ!」




 パーティをそのまま分隊にするというのは悪くなかった。

 だが、所詮は学生の考えたパーティ名、皆もが勇ましくて、かっこいい名前を付けた。

 国名をつけたり、ドラゴンをつけたり……せめてパーティごとに番号をふるべきだった。


「えっ、こちらリカール・シャーク、第4美術鑑賞室異常無――」

「手榴弾を投げ込むぞ!」

「撃てッ撃てッ!」

「反対側の扉にもいるぞ!」

「待てっ!撃つな!」


 サーシャは致命的なすれ違いに気づき、無線に向かって叫んだが、時すでに遅し。


 その擦れ違いは悲劇的な誤射を生み出した。

 皆が持ち場を離れて第4美術観賞室に殺到、その中にグレネードを投げ込んだばかりか、反対側から入って来た味方同士で殺し合う始末。

 ……もう少し冷静さがあれば、こんなことにはならなかったと思うが、そんな余裕は彼らには無かった。


 そもそも、部屋の名前がうっとうしすぎる。



 そのやりとりを無線で聴き、ジークはほくそ笑む。



「部隊の把握が出来てないのなら高度な作戦は展開しない。

 重要拠点には事前に名称コールサインを決めておく。

 四方からの突入は奇襲性は高いが、かなりのリスクを伴う。

 そうだよね、ジーク君?」


 ジークは副官の完璧な答えに満足げに頷くと、唐突にライフルを構えた。

 スコープ越しに狙うのは、窓越しに見える隣の校舎の豪華なシャンデリアの吊り下げ具。




「うわっ、なんだ!?」

「シャンデリアが落ちてきた!」

「奴らは東校舎にいるぞ!」




 そしてまたもや同士討ち。

 こうなってしまうともうどうしようもない。

 もう視認できる人間すべてが敵にしか見えない。

 ジーク達は一つの地雷と数発の弾丸で、学園の防衛網を壊滅まで追い込んだ。

 弾を使わずに、敵に最大のダメージ、それが彼らの戦い方だ。


「流石だね、ジーク君。あんな遠くのシャンデリアの細い糸を撃ち抜くなんて」


「当然だ、仮にも大隊長だぞ。

 ……さて、褒めてばかりでも仕方ないだろう。次は副隊長殿の出番だ。

 見せてもらおうか」




 駆け寄ってくる複数の足音。

 エリーは背中から二本のマチェットナイフを取り出す。

 かわいらしい笑み――だが、その眼は緋色に染まっている。




「東校舎って言ってたよな!?」

「ああ、急ごう!」

「……あれは、人影――!?」




「こんにちはー! ……さようなら」



 十数秒後には廊下は血の海と化していた。

 彼女はジークの女だからと言う理由で、副官という立場に抜擢されているとよく勘違いされる。

 しかし、彼女は名実ともにリカール大隊の副官なのだ。


 皮肉なものだ。彼も彼女も皆に受け入れられようと必死に努力してきたのだ。

 射撃、近接戦、警戒、索敵、料理、雑用……今の彼らの戦闘能力は学園時代の努力が無ければあり得なかった。


 それに喰われるのだから、皮肉なものだ。


「幾ら私が可愛いからって見とれちゃダメだよ」


「死体に教導しても意味ないぞ。

 そろそろ殺しに回るか……恐らく、本命は地下だな」


「そうだね……ジーク君を傷つけたんだもん。ただでは終わらせないよ」


「なんだって?」


「ううん、なんでもない」




 ◇


星が50を超え、日間ジャンル別88位になりました。

また、レビューも大変感動しました。

有難うございます。



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