第29話 殺せ! 死ね! 同志戦友諸君!

 浅い狂気の夢の中で、暴力非道の限り美していた人々は、あたりを埋め尽くす迫撃砲の爆音、そして迫りくる軍靴の音によって夢から叩き起こされる。


 打倒政府、打倒身分制度と立ち上がり、殺生と破壊の限りをし尽くした彼らは、自分の元へと迫ってくる理不尽な死を受け入れることが出来なかった。


 彼らは助けを求め、武器を地面へと投げ捨て、頭を地面へとこすりつけた。


「……た、助けてください、王子様」


「極右翼反政府派……!

 貴様ら、一体どういう面をしてそんなふざけたことが言えるんだ!?」


「いや、今は止せ!

 ……もう何かに構っている暇はない! あの男を倒さなければ、打倒も存続も無い!

 ……あの男を止めるしかない!

  生き残りたいなら、皆、団結するんだ!本当に死んでしまう、死んでしまっては何もない!」


 人間というものは簡単には絶望しない、いや出来ない。

 存外にしぶといのだ、もう駄目だと口にしつつも、少しの希望が見つかればそれに飛びつく。


「……はっ」「イエス、ユア、ハイネス」「ですが……何か策はあるのですか!? 武器ももう……」


「君たちは知らないだろうが……この都市の地下には王国が建設しようとしていた地下闘技場コロシアムがある。一部の趣味の悪い貴族が貧民たちを戦わせて、楽しむだけに造られようとしたものだ……結局、作られている間に世論が身分制度打破に動いたから、完成まではいかなかったんだけどね。


 中は広いし、頑丈、それに手つかずの資材もある、上手く使えるかもしれない。ここなら、少佐達を上手く撒けるかもしれない

 急ごう!」


 一度崩壊した集団をまとめるには、再度敵を作ればいい。

 強ければ強い方が良い、ちょうど、リカール人の最天敵がいるのだから。

 一致団結した彼らは闘技場の中へと入り、防衛陣地を築く。

 地下で頑丈とはいえ、上から聞こえる迫撃砲の音が彼らを安心させることはない。


「皆、位置につくんだ! 君たちは入って来た道をバリケードで塞いでくれ!」


「王子様、兄にガラス片が突き刺さって……どうか、お助けを!」


「わかった、医師の者はいるか?」「ここに! ……待ってろ、今助けてやる!」「屋内に運べ!」


「誰か手を貸してくれ、土嚢を積むんだ!」「了解した!」「貴様ら……地方派遣分隊か? 恩に着る」


「……殿下。これだけの人が、身分も違う、考えも違う人々が一つに……」


「ああ、サーシャ。分かってくれたか?

 これが団結の力だ。

 少佐達は強い。

 だが、彼らにはこれが無い、我々にはこれがある。……これに賭けよう」


「……私は焦っていたのかもしれません。父の目、それに周りの目を気にしているばかりで……」


「考えを改めるのに、遅すぎるということは無いさ……。


 皆、死ぬな!

  知恵を合わせ、生き残るために闘うんだ、死んではならない!

  我々は希望を捨ててはいない! これこそ、皆が求めていた団結だ! これこそ理想国家、リカール共和国――!」



 人々が熱狂して、拳を突き上げようとしたその時――ぽんっという間抜けな音があたりに響いた。


 そして、その直後に爆発音が聞こえた。


「あぁっ!脚が!」 「何が起きた、何にも見えない!」「誰か、衛生兵!」


 人が垂直に3mほど吹き飛び、僅かな光を放っていた照明は撃ち落とされ、天井の僅かな隙間から漏れ出す明かりのみとなり、あたりは夜の様に真っ暗になった。


 不気味だ。理不尽だ。彼らの恐怖を嘲笑うかのような畜生共の声が聞こえる。


「ふふふ…くっ…ははははは!

  エリー、演説のど真ん中にグレネードランチャーを撃ち込む奴がいるか?」


「だって……面白そうだったし……。こんな戦場のど真ん中で演説するのが悪いんだよ」


「仕方ないだろう、彼らは綺麗ごとを並べなきゃ戦争が出来ないんだから」




「ああぁ……ああ……撃たなきゃ殺される……撃たなきゃ……撃て!」


 一人の兵士がライフルを乱射する。それはすぐさま伝染し、あたりの兵も一緒になって、手あたり次第に乱射する。

 が、敵の位置・数も把握せずに乱射。しかも彼らはついさっき、あったばかりの仮初の同盟、極めつけは恐怖に駆られての行動。


「こっちにもいるぞ!」 「何人いるんだ!? 撃て、うてぇ!」 「助けてくれ!」


 彼らの弾丸は一発たりともジークに届くことはなかった。それどころか誤射が相次ぎ、見る見るうちに数が減っていく。


 何故、何もかも打ち砕かれるのか。

 木から落とされた芋虫の様に這いつくばり、王子は絶望した。

 そして、捨てた筈の暗い面が現れた。

 彼は最初から行動を共にしている人々に、周りには聞こえぬように考えを伝えた。


「……皆、彼らが戦っている間に逃げよう。……向こうに行けば地上に出られる。そうすれば、王国から出られる筈――」


「王子、皆をおいて行くつもりですか!? それどころか囮に……」


「仕方ない犠牲なんだ……! ものごとには犠牲が付き物だ! ……私は行く。臆病者だろうが何だろうが、それが私の責務だ!……サーシャ、付いてきてくれるね?」


「……は、はいっ!」


 暗闇の中、彼らは顔を見合わせ……結局は頷いた。

 そして、混乱の最中、先ほど団結したはずの彼らを囮にし、ひっそりと暗闇の向こうへと敗走を始めた。


「みんなどこに行った!? 助けてくれ! 誰かぁ――!?」


 置き去りにされ、弾も切らしてしまった哀れな人々は必死に来ない助けを求める。

 が、彼らに人間の言葉等通じない。


「こ、降参だ!

 俺達も王子に見捨てられたんだ! 助けてくれ!」


「敗北主義者だ。殺せ」


「俺はあんたと同じ孤児なんだ! 貴族から石を投げられたり、貶されたり……あんたならわかるだろう!? あれは寒い冬の事――」


「わからん、いきなり言われても知らん。

 話が長い。殺せ」


 泣き叫ぶ哀れな兵士達をゆっくりと血祭りにあげていくジーク達。

 一応、ネタ晴らしをしておくと、ジーク達は発光する尾を引く曳光弾を使って敵と味方の判別をしていた。


「少佐殿、王子たちは向こうの方へ逃げたのかと!」


「了解した。我々が追う。

 いや、待てよ……お前達も王子殺しの名誉が欲しいか?」


「いえ、別に。

  最早、地上で逃げ回ってる人々は王子の事なんて頭にありませんよ。

 それに、我ら最早名誉もへったくれもありません 」


「随分と素直な言い草だが・・・・・確かにな。

 よし、では手筈通り、防衛ラインを張れ。

 戦争は終わらない。まだまだどんどん続く、続かなければいけない、綺麗な終焉フィナーレなど要らん。


 ……それはそうとマルコフ少尉、貴官らも死にたくはないか?

 王子が命令してたように、死ぬなと命令してほしいか?」


「いえ。 此処まで人を殺しておいて、安らかな死が望めるとは思っていません。

 それが来たときはその時です。野犬の様に好きに殺して、野犬の様に無様に死にましょう。

 自分を待っている人間はもう……いえ、つまらないことを言ってしまうところでした。


 少佐、ご命令を!」


「流石だ、マルコフ。

 ……殺せ、死ね、 同志戦友諸君、逝ってこい!」


「はっ!」


 そして、ジークは戦友たちを軽い敬礼で見送ると、いつものように隣にいるエリーに声をかける。


「つくづくお前も物好きだな、エリー。

 ……気を悪くしないで欲しいんだが、多分、俺はお前が死んでもそんなに悲しまないと思うぞ。

 戦争が好きだからな」


「うんっ。 ジーク君がめそめそしてた方が気持ち悪いよ。

 そういう道理も、理性も、加減、容赦も無いジーク君だから、私は付いてきてるんだよ」


「はは、酷い言われようだ。

 訂正するよ、少しぐらいは悲しむ……じゃあついてきてもらおうかな」


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