閃いた日 ⑦-3-3
「とはいえ、妾も鬼ではない。折角妾の使用人に就任したぬしをテンションダダ下がりのまま放置したとあっては神の沽券にかかわるというものじゃ。まずは飴をやらんとのぅ」
ハイライトの消えた目をしていたであろう私の前で、電波人形が右手を宙にかざし何かを掴む動作をする。と、その手はそのままテーブルに置かれた。
――?
「ぬしの能力で売却して見よ。ちょっとだけじゃが足しになるじゃろうよ」
次にその手が開かれると、そこからいくつかの固形物が現れる。飴色をした歪な形のビー玉のようななにかだ。
「これは?」
テーブルから手をどけるモンデノーム。ビー玉と思われたそれは、よく見ると琥珀のようであった。
――大粒で透明度が高い。
鼈甲飴色のものや乳白色のもの、夕日のような明るいものなど種類は多様だ。ひとつ千ドル以上はするのではなかろうか。
「まぁ使用人の仕事は多岐に渡るが、差し当たっては毎日の朝餉と夕餉の支度かのう。きちんと務めを果たせばまたくれてやろう」
「これを……売るのですか?」
確かにイーコマースのサバンナでは中古品の買い取りもしているしネットオークションや出店サービスもあるが、それらサービスを使うには写真をアップしたり買い手と交渉をしたり梱包作業をしたりと面倒ごとが盛りだくさんあるので正直やりたくない。お金に困ってない現状下ではなおさらやりたくはないのだが、さてどうしたものか。
「あぁそうじゃ、この身体の対価もくれてやらねばならんか。ほれ」
一体どこから取り出しているのか。先ほどと同じ動作をしたククリ様の手からジャラジャラとテーブルに撒き散らされた琥珀は百粒ばかり。サイババのビヴーティだってこんなには出ないだろう。これだけの量なら割とよいお値段にはなると思われる。ドール分を払ってもおつりが来そう。
「それを売れば勿論ぬしの力の源泉も増えるじゃろうが、借金もちょっとは減るじゃろうよ」
「それはもしかして、オラクルになると?!」
「う? うんむ、まぁそうじゃね」
予想外のことを言われ思わず声を荒げてしまったがそれも仕方のないことだ。だってそれはすなわち信者集めの苦労が減るという事を指しているのだから。
はっきり言おう。よく言えば人見知り悪く言えばコミュ障な人間にとって勧誘営業という仕事は苦行だ。苦行以外の何物でもない。ましてやつい最近までヒキニートだった私にできる仕事ではない。
ヒキニートに勧誘営業をさせるという行為は耐性のない者に病原菌群の中へと飛び込ませる行為と同義である。少なくとも勧誘営業をしなければならない環境に置かれたヒキニートは、その瞬間から死に至るかもしれない巨大な心理負荷を負うこと明々白々也。その苦痛は地獄の業火に焼かれるが如し、ぶっちゃけ心神喪失待ったなし案件。そんな理不尽が食事の支度程度で減るというのだ。気分はまさに地獄で蜘蛛の糸が垂れてきたのを見つけたカンダタである。亡者釣りを楽しむお釈迦様への批判などあろうものかよどうぞどうぞいくらでもお楽しみください。
「承知しました! 誠心誠意努めさせていただきます!」
「……ねぇ。妾、ぬしのツボがいまいちよくわからなくてちょっと不安を感じてるんじゃが、本当に大丈夫かぇ?」
「大丈夫です。頑張ります!」
「う、そう? ならいいんじゃけど――」
「頑張ります!!」
「……う。うんむ。では妾はもう休むゆえ、よしなにの。裏の大樹におるから何かあったら来るがよい」
「はっ! お疲れさまでした!」
用は済んだと席を立つご神体モンデノームの異世界神ククリ様、ご退出。いつの間にか茶は全て飲み干されており皿まで舐められていたがご愛敬。
食堂には私と蜥蜴幼女だけが残された。
「コスギ殿……コスギ殿の奥様はもしかして、神様であったのでありますか?」
「雲雀さん、彼女の声は聞こえるのですね」
「え? はい、普通に聞こえたでありますが?」
「……そうですか」
私の耳には他のドールと同じく音声合成ソフトの音に聞こえたのだけれど蜥蜴幼女には違ったらしい。はてさていったい何が違うというのか。
――考えたいことは色々あるけど……まずはこの琥珀を売りに出してみるか。
案外この琥珀が、この世界に隠された何かを知るきっかけになるかもしれない。
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