第23話 誰かさんとそっくり

 レビュー有難うございます。

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 ◇ 






(考えろ。まだ理想国家の夢は諦めてはいけない。希望を捨てては――)


 下水の中では、未だ王子がなんとか策を捻りだそうとしていた。


 何か無いかと、周囲を見渡す。

 その時、あることに気が付いた。

 この暗い下水道の中、老若男女、国籍・身分も様々な人々が身を寄せ合っている。これは――自分の求めていた理想国家じゃないのか?


「――闘おう」


「殿下、しかしそれは――」


 突然、抗戦の構えを見せた王子に、サーシャは思わず反論する。

 文字通りコテンパンにやられた彼女は最早、憎むべきあの男に勝つというビジョンが見えなかった。

 だが、王子には別の未来が見えていた。


「いや、闘うんだ」


 そして、彼の十八、番演説が始まった。

 とは言っても、先程とは違い、これは彼の本心である。


「殿下、私の話を聞いてください! あの男を打ち倒すのは到底――」


「打ち倒すのではない。

 殺すことで解決しようとしたら、あの男と同じさ。

 生き残ることも闘いだ。我々はこの国を脱出する」


「国を捨てるとおっしゃるのですか!?」


「聞いてくれ……リカールは間違いを繰り返してきた。

 身分制度なんてなければこんな悲劇は起きなかっただろう。

 だが、それを是正するチャンスは失われてしまった……いや、違う。今この瞬間、この場所が新生、リカール共和国だ。

 隣の人を見ろ、我々は身分も、性別も皆がバラバラだ。だが、今ここで生き残るために集まっている」


「……」


「今は皆が狂気に呑まれている。恐らくもっと人が死ぬだろう。

 だが、何時かは皆正気に戻る。その時、希望の光が無ければ、彼らはまた闇に落ちてしまう。

 また、国を憎しみ、人を憎しむだろう。


 そうなったとき、彼らを導くのが私達の務めだ。

 リカールは一度滅びる。だが、リカールの意志を引き継ぐ我々が生き残れば、潰えることはない」




「殿下……」「王子様……」


 隅で怯えるのをやめ、王子の周りに集まって来た人々はそれぞれ顔を見合わせた後、ややあって王子に向け、片膝をついて王家に対する最敬礼を行った。


 王子は感激した。

 回りくどい手を講じなくても、最初から真摯に訴えれば良かったのだと。


 しかし……王子は気が付いていない。サーシャなどは心の底から王子の考えに心酔したが、残る半分ほどの人間は逃げる口実が出来たことに安堵していることに。


「だから、我々は――」


「いや、素晴らしい。感動しましたよ」


「……誰だ!?」




 その声は唐突だった。


 少しばかり老齢に差し掛かった男、その腕にはアサルトライフルが、その両足のホルスターにはオートマチック拳銃が、その背中にはスナイパーライフル……正に人間武器庫。

 そんな大男が居たというのにその場にいる誰もが気が付かなかった。

 気配を完全に消して現れたのだ。サーシャは思わず拳銃を向けようとするが、それは王子に遮られる。


「待て、落ち着くんだ。彼は敵ではない。

 そうだな?」


「ええ、宮殿の宴会で何度か。

 しかし、こうしてお話しするのは初めてかと。光栄であります殿下」


「確か……その……すまない、貴公の名は?」


「お気になさらず、無理もありません。

 自分のような老いぼれは宴会の隅にいるのがお似合いのような能無しの男なので。名乗る名もありませぬ」




 王子は名前も知らない。だ

 が、彼の姿を目にしたことはあるし、噂も耳にしたことがある。

 国王は一兵士を特別扱いすることはない。

 しかし、この男は別だ。長年王国の為に幾多の戦場を渡り歩き、勝利を収めてきた男――誰かさんとそっくりだ。

 とにかくこの男の二つ名は知っている。"リカール最後の騎士"だ。


 が、目の前の男は確かに強者の出で立ちだが……どこか柔和そうな顔をしている。


「貴公は私の父側の人間だろう?

 だが、どうか力を貸して欲しい。

 難しい立場だと思うが、少佐を打ち倒して欲しい。

 無論、もうそれだけで収拾が付くとは思っていないが……それでも我々には成すべきことがある。その為に協力してほしい」


「仰せのままに。

 我々はリカールの民。

 誰側なんて些細な問題です。

 この老兵、全身全霊を尽くすことをお約束します。

 では……」



 王子はまたしても感激した。

 リカール最強の男が味方に付いてくれたのだから。

 怖気ることなく暗闇の中を進んでいく男に王子は言葉を投げかけた。


「貴公、生き残ることも闘いだ。我々の元へ帰ってきてくれ。……そして、名を聞かせてくれ」


「……Yes, Your Highness」


 その男の後姿は酷く勇ましかった。




 ◇


 暫くして、王子の姿が見えなくなった時、男は深いため息をついた。


 と、その時、男の足元に若い貴族風の王国軍人が這いつくばりながらやって来た。



「…・・・マティス様!

 国王陛下より騎士鉄十字章受け賜わったマティス様でおられますか!?……助かった……」



「何事か、這いつくばって何をしているか?」


「お助けを……! あの小僧、只者ではありません!」








「何をしているか? そう聞いているのだ」










「一時撤退を……戦略的撤退を……いえ、勝利の為の転進であります!」




「死ね」




 マティスは迷うことなくその兵士の頭を踏みぬいた。


「何が転進だ。

 何が生き残ることも闘いだ。

 

 殺し、殺され合い、こそが戦いだろう。

 言い訳ばかりの非国民の敗北主義者共め。

 貴様らに名乗る名などない……」




 マティスという男は先程までの優しげな表情とはまるで別人のような憎悪の表情を浮かべた。

 だが、遥か遠くで聞こえた銃声を耳にして、満足げな笑みを浮かべる。






「ジーク・アルト少佐か……。

 どれ程の獣なのか確かめさせてもらうとしよう」




 リカール国王が憎々しげに、それでも王国の未来を託した男。それがマティス・ア・シラージ。彼の二つ名はリカール最後の騎士。


 そして……戦闘狂。


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