転生おじさん~四十五歳でハゲ散らかし異世界へ~
にーりあ
Bit-Squall Planet
四十五歳でハゲ散らかし異世界へ
四十五歳の地図 序-1
私は四十五歳。
会社に入って二十余年。
黙々とわき目もふらず働いた。
一年前配置換え先で上司を筆頭にイジメにあい鬱病に。
退職。
起き上がれない日が続き、謎の症状にいくつもの病院を受診するもたらいまわしにされた挙句精神病院へ。
薬のせいか意識が朦朧とする日が続く。
性欲が失せオナ禁も余裕に。
唯一の趣味であった食事も億劫になる。
二百キロ以上あった体重もいまや二百を切り、脂肪を抱え込んでいた腹の皮など余力を得過ぎて弛みに弛みタルタルに。
四十歳から急激に薄くなったマイヘッドオンザヘア。僅かに残った毛根から伸びた髪が砂漠化した大地に横たわっているというこの風景、なんとも物悲しく、そして汚らしい。昨今巷ではこういうのを「ハゲ散らかしている」と形容するのだとか何とか。
代謝が落ちるという老いの副産物は若い頃出していた納豆の腐ったような足の臭いを止めはしたが、トレードオフした物が大きすぎやしないかと思わなくもない。
そう。思えば損ばかりしてきた人生だった。
今になってよくよく思い返してみれば、当時は気が付きすらしなかったが、社会に出てからというもの、いつも四面楚歌な日常だった気がする。
自分では思っていない事を思われ疑われ、考えていない事を邪推されでっち上げられ、私自身もそういう行動を取る他人に心についてなど考えたことも無かった。
人の心などわからない。自分の心すらわからないというのに。
自殺する気なんて少しも無かったのだ。ただ気が付いたら、そういう事件になってしまっていた、それだけだ。少なくとも私の理解の範疇では。
◆
私は伯父の手引きで、あらゆる状況から逃げるように日本から脱出し、療養の名目で学生時代に住んでいたアメリカサウスカロライナ州へ居を移した。
そこは私にとっての第二の故郷。
若い頃、私はここで夢を燃やした。
溢れんばかりの希望を胸に努力の日々に明け暮れていた。
◆
IT化の風に新時代の幕開けをその身に感じていた私の夢は、母国の
だが実際帰国してみれば、そこで私を待っていたのは保守的な人々による新風の拒絶。
私の野望はいきなり躓いた。
日本社会の忖度文化。失点回避至上主義。私はたちまち無能のレッテルを張られ能力発揮の機会すら与えられないまま飼い殺しにされた。
日本では一度採用した社員を、無能だからという理由だけでは解雇できない。
私が所属した会社には追い出し部屋というものがあって、私は解雇されない代わりにそこでひたすら雑務を強いられることとなった。
具体的には、童話を呼んで感想文を書くとか。算数ドリルをするとか。どれもこれも、どのような利益を会社にもたらすのかまるで見当のつかないような作業。その繰り返し。
それでも。
私は、自分でいうのもなんだがどちらかと言えば我慢強い方だ。どんな職務でも粛々と受け入れ実行できるくらいには。
私は会社の言いつけを守るだけの単調な日々をこなした。
だがのうのうと、無気力な生活をしていたわけではない。
時代に取り残されないための新技術のリサーチは家に帰ってからでもできた。
いつ技術革新の研究現場に加えられたとしても即戦力となれるよう発明ノートを作り、祖国の発展に寄与したいという夢の実現に備えていた。
だが数年前。
会社の業績が悪くなり、所謂リストラが始まり出した頃くらいから、私の環境は激変した。
具体的にどう変わったかと言えば、嫌みがより大雑把で攻撃的な物となっていった、と、表現すればいいのか。
例えば大きな声での陰口。例えば知らぬ間に産み出されていた冤罪。例えば事故を装った物理的暴力。
個人の名誉や尊厳を直接貶めるいじめの始まり。
そこから私に課せられたのは社内の人間の憂さ晴らしという
私の書き溜めてきた発明ノートが日の目を見ることは無いのだ、その可能性は永遠に閉ざされたのだ、そう悟らされた幾日か目。気分を変えるため日々の勉強をキャンセルしいつもよりだいぶ早く就寝した日、ネガティブになってはいけないと自分を戒め眠りについた翌日だったか。
私は、布団から起き上がれなくなってしまっていた。
自転車のチェーンが外れいくら踏み込んでも車輪が回らなくなるかのような。
体が動かない。
というか、考える意志が消えてしまうのだ。
思考が霧散するのだ。
どうやら、私の知らぬ間に、私は心を壊していたらしい。
心が私の意志に反逆し、体を動かせという私の命令を拒絶する。心ばかりか肉体までもが私を裏切った。
私の発明ノートを監督するため定期的に私の元に訪れていた伯父に発見され、私は即病院に搬送された。
搬送先の病院で私は様々な検査をされた。が、結論を言うと原因は不明。その為病院をたらいまわしにされたが、その挙句くだされた診断はうつ病であった。
うつ病――ストレス――人付き合いの失敗による成れの果て。合理の塊である機械相手にプログラムという手段でやり取りするばかりだった私。
己が手にあるのはゼロとイチしかない世界の言葉のみで、人の感情にアクセスする言語を取得していなかった結果。
気まぐれに波打つ大海の波のような人々の感情のうねりに対処することができなかった結果。
今思えば、それは必然であったのだろう。
なるべくしてなった出来事であったのだろう。
その集団において私は最後まで価値の無い存在であった。そんな私が無理やり社会集団に潜り込み働こうなどという害悪を行った報いが、その
働いたら負け、とはこういう事か。
その後私は何日も何日も寝て過ごした。
色々なことが考えられなくなっていき、感じることもその日の気温がどうかくらいなところにまでなったある頃。
私は外に出て散歩しようと思い窓から出た。
その行動がちょっとした事件となり、私はとうとう日本で生活することを難しくしてしまった。
が。
まぁ、それはもういい。
すべては過去のことだ。
今の私は伯父さんが管理していた家をあてがわれ、相変わらず考える力のほとんどを失った状態のまま今日も無為に生きている。
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