閃いた日 ⑦-3-2
中学生くらいにもなれば、誰もが一度は考えるレゾンデートル。
何のために生まれて何をして生きるのか。
答えは簡単だ。親の都合で生まれて幸せになるために生き続ける。
辛かろうと苦しかろうと人は幸せを求めて生きようともがく。
喜びを求めて。楽しさを追いかける。たとえ胸の傷が痛んでも。
だが多様性溢れる人間という種族の中にはもがくことをやめてしまう個体がしばしば現れる。賢く愚かな人間という種の中には、実は難なく苦痛に挫折してしまう個体がそこそこ発生するのだ。胸の傷の痛みに耐え続けるくらいなら自死を選ぶという個体が。
私はどちらだったのか。
神を名乗る存在は事も無げに口にする。
「そもそもぬしは刻食いに呼ばれた存在よ」
自死ではなく、呼ばれた存在。
それは死の淵を覗いたから深淵に覗かれたという意味なのか。
はたまた単に言葉通りなのか。異世界召喚的な。
「刻食い、とは?」
「ぬしの考えでいうところの、神じゃな」
「神……貴方以外の、という事でしょうか?」
「妾は神の
「あの、さっき刻食いというのは神だと仰ったような」
「神じゃね。でもぬしの知識でだって神は神でも色々あるのじゃろう? ぬしの育った地域では特に。ぬしの考えでいうところの妾のような存在を検索したらば「神」という単語がヒットしたし合ってるんぢゃね? 他の候補には……現象というのがあるのぅ」
「現象……具体的にどのような?」
「現象は現象じゃろう。現象を現象以外の何というのじゃ? 検索してもそれしかヒットせんぞ」
「現象……自然現象とか、そういう現象でしょうか。例えば台風とか大雪とか」
「だから現象は現象じゃろ。主観的知覚によって総合統一されたものとか自分の脳内レンズから見えた範囲だけで構成された対象からなる世界とか言えば納得するのかや? そういう誤解上等な簡略化をするならばなぁ、つまりぬしは現象に巻き込まれ借金をしてこの世界に発生した、と、そういうことじゃな」
禅問答かな。
一休さんと将軍様ごっこはまたの機会にしてもらいたい。
先が見えないと悟った私は問答を切り上げ次の疑問を呈する。
「借金というのは?」
「金を借りるという事じゃな」
「……借りた覚えがないのですが」
「覚えがなかろうが実際に借りとるではないか」
「……えぇ、と。話が水掛け論になりそうなので質問を変えてもいいでしょうか。仮に私に借金があったとして、ククリ様にはどうしてそれがわかるのでしょう?」
「ステータスオープンしたからじゃが?」
「……ステータスオープンですか」
「そうじゃけど?」
こてん、と首を横にかしげるラブドール。球体関節だからか結構きっちり傾いている。
「それはその、どのくらいのことまで分かっちゃうんでしょうかね」
「そうじゃのぅ。ぬしの考えでいうところの、戸籍とか履歴書とか職歴書とかマッチングアプリの使用歴とか――は、入ってすらおらんとは。んまぁ、こんな感じでだいたいの事はわかるのぅ」
「結構丸裸な感じですね」
「それがステータスオープンというものじゃろ。レベルもスキルもバッチシわからんと。ぬしもそういうの作っとったからわかっておるじゃろうに」
「いえまるで別物のようにお見受けしましたが。もはやゲームの域を遥かに凌駕しているものなのではないかと」
「そんなこといってぬしよ。ぬしだってこの世界が何だかふわっとしてるなぁくらい思っておるではないのかぇ?」
「それは確かに思っていないことはないのですが、だからといってそこまできっちりわかってしまうというのは……あの、つかぬことをお伺いしますが、もしかして、私の心もククリ様にはオープン的な感じでわかっちゃってたりいたしているのでしょうか?」
「いや、それは無理じゃった。普通出来るんじゃが、壊れておった」
「え……神様の権能でも、壊れたりするのでしょうか?」
「ちがうけど? 壊れたのはぬしじゃけど?」
そういって私の頭を指さすモンデノーム。おめめはジト目モード。
見た目もあれなのだけれど、言っていることがそれに輪をかけて明後日の方向にぶっ飛びすぎていてまるで要領を得ない。
「私、壊れちゃってるのですか?」
「うんむ。たぶんここに呼ぶ時に干渉されたせいじゃろうなぁ」
「ここに……もしかして、我が家の環境がガラッと変わったのはククリ様の?」
「だってあそこじゃ遠いじゃろ? 勤務先遠かったらぬしってば割と平気でブッチするじゃろ? 体調悪いとかいって休んじゃう未来しか見えんかったもん」
「いえ、最近は調子がすこぶる良い方だと自覚しているところでしたが」
「そう思うじゃろ? ところが本来ならぬしはぬしの考えでいうところのエラーでダンプでシュレッダーじゃったところを妾の身を食って持ち直したに過ぎんのよ。これは妾の必殺の権能で詠んだから間違いないぞよ」
そう言いつつフフンと胸を張る神様。筐体の仕様上そこそこグラマラスなので割と絵になるポーズにちょっと驚いた。見た目ロリ巨乳巫女ってもしかしたらオタ紳士らの間ではそこそこメジャーなのだろうか。私もそこまで詳しくはないのだが、ちょっと釣り目なところがオタ紳士用語でいうところの「メスガキ」っぽいという点含めて需要があるのかもしれない。
「必殺の権能、ですか」
「妾ってば運命を先詠む女神じゃからのぅ。ぬしの考えでいうところの情報開示請求が得意なバリバリの弁護士じゃ」
「ちょっとよくわからないのですが。弁護士と権能の共通点的な部分が
「共通点とな……うんむ。ならばほれ、借金の証拠の記憶見せちゃろか?」
―― “貸付額は百億オラクルです。返済期限は五年です。ご利用ありがとうございました”
――
急に差し込まれた脳裏に浮かんだ映像で私は意図せず息を呑んだ。
あぁ。これ、覚えがある。
そういえばサバンナのアプリの隅っこにこういう表記があった。何かの広告かと思ってずっと無視していたがまさか借金の表示だったとは。
「あの、ククリ様。これ返済しないとどうなってしまうので?」
「んー? 死ぬんじゃない?」
なんという返答。借金のカタに命を取られるというのは物語ではよくある設定だが、ロリ巨乳のノリが軽すぎて滅茶苦茶真偽が測りずらい。
「……えー、もしご存じならお教え願いたいのですが、1オラクルというのは、ドルだとおいくらくらいなのでしょう」
「んー? ひーふーみー……ぬしの考えでいうところの、おおよそ一万ドルくらいかのぅ」
「一万ドル!?」
十五億ドルでも十五万オラクルにしかならないのに、百億オラクルを五年で返せというのか。そんなことは不可能だ。
「自己破産を申請したいのですが、弁護士様的には如何程の報酬でお手続きいただけるものでしょうか」
「ふぇふぇふぇ。ぬしの考えでいうところの法律なんぞこの世にあるわけないじゃろ。踏み倒すにしても相手が悪すぎるのぅ」
両肩をすくめて半笑い顔でヘラって見せる童女顔のラブドール。完全にこちらをコケにしている。これはやはりオタク界隈でいうところのメスガキロールプレイ設定が成されているのだろう。すごくわからせたい衝動に駆られる。
「救済法とかないのでしょうか」
「あるけど?」
「っ! それはどのような?」
「妾の信者を増やせば、妾の下っ端であるぬしにもお零れはあるじゃろうなぁ。ぬしの考えるところでいうねずみ講キックバックってやつじゃ。それで返済すればいいんじゃねぇ?」
「信者ですか……まぁ、神様ものゲームではよく聞くギミックですが……」
「そじゃね。有名になればなるほど神の説得力って増すもんじゃから。聞いたこともない名前の神様に祈っても御利益なさそうって人間は思うじゃろ?」
「それはまぁ、そうかもしれませんが。ちなみに、信者を一人獲得するごとにマージンは如何程いただけるのでしょうか」
「そんなの一人1オラクルに決まっとるじゃろ。下っ端の分際で駄賃の心配とは。宗教舐めとる? そういうのはちゃんと実績を積んでからにしてほしいのぅ」
「…………承知しました」
なるほど。濡れ手に粟はいつの時代もどこの国でも幹部以上ということか。ねずみ講って言っちゃってるもんな、それはそうか。
――二千億人の信者を作らないと死んでしまうファンタジーゲームってなんだよ。
もしかするとやり直し二度目の人生はハッピーライフ物と見せかけといての種明かし。これってよくある悪魔の所業のひとつではなかろうか。ファンタジーが聞いて呆れるとんだリアルシビアタクティカル物。一見幸せになれそうな建付けの中身地獄直行物語などいったいどの層が見たがるというのか。人の不幸を眺めるのって楽しいかな楽しいか対岸の火事には
ベタ過ぎて抵抗する気も起きません。これ、寿命返済期日だわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます