第28話 略式祈祷
リカールが誇る工業団地、そこではつい先ほどまで複数の勢力が入り乱れての戦闘が行われていたが……一つの勢力が勝利したらしい。これで彼らは望むものを掴めた……わけでは無い。
「無能な政治家共が悪いんだ。何時まで経っても俺達を解放しないから」
「そうよ。
遂にこの時が――私達が臨時政府を」
「おい、抜け駆けすんじゃねぇぞ。
もう、俺達はあんたらの手下じゃないんだよ!
何が解放だ、碌な苦労してこなかったくせに、俺らはあんたらより苦しい思いをしてきた!
今度は俺達が――」
「なんだ、貧民奴隷共が。
少しばかり仲良くしただけで調子に乗りやがって!」
「ふざけるな、やっぱり王都の連中と共闘なんて無理だったんだ! やっちまえ!」
「お、おい!あ、あれ――!」
集団を団結させるには共通の敵を作ればいい。
だが、その敵が居なくなった場合、多くの集団は休息に分裂し始める。
その時、空高くにその愚かさを戒めるかのようにあるものが現れた。
彼らはその正体を認識する前に、轟音と共に、文字通りぽっかりと空いたクレーターと共に消滅する。
正体は21cm列車砲。
敵の戦車大隊を、敵の要塞を、敵の都市区画ごとを破壊するその悪魔の兵器が護る筈である祖国に向けて火を噴いたのだ。
<着弾、今。……指揮官殿、戦果報告願います>
「凄い大砲だ、これはいい……死んだよ、沢山。
でも、まだ生きているのがいる」
<承知致しました、次弾装填急げ!>
無線の先の物分かりのいい部下に満足げに頷く。
動揺する兵士に、泣き叫ぶ市民に、この機を逃すまいと更に暴れ回ろうとする獣たち。
そんな中、彼がのぞき込む双眼鏡の向こうに、王家の家紋の幟が見えた……王族の唯一の生き残り、アサド・ヴァ・リカールだ。
「大隊諸君、殲滅戦だ。市街地戦戦闘用意」
「少佐殿、立ち向かってくるものは?」 「殺せ」
「降伏するものは?」 「殺せ」
「交渉を持ち掛けて来るものは?」 「殺せ」
「隠れるものは?」 「殺せ」
「何もしないものは?」 「殺せ」
「他に質問は?……無いな、殺してこい」
我先にと、欲望むき出しで、獲物へと飛びつく獣たち。
彼らの命の価値は道徳的観点から見ると虫けら以下。
だが、価値が低いからと言って殺せるという訳じゃない。
強さと正しさは比例しない。
◇
その騒動は王子の元へと届いていた。
「くっ……少佐たちが来たのか!?」
「奴らがここに来たということは……。
殿下。ま、まさか、国王陛下が崩御あらせられたというのは本当なのでしょうか……?」
「父上は……逝ってしまったか。
どちらにせよ時間の問題だったんだ。
……まだ、何処の国とも交渉はまとまってないが……ここも捨てるしかないか」
「そんな!?
……此処に着くまでずっと下水の中を這いずり回ってきたんですよ!
何とかしてくださいよ!」
「……」
一人の青年が王子に詰め寄ると、数名の人間が束になって寄って来た。
王子に集った彼らも内乱の兆しが表れ始めていた。
王子に付いて行けば安泰、そう思っていたが、魔の手はすぐそこへと迫ってきている。安泰な場所も地位も無い。
どこにも逃げられそうにない。
張本人の王子も例外ではない、彼らは絶望へと沈み始めていた。
が、更に詰め寄ろうとした青年は、可憐な少女に頬を叩かれる。サーシャ・ブライアントだ。
「情けないことを言うな! 一度ついていくと決めたのだろう!
だったら、逃げるな!
殿下のおっしゃられたことに賛同したのなら、最期まで運命を共にしろ!」
「……」
年若少女の凛とした姿に彼らは押し黙る。
尚、彼女は学園襲撃時には逃げ出していたが……それとこれとは話が別だ。
一応、彼女を弁護するなら彼女は味方に裏切られた。
ともかく、彼らも冷静になったようだ。
王子はサーシャに感謝の気持ちを込め、頷く。
「すまない。平坦な道のりではないんだ。
生き残ることは難しいことなんだ。だから、皆、協力してくれ」
「……申し訳ありませんでした、殿下。
ただ怖かっただけなんです。なんでこんな理不尽なことが……」
「いや、いいんだ。怒鳴って悪かった。
……こうしてはいられない。もう何処かの国の返事を待っている場合ではない。幸い、彼等がここまでたどり着くのはまだかかりそうだ。
道が閉ざされたわけでは無い……どこまでも逃げよう」
「話は聞かせてもらいました、殿下」
王子の元に現れたのは、神父にシスターだった。
この燃え盛る王国にはあまりにもミスマッチな彼ら。
半壊した教会に身を隠していたのだ。
彼らはこんな提案をしてきた。
「私らがその少佐という方とお話をしましょう」
「神父様、ありがたいが……言葉の通じる相手では……」
「殿下、私は迷える子羊を導くもの。
失礼ながら、貴方にできなかったことも私たちなら出来るかもしれない。
……それが出来なくとも、心苦しいが、挑発でもして少しは時間を稼いで見せましょう。
さぁ、お行きなさい、若者の達よ。
神のご加護が在らんことを」
「すまない……君たちのことは忘れない。行こう、皆!」
◇
ジークとエリー、そしてそれに付き従う中隊規模の部下たちは砲弾降り注ぐ戦場で無造作に人々をなぎ倒しながら、嵐のように駆け抜けていた。
「隊長、前方に人の壁が。神父にシスター、非武装」
臨戦態勢に入っているエリーが鋭く状況を伝える。
「成程、神父にシスターか……神の使いを盾に使うとは……王子も形振り構わず本気で戦争を始めたか」
「若者よ、止まられよ!
我らの言葉を聞きたま――」
「総員、撃て!]
「ま、待て――」
その間、2秒。
神父とシスター達は言葉を交わすことすら許されず、無数の銃弾の前に倒れる。まるで足止めすることは出来なかった。
だが、聖職者を殺めてしまったジークは、駆け抜けながらも部隊にその罪を懺悔するように命令を飛ばす。
極めてスピーディなやり方で。
「中隊、略式祈祷! Amen!」
「Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! Amen! 」
兵士達は祈りの言葉を呟きながら、神父達の亡骸の上を駆け抜けた。
まさしく、神への冒涜。
「もっと、もっとだ。
……まだ足りない」
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