第31話 前線へと飛ばされた劣等生が戻って来た

 ジークは冷たいパイプを片手に、静かに笑った。

 逆に王子達は最早、抵抗する気など見せずに、猛然と佇む彼の姿にただただ怯えている。


 過去と立場が逆転している。つい、数年前までは彼が怯える立場だったのだ。

 それが面白い。

 それを今から殺すのが滑稽すぎて、面白すぎる。


「無抵抗の奴を嬲り殺すのも好きだ。

 もちろん、健気に立ち向かってくる奴を殺すのも好きだ。

 ……さて、狩らせてもらうぞ」


 その時、彼の頭上――即ち、地上で何かの炸裂音が鳴り響いた。

 炸裂音なら先程から、ジークの部下が撃ち続けている迫撃砲の音も引き続き鳴り響いている。

 だが、ジークとエリーはその爆音の中、異音を聞き分けた。


「ジーク君、今の炸裂音は――!?」


 リカール軍の使っている迫撃砲の音では無い。


「……ああ、大尉、聞こえるか?今のはアレだな?」


<その通りでございます。少佐の予想通りですな。

 この機を逃すまいと、隣国、アルタイル連邦が攻め入って来たようです>


<それだけじゃねぇ! 東からベルストツカだ!>


 部下からの矢継ぎ早の報告。

 王国のこの危機を逃すまいと他国が進攻してきた、今こそ王国を打ち取って世界の覇権を取ろうというのだ。


 だが、ジークは焦りを浮かべるどころか、満足げな笑みを浮かべる。


 これもジークの作戦に過ぎないのだ。

 彼の大隊は確かに強力。だが、それでも精々10万人程度しか殺せない。

 一人でも多く殺さなければならないのだ。


 だから、他国軍に手伝ってもらう。

 戦争を広げる、戦争でリカール人を包囲する。

 逃がさない。


 だが、それだけで満足するような男ではない。


<大隊長殿! 奴らの砲撃がこちらに飛んできました! ご指示を!>


「……決まっているだろう?

 降りかかる火の粉は振り払え。

 思いあがった侵略者共は血祭りに上げろ!」


 戦争だ。

 全て殺す、殺されるまで。

 他の国に手伝ってもらうのでは、何故?

 そんな質問は無意味だ。

 戦争がしたいだけだからだ。

 戦争の権化、理不尽の化身……そんな言葉ですら言い表せないようなこの男の居場所は戦場にしかないのだから。


「ジーク君、王子様たち逃げちゃったよ?」


「おっと、少し目を離したすきに……ウサギかあいつらは。

 まあ……いいんだ。

 あれは念の為の虫取り網だ。

 逃げ切ってくれよ、我が大隊の為に。


 さてと、行こうか、戦争をしに」


「……うんっ!」



 ◇


 リカール王都学園襲撃事件から始まったこの内紛は、瞬く間に全土へと拡大した。

 周辺各国は内心ほくそ笑みながら、王国の弱体化の様子を静観していたが、王国の危機は彼らの予測を超えた。

 こうなってしまうと、周辺国も危機感を感じ始めた。

 そこに押し寄せた王国からの難民達。

 彼らは他国の国境に押し寄せると、口々に門を開けろと叫び、身勝手に暴れ回った。

 そこの国境を護る兵士が身の危機を感じたのか、それとも以前から王国を憎んでいたのか……原因は今となってはわからない。


 その兵士達が避難民に引き金を引いたのが世界大戦の始まりだった。


 あらゆる理性の壁が決壊した。

 狂気は王国から隣国、大陸、そして海を渡り世界へと伝染した。

 ジークの殲滅思想と呼べる狂気の沙汰も世界中に伝染した。

 王国崩壊による世界恐慌。以前からの国家間でのいがみ合い、民族・人種・宗教問題。

 皆が、それらを全て戦争で解決しようとした。


 結果、世界は狂気に陥り、我を忘れ殺したい相手を殺す、何人でも殺すだけ殺した。

 そして、彼らが周りを見渡し、死体だらけということに気づき、ようやく冷静さを取り戻したその時にはジーク・アルトの大隊は姿を消していた。


 リカール大隊は無残に散った。

 ジーク・アルトは無様に命乞いしながら、ギロチンで首を落とされた。

 彼は死なずに、何処かの軍に引き抜かれた。

 大隊は今もどこかの戦場にいる。

 そもそも、そんな大隊は存在しなかった。


 そういった憶測も、噂も、彼の名前も、リカール王国も歴史の中で消えていった。


 ◇


 それから五年経った。

 ここは人里離れた辺境の地。歩き回ることすら程の困難な山岳に位置する小さな集落だ。

 彼らはこの土地をリカール共和国と呼んでいる。


 そう、王子とサーシャは逃げ切ったのだ。


「……昔、多くの命を奪ったたった一人の男が居たんだ」


「そうなんだぁ」


 此処には世界中から戦争の元凶呼ばわりされ、迫害されたリカール人たちが住んでいる。

 困難な旅だった、行く先々で命を狙われ、リカールがどれほど世界から憎しまれていたのかをその身で思い知った。

 それでも生き残ったのだ。

 その困難な旅の中、王子とサーシャは愛し合うようになり、二人の間には子供が出来た。


「その人って死んじゃったの?」


「……ああ。きっと、絶対にな。

 誰かを傷つけた者は報いを受けるんだ」


「サーシャ、リカールも同じだ。

 祖国は誰かを傷つけすぎた。だが、きっとその行いを見直せば……。

 悪魔は倒した。 だから、いつか、理想国家を建てよう」


「……ええ、きっと」


「なぁに、話してるのー?」


「いや、何でもないよ。でも、覚えておくんだ。

 最後は正義が勝つ、明けない夜はないんだ。どんな夜にも朝は来るんだ」



 彼らは何かに勝ったわけでは無い。

 だが、今、彼らはあの時の恐怖を忘れてしまうぐらいに幸せだ。

 生き残ったものが勝者というのなら……それなら……。
















「どんな夜にも朝は来るか、いい言葉だ」


「……本当にそんなこと思っているの?」


「いいや、クソくらえだ。

 何がどんな夜にも、朝が来るだ。


 台無しにしてやろう。


 どんな朝を迎えても絶対に夜は来る。

 今宵、前線へと飛ばされた劣等生が戻って来たんだ。

 戦争の夜だ」



 まだ、奴らは死んでいない。

 まだ、殺し足りない。


 

 まだ、戦争は終わっていない。

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