無かったことにしたい日 ⑥-3-1

◇◇◇◇サラサーティ視点◇◇◇◇◇◇


あの人間の子供が振るった力に私の頭は真っ白になった。


小さな光の茨が迸ったかと思うと、次の瞬間にはバタバタと倒れていくエルフの騎士たち。


彼らは巫女を守る近衛だ。一般兵よりはるかに高い戦闘力を持っている。その猛者たちが魔法一発で戦闘不能にされたのだ。


たったの一発――いや、あれはただの魔法ではなかった。


まるで神の雷――双空神の一柱、雷神の扱う鞭のようだった。


人間ごときに使える魔法ではない。


――そういえば、私の魔法も全く通じてなかった。


あのオークは魔道具で防いでいたが、人間の方はいったいどうやって魔法をはじいたのか。全く理解できない。


――あの人間……オークがただのオークじゃないみたいなことを言っていたわね。


謎の術を使う規格外の人間を従えていたオーク。強力な魔道具を持っていたことといい、もしかすると本当に警戒すべきはあのオークのほうだったのかもしれない。


――私達の命を奪おうとした人間を御したオーク……何者?


神の代行者・31人の月姫メンストゥルアル31ピリオドが一人、三十番サーティ巫女サラリエたる私の神力を易々と受け流した人間の特殊個体。それを御することができていた時点であのオークは、やはりただモノではない。


「……もしかしてあのオーク、巨人族か何かなの?」


その昔、神に挑んだとされる種族、巨人族ティターンズ。精獣種の頂点竜族に並ぶ彼の種族は、遥か南の山脈に張られた封印結界内に住んでいると聞いたことはある。


しかしまさか、そのような存在が本当にこちら側に出てきているというのか。そして何故、この国にいるのか。


あの者は巨人族のイメージからはやや遠いビジュアルだったが、普通の人間種に比べればはるかに大きく黄色かった。髪も禿げ散らかしていたし。


「やっぱり変だわ。巨人族ティターンズが結界の外へ出られるはずがない、だって――……あっ」


記憶を辿り、伝承を頭の中でなぞらえているうちに、私はある一つの可能性に気が付いた。


それはあの者が、純粋な巨人族ではない、という可能性。


――巨人族そのものではなく、巨人族の血を引くオーク、とか?


そういえばあの人間はあのオークの事をハイオークと言っていた。その引っ掛かりが、かつて読んだことのある古の禁書目録のとある一節を私に掘り起こさせた。


――そうだ。確か巨人族ティターンズは、かつて神に敵対していた魔王によって拉致されたことがあったと……神へ挑むことができた巨人族ティターンズを調べることで、魔王は巨人族ティターンズに秘せられた禁断のことわりを解明しようとして――。


もしもその時、魔族らの口伝にある神への反逆のシナリオのひとつ【生命補完計画】が秘かに実行されていたのだとしたら。おぞましい与太話などではなく、もしも本当に、巨人族の女を実験台として魔族がオークの苗床にしていたのだとしたら。


――あの者が巨人族の血を引いたオーク、という可能性も――ある?


魔王の反応のあった洞窟から出てきたオーク。そうか、そういうことだったのね! これは偶然なんかじゃない!


その仮説を掴んだ瞬間、視野が明るくなった気がした。古書のなんとかという本の、事件を解決に導く探偵、というやつになった気分だ。これが感情移入というやつなのね。


そう。今、私はとんでもないことに巻き込まれてしまった。場合によっては魔王以上の脅威、世界の危機に繋がる事件の中心に。これはまさにアクヤクレイジョウコンヤクハキ、ヒロインがドリームな展開になるやつ。


「ちょっと! あんたたち、シャキッとしなさいっ!」


姫巫女の占いに従い魔王を探していたらそれ以上の大物に出くわしてしまった。これは一大事、というか私の手に余る大事件。あまりの凶事に私はこの事態そのものを無かったことにしたい衝動に一瞬駆られたが、一度死にかけた部下らの口をふさぎきることはたぶんできない。やってもどこかでボロが出て処分されるのがオチ。面倒くさがって怠惰をしてお姉様に何度お仕置き部屋に放りこまれたことか。指だけでは数えきれない。あぁ不幸な私。


――でも頑張れば、ここで頑張れれば、人生イッパツギャクテン来るんじゃないかしら?!


ネガティブな気持ちを振り払うように私は近衛たちに号令を下す。


「非常事態だわ! 皇都に向かうわよ! すぐに報告を上げなければ!」

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