無かったことにしたい日 ⑥-3-3

◇◇◇◇リンダ視点◇◇◇◇◇◇


未明。


夜襲朝駆けは奇襲の王道だ。


だがあんな方法で攻めてくるなんていったい誰が思いつくだろう。


敵は空から来た。


まだ夜が明けきらぬ鷺色の空に浮かんでいたのは、船。


四本マストの巨大船。


爆音を轟かせ船から吐き出されたのは鉄の大玉。


街を取り囲む塀も城壁も瞬く間に破壊され、そこへ足の速い亜人の軍勢が駆けていく。


「姫殿下! 予定を早めてご出立ください!」


近衛騎士団の副長が私に簡単な現状報告と王の指示を伝えにやってくる。


確かに私たちは元々夜明けとともに出立する予定ではあった。


だがこの状況で出立などできようか。せめて王城を守備する兵の主力が立ち上がるまで私の騎士隊で城門の守備をサポートすべきでは。


「姫殿下! ことは一刻を争います! 何卒迅速なご出立を! そしてかの偉大な魔術師殿に救援の要請をしていただけますようにと陛下からのご伝言でございます!」


「なっ……く!」


空に浮かぶ数多の大砲を積んだ船はフレガータと呼ばれる王国最新鋭の船だという。


海の覇権を手に入れるため秘密裏に開発していた王国の技術を奪った上に、それを空に浮かべる技術までヴァルマス家が手にしていたとあらば、もはや王国に抗す術はない。もしその可能性があるとすれば、それはくだんの魔術士が持つだろう古代の遺産だけだ。と父上はお考えらしい。


なるほどそういう事なら今の王国が勝てる道理はないのだろう。


しかしあのオークが我が国の協力要請にすんなりうなずいてくれるだろうか。


あの褒美を断った強者が、何を対価に動くというのだ。


―― 「あ、いえ、そういうのは大丈夫です」 ――


私はオークの去り際の言葉を思い出す。


そうだ。奴は我々に何も求めていなかった。奴は自分の求めるものを我々では用意できないと完全に見下していた。少しの期待も寄せてはいなかった。今更褒美など押し付けられても迷惑に思うだけなのでは。


――このままでは……あのオーク、褒美どころか私との関わりそのものを無かったことにしたいとか言い出しかねないかも……。


きっとチャンスは一度、あるかないかだ。ならば最高の一撃を、この城にある最上級の宝物を贈るしかない。私はその旨を話し、父にそう伝えるよう近衛騎士団の副長に頼む。副長は頷くと、目くばせを受けた彼の補佐役がすぐにその旨を父に伝えにだろう駆けていく。


――これで駄目ならやはり……やはりもう、事ここに至っては、私の処女を捧げるしかない。


「姫殿下! お早く!」


「……あぁ。わかった。私も王家の娘だ。覚悟は、出来ている!」


私は副長に先導され歩調を早める。


我が身可愛さに震えている場合ではない。


私の膜一つで国が救えるというのなら、私は喜んで股を開こうとも。芸術聖典ウスイホンにあった開脚前転からのマングルガエシ=ハズカシガタメだろうと、ダイシュキホールド=タネツケプレスだろうと受けて立ってやる!

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