エピローグ 復讐からの帰還

 申し訳ありません、気が変わってしまい、二章を連載することにしました。

 数日後からの連載となると思います。


 ◇

 

 ジークとエリーは雪の降る山道を歩いていた。

 遠くから咀嚼音と断末魔のようなものが聞こえる気がする。


 だが、ジークは振り返ろうとはしない。



「ねぇ、ジーク君。

 ジーク君って、あんまり復讐にこだわらないよね」




「は? いや、今さっきやったばかりだろう?

 五年間泳がせて、その間、許そうともせず、でかくなったところを食ったんだぞ。

 惨めな復讐鬼だよ、俺は」


「そういうことじゃなくて……例えば、あの人達が死んでいくのをじっくり観賞したりだとか……」


「あー、なんて言えばいいかわからないけどな。

 正直、誰を殺しても言うほど変わらない気がするんだよ。

 だから、俺は敗北主義者のリカール人を抹殺しただけ……これは言い訳か?」


「いいんだよぉ。

 言い訳をよく言えば、大義や正義……皆、戦争するときによく使う言葉なんだから」


「ははは、都合のいい女め」


 と、そこへ、獲物の匂いを嗅ぎつけた狼がやって来た。

 ジーク達に気が付くと、狼たちは牙をむき、唸り声をあげ、今にも襲い掛からんとするが……。

 まるで怯まないジーク達を見て、たじろぐ様子を見せた。

 そして、地面に身体を伏せた。

 "あなたに敵意はありません" 服従のポーズだ。




「全く……。お前たちは飼い犬か?」


「撫でてみたら? かわいいよ?

 それに飼い主じゃなくて、多分、同類と間違えられたんだと思うよ?」


「……違いない。 

 行ってこい狼共、畜生らしく残飯を食い散らかしてこい」



 狼達はジーク達の周りを尻尾を振りながらぐるりと一周すると、獲物へと駆け出した。

 それを黙って見送るジークは唐突に後ろから抱きしめられた。




「おっと……どうした、エリー?」


「ねぇ、ジーク君。

 ジーク君の復讐も、私の復讐も終わった、リカールも終わった、大戦も終わった。

 だったら……次はあるの?

 これで私達の関係も終わり?」


 つい先ほどまで、笑顔で人を殺していたエリーの声は、一転して儚げなものになっていた。

 ジークはため息をついた。


「しょうがない奴だな。

 ……じゃあ、なんだ。スローライフでもしてみるか。

 さっきの村に戻って、適当な家をぶんどってそこでずっと平和に暮らすんだ。

 どうせ、もう持ち主はいない。

 あんなところに邪魔者は来ない」


「……」


「それかどこかの小国に行って、この実力でちょっとした英雄ごっこでもするか?

 見返りを求めない人助けでもして、罪滅ぼしでもするか?」


「……そ、それは……」





「嫌か?

 ……ああ、俺だって嫌だ。

 皆が言う平和のどこがいいんだ?

 俺達は平和のいいところなんて知らない、わからない、平和な世界の生き方なんて知らない。

 ものを投げつけられ、暴言を投げつけられて……何が良いんだ?


 敵兵なんかよりよっぽど平和の方が怖い。

 ……だから、平和を受け入れないし、拒絶する。死ぬまでずっと。

 そういう未来でもいいなら――」


「うんっ!」


 一転して、弾けた声を上げ、更に強く抱きしめて来るエリーに思わず苦笑する。


「最後まで聞けよ……全く。

 狂ってるよ、お前も、俺も」


「世界も、ね」


「ああ。

 誰かの幸福を押しつぶしたからなんだ?

 温かい未来を胸に抱きながらする戦争がそんなに好きか?

 綺麗ごとを並べるのは、全てを蹴散らした後でいい。


 どれもかも狂ってるなら……俺達はずっとこのままでいよう。

 腹を満たす為、ただただ食い殺すだけの最底辺の畜生で」


 その言葉を聞いて、エリーは感極まったように口元を抑える。


 これはもしかするとプロポーズなのだろうか?

 最早、彼らの価値感は誰にも理解できない。


「元気は出たか? 殺意は思い出したか?」


「……うん、もうばっちり!」


「じゃあ、行こうか。

 次の戦争へ」


 ジークはエリーの頭にポンと手を乗せると、二人は何処かへ歩き去っていく。


 彼らは変わった。


 殺せば解決すると信念も正義も否定し、外見も既に一騎当千の圧倒的強者、あらゆるものを排除する戦争狂と化したジーク。


 大人びた美しい女性になりつつも、何処か幼女じみた不自然さを垣間見せながら、何人をも葬って来た殺人狂のエリー。


 彼らは狂っている。

 だが、その原因が彼らに降りかかったどうしようもない理不尽だというのなら……。


 彼らは戦争の最大の加害者であり、被害者であるのかもしれない。

 いや、それもいい訳か。






 彼らは背中から響き渡る断末魔に一切の興味を失った。

 恐らく、彼らの目の先には次の戦場が映っているのだろう。


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