日没

 再び、シルヴィアはベランダから群衆達を見下ろす。

 先程とは違う、気弱で、健気で、怯えた目つきは何処かへ消え、まるで蛆虫を見るかのような視線を群衆達に向ける。

 だが、群衆たちはそんな変化に気づくことはない。

 彼らは彼女に責任ばかりを押し付けて、彼女の目を見ようとはしなかったからだ。


「お、おい、あの女が出て来たぞ!」

「入っていた連中は何してるのよ、殺しなさいよ!」

「今すぐ飛び降りろ、役立たず!」


「最終勧告です……私の話を聞いてください、国民の皆さん 

 私は私が出来る最善を尽くしてきました。

 皆様が不公平と言っている講和条約も、平和の為に必要な……」


 言い訳をするなと再び湧き上がる群衆たち。

 シルヴィアは氷のような表情で、殆どの罵声を静かに聞き流している。

 だが、一つの罵声だけは聞き逃さなかった。




「平和にすら金をとる気か、クソ女!」


「……要らないんですか、平和?」


「何もしなくても手に入るだろうが、まぬ――! あがっ……!」


 その声の主を探し当てると、即座に彼女は拳銃のトリガーを引いた。


「でも、これまで与えられ続けていたのだから……その代金は支払ってもらいます。

 死んでください」


「……えっ?」


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 城の中へと集まった群衆は千人余り、それらが一斉に悲鳴を上げている、聞き取れないぐらいの大絶叫。

 つい先ほどまで、正義を気取って自分を弾劾していた愚民たちが。


「ふっ……ふふふ……」


 乾いた笑い声が自然と口から漏れ出す。

 我先にと、サルの様に這いつくばりながら、ムカデの様に地面と同化して……惨めだ。


「どうか、お助けを!」「う、撃たないでください、王女様!」「私達が悪かったからぁ!」


 そして、地面に頭をつけて必死に赦しを乞うそれらを上から一方的な暴力でなぎ倒す自分は……まごうことなき、女王陛下だ。


(ようやく、ようやく認められた……!


 私が、私こそが、私だけが、シルヴィア・ウィン・トリスタンがこの国の女王なんです!)


「か、神様、どうか、我らに救いを!」


「神様に祈らないでください。

 あなたの生死は私が決めます」


「じ、女王様、どうか、お助け――!」


「嫌です」




「ははっ、これは、これは傲慢な女王様だ。

 まるで、歴史の教科書に載っている世紀の悪女だ」


「……教科書に載るんだったら、国民に親しまれる良い女王として載りたかったのですが……」


「歴史の教科書なんて、勝者が自由に書いた落書き帳だ。

 事実なんてどこにも載ってないさ。

 おっと……」


 ジークは脱出寸前の群衆に気づき、城の門を開けっぱなしにしている留め金を狙撃し、門で人々を押しつぶした。

 この人数だ。弾も全員を殺しきれるだけは持ってない。当然、少なくない数が逃げ延びる。

 ジークは一瞬不服そうな顔をするが、次には良いアイディアを思いついたようだ。

 ジークは拡声器を手に取り、群衆に向かって、こう叫んだ。


「陛下暗殺という貴様らの愚行は頓挫した。

 何故なら、我々トリスタン秘密警察の諜報員が貴様らの間に忍び込んでいたからだ!

 国外に逃れようとしても無駄だ。

 我々の優秀な同志が貴様らを抹殺するだろう!」


「そんな、嘘でしょ!?」 「俺は関係ない、突入した奴らが……!」「誰が、誰がスパイなんだ!?」


「さぁ、探せ!

 久々に会った友人は本当に友人か!? お前の家族に好き嫌いが変わった奴はいないか!?

 お前を睨みつけていた奴は、噂話をしていた奴は、不自然に優しい奴は!?

 我々はいつでも見ているぞ! 怯えろ、愚民ッ!」


 シルヴィアは一瞬きょとんとした。

 そもそも極限まで、不必要経費を削減したトリスタンに秘密警察なんて……そこで気が付いた。

 ジークは、肌の色などで、この抗議に参加するものが遠路はるばる集まってきたのを瞬時に見抜いていた。そして、それを逆手に取った。


 全ては闘争を広げる為。


「……恐ろしい人……あっ、その……ごめんなさい」


「よく言われるよ、誉め言葉だ。

 ……ああ、一つだけ、俺はお前に、誰に対しても対等で接しさせてもらうぞ。

 俺は博愛主義者だからな。 無差別に愛し、憎み、殺す」


「……ええ、素敵な考えです……。

 それは、そうとエリーさんは……?」


「お待たせー!」


 現れたエリーは、サンドイッチの入ったバスケットを持っていた。

 エリーはこの惨事の中、勝手に無人となった城に戻り、キッチンを拝借して料理をしていたのだ。

 理解できない。思わず絶句する、シルヴィア。




「……っ」


「さぁ、食べよっ!」


「ありがとう、エリー。

 いやぁ、はは……人が焼けるのをみてると、なんかこう、腹が減ってな」


「腕をふるっちゃった。

 だって今日はシルヴィアちゃんの即位式だもんね、さぁさぁ、食べて、食べて」


 おそる、おそると食べたサンドイッチは今まで食べて来た何よりも美味しく……笑みがこぼれた。

 それがとても面白かった。



「ふふっ……あはは……、あはははははははははははは……。

 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


「楽しそうだね!」


「ふふっ、ええ……いつ以来でしょう、こんなに笑ったのは。

 どうして、私は死体に囲まれながら、お食事をしているのでしょう……ふふっ、えへへ……。

 何故、それがこんなにも面白いのでしょう?


 でも、これからは他の国も黙ってはいないでしょうね……。

 ジークさん、巻き込んでしまってすみません。引き留めることは致しません。

 何かご用意できるものがあれば……」


「いや、構わない。全く構わない!

 俺はもうもらい始めてるからな、しいて言えば、この国の弾薬がありったけ欲しい。

 正直、旧式兵装だらけの疑いようのない軍事弱小国だ。だが、弾だけはあるようだ」


 そして、ジークは興奮した様子で立ち上がると、いつの間にか、沈み始めた太陽を見て、こう呟いた。


「日が沈む、沈めてやったぞ。

 もうすぐだ。 もうすぐ夜がやってくるぞ。

 もうすぐ帰れるぞ、我々の故郷へ……大隊戦友諸君」




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