第12話 悪役の勝ちで終わる物語なんてありえない

三名の方、星を入れて下さりありがとうございました。




「なんだよ、あれ……! なんなんだよ!?」

「お家に帰してよぉ、嫌だよぉ!」

「助けは来ないのか!?」


 広い学園の多目的倉庫の中で、哀れな子供達は恐怖におびえていた。外の様子もわからない。

 だが、出ようとすれば撃ち殺される。


 今日、王立リカール学園では前代未聞なことが多発していた。特別教育として前線へと飛ばされた劣等生が帰って来た。

 そしてその劣等生に決闘を挑んだ貴族が返り討ちに、更には劣等生が銃を乱射……追放された劣等生が帰ってくるなんてありえないし、貴族が庶民に負ける筈がない。ましてや、自分たちが死の淵に追いやられているなんて……あってはならないのだ。


 降りかかってきた理不尽を嘆く彼ら。だが、彼女だけは違った。


「……あの男を倒そう」


 立ち上がるその姿はまるで芍薬。

 サーシャ・ブライアントは立ち上がった。


「倒そうって……まさか、あの劣等生を!?」

「無茶ですよ、サーシャ様!」

「助けを待った方が……!」




「甘えるな!

  ……確かに先程は少しばかり不覚を取った。だが、それは奴らが汚い手を使ったからだ。

 それに……奴らはあんな汚い手を使った、にも、関わらず私達はこんなにも生きているじゃないか」




 薄暗い倉庫の中、彼女は両手を広げ、力強くそう言い放った。

 皆はそれをまるで祈るかのように見つめている。


(そうだ、その目だ……!

 私はサーシャ・ブライアント、リカールの騎士だ!

 私の元へと集え、戦友!)


 彼女は負けたとは思っていない。いや、この状況はチャンスだとすら思っている。

 堕ちた名誉の回復、なによりも自らが切り捨てた劣等生になされるがままというのは彼女のプライドが許さない。



「迎え撃つ。私達はリカールの騎士だ。

 あんな汚い真似をするものは……弱者は不要だ。

 我々が粛正する。共に協力すればあんな蛮族、きっと倒せる!」


 可憐な少女による力強い演説。それは皆の愛国心を呼び覚ました。


「そうだ! 助けを待たなくたっていい! 俺達は戦士だ!」

「そうね、おかしくなってたわ……」

「この学園にも武器はある! 僕たちも武器を持てば、あんな奴ら!」

「あの売春婦の娘、何もかも終わったら、王都の中心でギロチンにかけてやるわ!」

「俺はショットガンを持ってくる!」「じゃあ、僕は盾になりそうなものを!」


「そうだ。その調子だ! 私、サーシャ・ブライアントは宣言する! 我らに正義あり、我らが悪を断罪する!」


 喝采。


 この異様な雰囲気。彼らはなんだか勝てそうな気がしてきた。

 彼らは脳裏に物語を描いていた。

 燃え盛る王都、怯える人々……そこに自分達が舞い降り、迫り来る悪党を倒し、喝さいを浴びるのだ。

 そして、彼らは若き英雄として歴史に刻まれる。


 しかしながら、これは物語ではない。

 歴史の教科書を見ればわかる。

 "A国がB国を倒した"

 戦争での正義や悪というものは、後の世の中にとってはあまり重要なことではない。


 なにより、正しいから戦争に勝つなんてことはない。


 ◇


 学園を前線基地とする為に派遣されていた分隊は、タバコをふかしながら学園本館へと続く階段の周りでたむろしていた。その周りには兵士、警官の死体が。


「前線基地にするって話だったよな?

 学生寮とか、その辺の使えそうなところは制圧しておいたぞ

 にしても本当にでけぇなこの学校。学園都市って奴か?」


「まぁ、そんなところだ。

 大量の税金を投入した、俺達と同じ税金の無駄使いってところだろう。

 とにかく、よくやってくれた……生徒たちは?」




「馬鹿野郎、いたいけな子供に手が出せるかよ……なんてな。

 あれはあんたらの獲物だ、手は出してねぇよ。

 学校の校舎に立てこもってるよ。

 あいつら意外と勇敢だな、あんたらを迎え撃つ気みたいだ。

 うっかり狩られるなよ」


「……それはどうも。 全力でやらなきゃな」




 そう言って笑うと、ジークは倒れている屍から拳銃を二丁拾い上げた。狭い室内戦で短い拳銃は有効だ。

 休みたいものは休めと言い、ジークとエリーは綽綽と準備を始める。

 が、ベテラン兵士フォッグマン大尉に呼び止められる。




「お待ちください、少佐殿。……我々には足りないのです」


「弾薬がもう足らなくなったのか。いや、そんな筈……」


「違います。殺し足りないのです」




 不敵な笑みを浮かべる彼の部下達。

 ジークもしょうがない奴らだと笑い、好きに殺してこいと命令する。

 彼の大隊は非正規戦のプロフェッショナル。補給も、食料も寄こされなかった彼らは普通では無いやり方で戦うしかなかった。

 今回は虐殺の為に、いつもより弾を使ったがまだまだ余裕はある。もしなくなったとしても戦争を辞める気はないが。




 王都守備隊の兵装も豪華であったのでありがたく頂戴している。敵の武器を奪いながら、最低限度の弾で殺す。

 皮肉なことに、そういう戦い方を身に付けさせたのは他でもない王国だ。

 ……とはいえ、彼らの部隊も無敵ではない。

 この時点で少ないながらも死人は出ている。

 だが、彼らは理解している。殺して、殺されるのが戦争だと。


 二人で再度、学園の中へと。


 正門付近はもぬけの殻だった。あるのは、最初に二人が殺めた死体ぐらい。それを眺めていたエリーがつぶやく。


「この人達にも家族がいるんだよね……」


「ああ、そうだな」


「残された家族はどう思うんだろう。やっぱり私達がやってることって……」


「最低だな」




 そう、エリーは後悔している……。












 そんな訳がない。沈んでいた表情が一気に輝く。両手を広げ、今にもジークに抱き着かんとばかりな様子でこんなことを言い出した。


「そうだよ! 私達は最低だよ! 最低種、二人は最低種なんだよ! 世界中の皆が私達に震えるんだよ、貶すんだよ! でも、私達は殺し続けるの! 誰よりも多く! 誰よりも上手く!


 ……ねっ、何処までも堕ちよう。そこで私達は二人っきりになろう! 二人きりに! 」


「……ああ、そうだな」


 エリー・トストの思考は異常であり、変態的であり、予測不可能だ。


 笑い飛ばせるようなレベルのものではない。正直、ジークにしたって彼女の思考の全ては理解できない。自分に好意を抱いてくれているんだな程度。それ以上のことは女心は複雑なものだなと、深く考えないようにしている。

 完全に理解してしまったらまずい気すらする。


 異常思考者同士お似合いであるのは確かだ。


 その後、幾つかの雑談をした後、何の変哲もない廊下で二人は何かを感じ取ったように同時に立ち止まる。そして、銃の弾倉マガジンを確認する。



「始めようか、エリー。最低種になってしまおう」




「うんっ!」


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