第4話 覚めない悪夢を覚ます為

「まるで真っすぐ飛ばない……なんなんだ、これは……?

 ベルモンド、何度言えばわかる?

 何故、銃の調節ごときもしっかりと出来ないんだ……!?」


「……や、やってるんです、ですが……」


「それに弾を間違えるなんて……役立たず!

 ねー、アンナ」


「ねー」


 リカール学園。

 ジークを追放したサーシャ率いるパーティ、リカール・ナイツ。

 ちょっとしたトラブルに陥っていた。


 全ての雑用を引き受けていたジークが居なくなったことによって、様々な問題が出て来た。


 7.62mmライフルを使う練習で、スナイパーライフル用の弾を持ってきてしまったり。

 銃の整備を怠った為、弾があらぬ方向に飛んで行ったり、野外訓練で誰も食事を作れなかったり……。


 サーシャのプライドは極めて高い、そしてヒステリックだ。

 今でこそ、冷静に諭しているようにみえるが、

 自室に入った途端、髪をかきむしり、枕を蹴り飛ばし暴れ回る。

 自分が無能と噂されていないか、もしそれが父の耳に入ったら……とても正気ではいられない。

 隣の部屋の生徒には感づかれ始めている。

 噂になるのは時間の問題だ。



 それに比べると双子の対応は上手い

 ベルモンドという唯一の男を次の押し付け役にすることでヘイトから逃れている。

 とはいえ、彼も邪魔なジークを追い出してサーシャに取り入ろうとし、この状況に及んでもジークがやっていた雑用を学ぶということもせず、彼の取り巻きにあたり散らしていた。


 パーティの温度は冷え切っていた。

 学園随一の彼女らのパーティに近づきたいのは多い。

 だから、雑用なんてすぐに見つかると楽観視していたが……。

 彼程のものは今のところ見つかっていない。


 このように、平和な学園生活は必ずしも幸せとは限らない。


 ◇


 ジーク達も全てが平和だという訳ではない。


「パーマー曹長、あと少しだ。

 あと少しで、野戦病院に着く」


「あ、ああ……へへっ、何とか助かりそうだな。

 悪かったよ、隊長。地雷なんて踏むへましちまって……」


「……後にしろ」


 ジークは負傷した部下を背負い、王国の北の極寒の戦場を歩いていた。

 人間性を捨てるように見える彼だが、それでも完全には捨ててはいなかった。

 ジークは顔を僅かにほころばせる。遠くに野戦病院の明かりが見えて来たからだ。


 だが


「……ジーク君、本部から」


「エリー?」


 エリーの沈んだ声、訝し気に思いながらも通信機を手に取る。


「ジーク少佐だな?ドワイトだ」


「少将閣下……? 申し訳ありませんが、今は部下の搬送を」


「駄目だ、許可できない。

 君たちが目指そうとしている病院は、王国の民間人を収容している。

 民間人が第一だ、君たちを受け入れるわけにはいかない」


「民間人……?

 何故、こんなところに民間人が……!?」


「それは……私にもそこまでの情報は届いていない。

 だが、民間人がいる以上は絶対だ」


「少将、確かにパーマー曹長は元の隊では素行不良だった。

 ですが、彼は王国の為に戦っていたんだ、それを見殺しにしろと――!」


「黙れ! 甘ったれるんじゃない!

 軍人は国民の為に命を落とすものだ。

 繰り返す、許可しない。 最悪の場合、君とそこに居る他の部下をまとめて軍法会議にかける。

 ……少佐、君の気持ちは痛い程……」


「俺の居場所をこれ以上奪うな」


 そう吐き捨て、ジークは途中で無線機を切った。


「ど、どうした、隊長?

 そろそろ痛くてしょうがねぇんだ。

 このままじゃ死んじまうかも。ははっ、早くしてくれよ」


「……悪い、パーマー、此処で死んでくれ」


「……あ?

 お、おい、どういうことだよ、隊長」


 ジークは曹長に事のあらましを話した。

 目を逸らしたかった。だが、ジークは彼の目を見て、最後まで伝え終わった。


「なんだよ、それ……。

 俺は此処で死ぬのか……嫌だ、おふくろと喧嘩別れだなんて……」


「悪い、本当に悪い」


「……行けよッ!」



雪はさらに降り積もる。

 このままでは他の部下達も凍え死んでしまう。


「……行くぞ、総員」


 ジークはあまりの悲劇に放心状態の部下達に有無を言わせぬ口調でそう命令した。

 暫く、歩いたとき、後ろから曹長の声がが響いた。


「悪かったよ……。

 隊長、俺は植民地生まれだから、前の隊では奴隷みたいな扱いだった。

 でも、アンタは俺を人間扱い…して……。

 ありが…とよ……」


「……っ」


「ジーク君……」


「振り返るな、進め」



 これは後になって分かった話だ。

 あの野戦病院には患者ではなく、王国の貴族が次期植民地候補を私設する為に滞在していた。

 貴族様に、薄汚い前線軍人たちを見せるわけにはいかない。

 たった一人のドブネズミと貴族、優先するべきなのはどちらかは明白だった。


 ◇


 数日後、ジークが前線基地の自室に入ると、エリーがベッドで寝ていた。

 実質上の同棲状態、だが、それには理由があった。


「……はぁ……はぁ……ううっ……お願い、やめて……」


 エリーは今日もうなされている。

 彼女は戦場で何人も殺してきた。

 死体も銃口如きでは彼女を恐れさせることは出来ない。

 だが、彼女は学生時代の自分の過去のトラウマは克服できていない。


 ジークはエリーの手をそっとに握る。

 するとエリーの呼吸は直ぐに落ち着きを取り戻し、寝顔も安らかなものになった。

 エリーのトラウマは根が深く、ジークが隣の居なければ快眠が出来ないのだ。


 ジークはあることを思い立った。

 エリーの手に弾倉を抜いた彼女の愛銃を握らせた。


「……ふふっ……」


 これで彼女は夢の中でも、抵抗が出来る。

 悪夢は終わった筈。きっと今頃、夢の中で復讐を行っているのだろう。


 ジークは彼女の姿を眺め、自身の過去、それに先日の曹長のことを想い返した。

 そして、ある決心を決め、自室を出た。


「フォッグマン大尉」


「これは少佐殿、お休みになったのでは?」


「貴官は元参謀付属だったそうだな?」


「ええ、ですが、あの空気に慣れず、結局はここに飛ばされてしまいましたがね。

 居心地はこちらの方が快適なのですが。

 とにかく、書き仕事は得意ですぞ」


「頼みたいことがある。

 ……俺の個人戦績を今から言う通りに書き換えられるか?」


 ◇


 翌朝、ジークは大隊を集合させた。


「……以上。

 諸君、これは俺の勝手な判断だ。

 無謀、それにまるで無意味、そして……正義なんてない。

 だから、ついて来いだなんて言えない」


「……ご指示を!少佐殿」

「王国じゃない、あたしらはアンタに着いて行くんだ!」

「少佐!」「少佐殿!」「大隊長殿!」「ジーク少佐!」




「……感謝する、大隊戦友諸君。

 ならば……これより状況を開始する」


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