エピローグ 地上の楽園


 此処はトリスタン王国。


 いや……今は違う、正式名称は神聖トリスタン連合王国……いつしかのトリスタン進攻に失敗し、逆に自国が崩壊した国々を吸収したのだ。

 自らを侵略した国に救いの手を差し伸べるとは、何て慈悲深いのだろう。

 尚、少しでも、上に立とうとしたものは即時処刑された。

 あくまで、自分に愛と忠誠を誓うもののみを救った張本人であるシルヴィアは、いつもの様にバルコニーに出る。


 以前の純白のドレスは脱ぎ捨て、今は漆黒のドレスを身にまとっている。

 その姿は恐ろしい程に美しかった。


「今、御姿がお見えになりました!

 我らが神聖トリスタン連合王国、唯一女王陛下、シルヴィア・ウィン・トリスタン陛下のお姿が見えました!


 トリスタン王国は、世界大戦、忌まわしき伝染病に、愚かな侵略者達、今もなお、世界を取り巻く混乱……様々なもの達にその栄光の道を阻まれ続けて参りました。


 しかし、それらが幾重になって我々を侵害しようとしても、陛下が導いてくださった我らが愛するトリスタンを侵すことは遂に敵わなかったのです!


 何故か?

 我々には正義があるから! 陛下がいらっしゃるから!

 我らトリスタン王国民の心も、身体もシルヴィア陛下と共にあり!


 忠誠を、従順を!

 陛下に栄光あれ! トリスタンに栄光あれ!」


 シルヴィアは微笑と共にバルコニーから手を振ると、国民達は国旗を振り、熱狂する。


「陛下万歳!」「トリスタン万歳!」「姫様ーっ!」「我らが王国に栄光あれ!」


 間違っても、罵声を浴びせるものなんて存在しない。


 この国にいることが出来るものは、彼女に絶対の忠誠を誓う者だけ、それいがいのものは、今度こそ実在するトリスタン秘密警察によって、全ての財産が没収された上で、させられる。


 そもそも、殆どの国民は嘘偽りなく彼女を愛している。


 シルヴィアはバルコニーから城へと戻る。


 ボロボロでまるで見栄えしなかったトリスタン城へ、忠誠を誓う国民の協力もあって、剥がれ落ちたペンキは塗り替えられ、寂れた庭は輝きを取り戻し、城の各所には最新鋭の格納式対空砲が取り付けられている。


 そして、殆ど無人だった城の内部には多くの使用人と、どの国の精鋭部隊とも互角に渡り合える、最新装備で完全武装したトリスタン騎士団が犇めいていた。


「騎士団長、今日の予定をお聞かせ願いますか?」


「はっ、本日の予定は、アルタイル連邦の外務大臣との会談。

 その後は……陛下との謁見を希望する民との予定が……。

 本当に、よろしいのでしょうか?

 彼らはこの国に不満を持っているようですが」


「国民の方々の不満を聞くのが、私の役目ですから。

 行きましょうか」


 ◇


「では、どうか、なにとぞご検討のほどを……」


 大国アルタイル連邦の大臣はしきりに頭を下げながら、名残惜しそうに自国へと帰っていった。

 元々、トリスタンはアルタイルに認識すらされていない程の小国。

 だが、今では大使館が設置され、それがあるのにもかかわらず、遠路はるばる大臣自らがやってくるという異例の対応。

 各国がヘブンの陥落で大混乱に陥っている中、ノーダメージで切り抜け、歴史上に名を残すほどの経済成長を遂げたトリスタンは疑いようのない大国へとのし上がっていた。


 だが、シルヴィアは世界を支配しようとはしなかった。


「さて、次は国民の方々とのお話ですね。

 謁見の間へと向かいましょう」


「では、我々も……」


「いえ、私一人で十分です」


 謁見の間……というには豪勢ではない部屋。

 しかし、モダンで落ち着いた気品のある部屋で、数名の男女たちが彼女のことを待っていた。


「皆さま、お待たせしました」


「遅い!

 ……ふん、よくわかったぜ、お前さんが俺達のことを見下していることがな!」


 シルヴィアが彼らの向かいの席に座ると、同時にリーダー風の男から罵声を浴びせられた。

 だが、彼女は少しだけ困ったように笑うだけだった。


「申し訳ありません、予定が立て込んでいたので……。

 決して、国民の皆様を愛していないわけではありません」


「どうかしら?

 だったら、この国の在り方は何!? 何なのよ!?」


 ヒステリックに叫ぶ女……彼女らはこの国に不満があるようだった。


「なにが地上の楽園国家だ!

 ふざけるな、抑圧に抑圧じゃないか!

 ただの監視社会だ、笑わせるな!」


 大柄の男の言っていることは間違いではない。

 トリスタン王国がこの混沌とした世界で、楽園とも言える平穏を謳歌出来ているのは、不純物を即時に取り除いているからだ。

 少しでも反乱の動きがあれば、即座に終了……これがこの国の正体だ。


「……いいか、こんなものは平和じゃない。

 自由こそが、あの大空のような美しいコントラストを描く……」


 長い。

 シルヴィアは男の話を、最初こそは微笑を浮かべていたが、徐々に崩れ、今は頬杖をついて、時折、小さく欠伸をしている。


 が、ある音を聞いて、彼女は顔をほころばせる。


「だからこそ、王政を廃止!

 ……なんだ、今の音は?

 誰かが窓を叩いたのか?

 しかし、此処は五階のはず……?」




 シルヴィアには音の正体が分かった。彼女はもう彼らに、一切の興味はなかった。

 恋する乙女のような微笑を浮かべ、窓に駆け寄り、窓を開ける。

 すると、ふわりと二人の男女がロープを伝って部屋の中へと入って来た。


「こんにちはー、シルヴィアちゃん!」


「エリーさんに、ジークさん。

 また来てくださったのですね!」


「ああ、近くを通ったから挨拶ついでに……。

 お客さん、か?

 なら、日を改めた方が……」


「いえ、今から消えてもらうところだったので、構いませんよ」


 シルヴィアは二人と挨拶代わりのハグを交わす。

 その時、誰かが机を拳で叩いた。

 訳の分からぬまま、置いてきぼりにされたリーダー風の男だった。


「やい! 誰だ、そいつらは……!

 わかったぞ……その男が枕外交のお相手という訳か」


 その言葉が、彼の致命傷だった。

 いや、言おうが言わまいが変わらなかったのかもしれないが、言うべきでは無かった。


 突如、室内に銃声が響き渡った。


「へっ、だとおもったぜ、小娘に国が――ぐはぁ!?」


「えっ……? ジ、ジョージ!?」


「お見事! シルヴィアちゃん、射撃上手くなったね!」


「ええ、おかげさまで。

 それに、国を護る為なら、私も一人や二人や、数万人……殺めなければいけませんからね」




 硝煙が立ち上る拳銃を構えたまま、笑みを浮かべるのはシルヴィアだった。


 何時しかのような震えは一切ない、表情に怯えなど一切ない、人を殺すことなんて彼女にとって特別なことでは無いのだ。


「こ、殺したの……!? 私達は国民よ!

 狂ってる、狂ってるわ!」


「何を言っていらしているんですか。

 あなたが国民かどうか、それを決めるのは唯一の女王である私です。 


 それに……あなたはこの国の人ではありませんね、吸収してきたときに一緒に来られた方なのでしょうけど、この国が理解できませんでしたか。

 特に残念ではないですが」


「ま、待って……故郷の弟が!」



「はい、情報ありがとうございます。

 トリスタン秘密警察に貴女の身元を調査してもらったうえで、貴方の生まれ故郷を焼き払います。そうでもないと、国民の皆様が怯えてしまいますものね。


 もういいです、この後はかけがえのない友人と共にお茶をするので。

 では、最期に別れの挨拶を……。


 ようこそ、独裁国家トリスタンへ。

 全力で歓迎しませんわ、さようなら」


 三人は何時しかのように笑みを浮かべ、銃を向け。当たり前のようにトリガーを引いた。



「……さて、お茶にしますか」


「ここでやるのか?

 死体ぐらい片付けろよ」


「良いじゃない!

 あったほうが、私達のお茶会らしいよ!」



 誰もが欲してやまない勝者の特権である正義を手に入れた彼女は、既に獣と化していた。


 シルヴィアが世界のリーダーの切符を手にしながら、それを捨てたのは、世界を支配する気が無かったから。

 何故なら、世界を支配してしまえば、戦争が無くなってしまうから、そうなると彼らの居場所は無くなってしまうから。

 シルヴィアがこの国を存続しているのは、究極的には彼らの為。

 要するに、この国の真の存在意義は……。


(……絶対にありえないことだとは思ってます。

 でも、万が一、億が一、兆が一……あなた方が戦争に飽きてしまった時、世界があなたを阻んでも。 

 私は死守します……この国を、あなた方の居場所として。

 例え、それで何万人殺めたとしても。


 ……だって、唯一の私のお友達ですから)




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