第30話 十万人


<リカール川に死体が浮かんでる。数百人ぐらいが浮いてる>


<正教会に地下室がありやがった、中にウジャウジャと居た……全部焼き払った、千人ぐらいだ>


<サンズ橋崩落、隣国に亡命を図っていた避難民も共に堕ちました。その数、二千!>


<避難船艦隊を轟沈せしめた! これは凄い、一万は死んだ!>


 無線を聞きながら、ジークは脳内に外の世界を思い浮かべる。興奮を抑えきれない口調で無線に問いかける。


「は、はは……フォッグマン大尉、どのぐらいだ? 任務の達成具合は?

  我々の戦争で……リカール人はどのぐらい死んだ?」


「はっ、兵士達の報告を合算すると、少なく見積もっても十万人程かと」


「ッ…ハハハ、ヘヘ、ハハハ……エリー、10万人だぞ。俺達は10万人の敵を殺したんだ」


「それだけじゃないよ。自殺者も増えるだろうし……それで、あと何人殺すの?」


「何人でもだ。増えるだけ、何人でも……」


 まだ殺せる、そう自分に言い聞かすように彼は弾倉の中身を確認し、駆け出した。


 全ての敵を打ち倒すために。


 ◇


「……お、王子様、お待ちください!」


 避難民達の中で、老いた者や女子供が遅れだした。

 過酷な道のりだ、健康的な男子ならともかく、これ以上を求めるのは酷と言うものだろう。

 だが、アサドにはそれに構っている余裕がない。

 励ましどころか、待つ素振りも見せずに、顔を真っ青にしながら突き進む。


「……やはり。これしか……。

 サーシャ、君と彼とは因縁があるようだ。

 君が謝罪すれば、彼は止まると思うか?」


「殿下……!?

 まさか、次は私を囮に――!?」


「次は囮……!?

 私がそんなことを命じたというのか、君は!?

 何を言うんだ、私はそんなことを命じていない!

 あれは囮じゃない! 必要な犠牲だったんだ、本当に必要だっ――!」


「わかりました、わかりました!

 ですが、止まるわけがありません! ……あれを止められる人間なんて……」


「……すまない」




 王子の脳内の建国の夢は消え失せかけており、何をすれば助かるのかに考えがシフトしていた。

 が、取引にも応じない相手を、幾多の兵が立ち向かっても勝てない相手にどうすればいいのかがわからない。


(――こんなの理不尽だ!)


 拳を壁にぶつけようとした時、先ほど置いてけぼりにした後方から叫び声が上がった。


「ああぁ……奴だ! 少佐が来た!」 「助けて、殺されてしまう!」




 王子の耳にも確かに軍靴の音が聞こえた。


 振り返ると、憔悴しきって、それでもなんとか魔の手から逃げようとしている避難民達の後ろに、確かに黒い二つの影が見えた。


 それと同時に、工事中の薄暗い天井とそれを支えるつっかえ棒も。


 王子は天敵に勝つ方法を閃いた。


「あのつっかえ棒を撃てっ!」


「ですが! それだと避難民達も!」


「いいからやるんだ、やらないというのなら……!」


「……私もやります!」


 王子は自ら護身用の拳銃を放った。 一拍おいてサーシャ、更に残された兵士達も発砲した。


 ジーク・アルトに勝つ方法……それは彼と同じく非情に徹する事。


 頼りないつっかえ棒は、銃弾に耐えられる筈もなく、支えていた仮設の天井ごと崩落。

 当然、下に居た避難民達もそれに押しつぶされる。


「ぐぎぃ……な、なんで……?」「重い、助…け…!」「子供がいるの…お願い」




「撃て、撃つんだ! この下に少佐がいるんだ! 容赦するな、撃て!」

「う、うわああああああああああ!」

「すまない。赦せ!」「全弾撃て、撃て、撃て!」「死ね、少佐!」




 乱射。


 アサド王子は自身に、彼が目指す理想国家についてきてくれた国民達を瓦礫ごと容赦なく撃った。


 死にたくはない。

 生き残る為なら、仕方がない。

 少佐が全部悪い、そう言い訳しながら。




 何百発撃っただろうか。

 硝煙が収まり、静寂に包まれ、ようやく王子達は冷静になる。

 目の前に広がる光景は血みどろの瓦礫。その下には彼について来た国民達、そして――。


「少佐は?……やったのか?」


「やった、やったぞ!」 「ついに、奴は死んだぞ!」「万歳、万歳! リカール万歳!」


「殿下……我々の勝利です!」




 サーシャは久しぶりの笑顔を見せた。


 やっと解放されたからだ。憂鬱になれ果てていた学園生活からも、その元凶であり、自分に理不尽な八つ当たり紛いにしつこく追いかけて来るあの貧民からも。


「ああ……。そうだ、犠牲は大きかった。

 何人もの尊い命がたった一人の悪魔によって奪われた……。

 でも、我々は勝ったんだ。

 あの男を――あの男を倒したんだ!」




 王子が拳を突き上げると、残されたもの達も喝さいを上げながら、拳を突き上げた。

 そして、乾いた笑いすらもこぼれ始めた。

 彼らは自分達が自国民を撃ったという事実を、正義の勝利の栄光で上書きした。






 だが、それは間違いだ。

 勝利に余韻に漬かるにはあまりにも早すぎた。


 瓦礫の下から小さな、小さな声がした。


「……私はね、売春婦の娘って言われるのが好き。

  前髪を切られるのが好き。

 階段から突き飛ばされるのが好き。

 何時まで経っても前線に約束の食料が来ないのが好き。

 自軍からの砲撃に殺されかけるのが好き」



「この声は……エリー・トスト!?

  あの男の副官だ! まさか、あの瓦礫に挟まれたというのに生きているのか!? う、撃て!」


「た、弾はもうない! ……落ち着け、小娘一人だ! 何人かで袋叩きにすれば……!」




「そうやって、皆で寄ってたかって虐められるのが好き、存在を、お母さんを否定されるのが好き――それを全部ひっくり返す戦争が――大好き」


 瓦礫の、積み重なった死体の山の下から、地獄の底から這い出て来た、銀髪を血で濡らした少女の表情は――やはり、笑みを浮かべていた。


 ある一点を見つめて。




「ねぇ、ジーク君?」




「そうだよ。そうでなくては。そういう戦争をする為に此処にいるんだ」


「な――!?」


 まるで視界のないような暗闇の中から、瓦礫の下に埋もれていたはずのジークが現れ、陸上の三段跳びのように、数名の兵士を首をガラス細工なようなもので切りつけ、エリーの隣へと流れるように飛び去った。


「……そんな、生きている……?」


「ええ、ご覧の通り、サーシャ・ブライアント様。

 貴女方は護るべき国民を撃っただけという訳だ、愛国者の紳士淑女」


「あの時は……悪かった!

 でも、だって……貧民は虐げられるものだっていうのは、それは常識で……!

 私だけじゃなかった! 私より他の生徒の方が酷かった!

 私だって父が居て……大変だったんだ!

 それに……殺されなければいけないほど罪なことなのか!?

 たかが、ちょっとした悪戯じゃないか!」


「たかが、戦争じゃないか。

 戦争なんてあっちこっちで起きている。

 気にするな、それに偶然巻き込まれただけだ」


「……見たところ、君達も弾切れを起こしているようだ。

 ジーク少佐、聞いてくれ。

 私はリカール共和国を建国するつもりだ、平和で差別も無い。本当だ。


 君のような悲劇を起さないということを誓うよ、だから……!」



「違うよ、私もジーク君もそんなこと求めてないよ」


「じゃあ、何を求めているんだ!?

 弾薬が無いというのに、原始人の様な殴り合いでもする気か、自分が死ぬかもしれないというのに!

 何人も殺して、国を滅ぼして――あと何人殺す気だ!? 

 その先に何があるというんだ!?」



 ジークと、エリーは二人とも血みどろになり、今までにない程の狂気の笑みを浮かべながら、地面に突き刺さった無骨なパイプを引き抜いた。



「その先……戦争だよ。

 戦争だ。

 果てのない戦争を求める。



 我々はリカールの大隊だぞ。

 あなた方国民の為に何人殺してきたと思っているんだ?

 今から、何人殺すと思っているんだ?


 差別も、否定も、暴言も、暴行も、殺害も、全てが許されて、全てをひっくり返すことのできる、俺達の存在が保障される唯一の場所である戦争こそが俺達の居場所だ。


 来い、これは戦争だ。

 お前達が俺達を否定し、戦場へと追いやった、あの瞬間から戦争は始まっている。

 生存競争だ。


 存在を否定したんだ、否定される覚悟はできているな?」




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