葉桜の日 ⑧-1-1

◇◇◇◇ サラサーティ視点 ◇◇◇◇◇◇


皇都につくと私は謁見許可を求める前に招集された。


あれよあれよと何事かもわからぬまま、私はエリス=大王陛下の元へと呼び出される。


「よく来ました。サラサーティ。実はあなたに聞きたいことがあったのです」


エリス大王陛下はエルヴン皇国の皇帝である。ちなみに大王というのは皇帝の血筋であることを示す人間の世界で言う所の家名だ。


「はっ! なんでしょうか陛下」


「この者らが我が領土に入り込んだと思われる人間の排斥を願い出てきました。元より我が領土への人間の侵犯は認められぬものですが、なんでも先日人間の領土で大きな戦があったらしく、そのどさくさに紛れて我が領土に逃げ込んだ人間がいるとこの者がいうのです」


陛下の御前にいたのは赤い鎧を着る目元を黒いバイザーで隠した金毛の虎人だ。


謁見の間では武器携帯が許されていないので丸腰だが、虎人の身体能力は高い。警戒の為皇帝直属の近衛が虎人の脇に控えていた。


――敵でも味方でもないという立ち位置みたいね。


「辺境を守護するあなたであれば何か知っているのではなくて? サラサーティ」


「はっ。そのことでございますが――」


私は領内に魔王の侵入した反応があった事、そこにはオークがいたこと、オークの連れていた人間が恐るべき力をもっていたことを包み隠さず報告する。


「なるほど。それほどの人間ですか。……お客人、あなた方の手勢のみでそれに対処することは出来ますか?」


「……そうですな……魔法の大家たるエルヴン皇国の辺境伯リトルフォレストをしてそこまで言わしめる術者が人間の国にいたというのは正直驚きました。我々だけでは難しいやもしれません」


「そうですか。まぁ魔術師相手ではさもありなん、というところでしょうね。で? どうするのです?」


皇帝の問いに虎人が沈黙する。目元を覆う黒いバイザーをわずかに指先で持ち上げ、押し殺すようなため息をついてから彼は言う。


「もしもご協力いただけるのであれば、我等には相応の対価をご用意させていただく準備がございます」


「ふふ。そうですか」


エリス大王陛下はにやりとし、視線が私へ。


「サラサーティ。どうですか?」


「恐れながら、並大抵の者にアレを抑えられるとは思えません。実は陛下、私は陛下にご助力を賜りたく皇都へ戻った次第なのです」


私は自分の近衛が一撃で倒された事実をのべ、自分も歯が立たなかったことを正直に報告した。


「サラサーティ。あなたの話は分かりました。あなたがそこまで評価するのですから相当なものなのでしょうね。……私はあなたを一騎当千と確信しております。ですからその者の脅威度は、五千の兵に匹敵すると思って臨みましょう」


「はっ! 過分なご評価恐れ入ります」


さすが陛下、話が早い。そして過分な評価有り難うございます。


兵隊五千か。それならばアイツらにぎゃふんと言わせることができる。


と、私が思っていると。


「四大啓典のうちの一部隊と聖典の七番を差し向けるようロリエに言っておきましょう」


「なっ! そこまでされるのですか!」


陛下の御前だというのに驚きのあまり思わず変な声を出してしまった。


しかし皇帝たる陛下が教皇の特殊部隊の派遣を要請する、というのだから驚くなと言う方が無理というものだ。しかもエリス陛下の準備させようとしている戦力は人間の兵隊なら数万を相手にしても勝利できる規模のもの。いくら相手が強力な魔術師だといっても、人間一人を始末するにしては正直戦力の過剰と思えた。


「それでいかがですか? 客人」


「皇国の聖人、花王・ロリエ=ハッピースキン猊下のご協力までとりなしていただけるとは。ご配慮痛み入ります。それでは我が国からも最も腕の立つ部隊を――」


「いいえ。せっかくです。我が国だけで対処いたしましょう。同行させるのはあなたか、あなたの腹心一人でよろしいのではないでしょうか。戦力ではなく見届け役として」


「……畏まりました。陛下のお心遣いに重ね重ね感謝いたします」


軽く、ほんの少しだけ上半身を前に倒す虎人。目礼よりちょっと敬意を示した程度だろうか。


無礼極まりない態度だが、よほどの力ある組織の使者なのか陛下も周りの者達もそこには触れない。


「ではサラサーティ。あなたは他に我が領内に人間が紛れていないかを確認してください。野獣部隊の使用を許可します。よろしいですね?」


「はつ! 御意に御座います陛下!」


帰ってきたタイミングが良かったのか悪かったのか。


私は何だかよくわからないうちに大ごとに巻き込まれてしまったようだ。


しかしこれは、考えようによっては私の転機となりうるのでは。大手柄を上げられるチャンスかもしれない。


――葉桜や、古都に二日の泊り客、なんてね。


春を過ぎ様々なものが緩みがちとなる緑まぶしい初夏のこの日、私は己の抱く大望を前に一層気を引き締めた。

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