無かったことにしたい日 ⑥-1-3

――うまいな……想像以上だ。


「これは良いものをありがとうございます。あなたは、この辺りで暮らしている方ですか?」


「ふふっふ。まさかなぁ。そんなことはないなぁ。ワイはぁ、石達が妙に騒ぎおるからぁ、見にきたやがぁ。てばぁ、こういう時にくるなぁは好きやがなぁ」


「岩が、騒ぐ、のですか?」


「ふっほっふ。石達の声は小さぐてなぁ。ふぅー。どれぇ、見せてやるがぁなぁ」


雲雀が兎人と呼んだ小さな人型が、そう言うとつるはしを取りに行く。


手につるはしを持った兎人は、その先端で洞窟の石の壁を打った。


はじけ飛んだ石が青く光る。アイドルコンサートなどでオタクらが振り回すサイリウム程度の光量だ。


「きれいであります!」


「……しかし、一瞬で消えてしまいましたね」


「んむぅ。空気に触れるとすぐにただの石になってしまうがやなぁ」


「空気ですか」


真空なら光り続けるのだろうか。


もしそうなら燃料のいらない光源として利用できるのではなかろうか。


「空気に触れないようにすれば光り続けるのでしょうか? 例えば海の中とか」


「んん? それぁどうだべなぁ? 昔天人らが作ったっていう浮遊石の結晶はあったみてぇだがぁ、海で光ってたとは聞かねぇがったなぁ」


「浮遊石? とは、この石の事をいっているんですか?」


「んん? せやでぇ」


兎人は割った石の欠片を今度は腰に下げていたゲンノウで叩いた。小さな欠片が飛び、削れた部分が青く光る。


「剥離すると光るのですね」


「私の母の形見の首飾りの石もこんな色でたまに光っていたのであります。削らなくても周期的に光っていたのでありますよ」


「ははぁ? 削らないでも光る浮遊石はぁ、天人あまんちゅの作った結晶ぐらいだべなぁ。削れたから光るんでぇはねぇのよあんちゃん。こらぁは力ぁに引かれてひがるんだぁな」


そう言って兎人は目を細める。


どういう感情で話をしているのかまるで読めない。異種族の表情からその機微を見極めるのは絶望的だと思えた。


「だとすると、雲雀さんの首飾りは浮遊石で出来ているという事ですか。空を飛べる雲雀さんにはあまり利用価値はなさそうですが」


「そうでありますね。でも首飾りが青く光るのは綺麗だったでありますよ。すごくきれいだったであります」


「…………」


なんだろう。私には全く関係ない話なのだが、人間にやられたという話を聞いてしまったからかとてもいたたまれない気持ちになってくる。


なんか、ごめん。世の中にはどうしたって悪い奴ってのはいるんだよ。でも悪い奴ばっかりじゃないんだよ。そう言いたい気持ちになってくる。


だがそんなものは嘘なのだ。詭弁なのだ。悪い事をした人間に会ってしまった時点でその者にとっては人は悪なのだ。いい女もいるとかいう話をされたところで私のストレスの種は消えない。そんな方便では人は楽にはなれない。もし傷を負った者が救われる方法があるとすれば、それはもう補償しかない。それ以上の適切な処置はない。慰謝料と接見禁止だ。それらこそが過去を慰め未来の安全を信じるきっかけとなり未来に向き合うための希望となる。


変に無理した微妙な笑顔を浮かべる蜥蜴幼女を慰めるには賠償が必要だ。母の形見を取り返してやる必要がある。今すぐには無理だけど、いろいろ片付いたらそれを探してみるのもいいかもしれない。そう思うくらいには、私の良心は締められ軋んでいた。


「石のぉ結晶がぁ光るのはぁなぁ、より大きぃな結晶がぁ近づいた時だぁなぁ」


「はぁ。そうなのですか。……ということは、結晶どうしが引かれあうとか、そういう性質があるということでしょうか」


「さぁなぁ。でもあれだなぁ。たまぁに、定期的にぃひかるなぁら、天空城でも近寄ったんでねぇがぁ?」


「……は?」


「天人はぁ、空にぃ島を作るためさぁ浮遊石を集めてたらしぃしなぁ、ごっづぅ。むかぁすぃ天人森あまんちゅーむい外間殿ふかまどぅんで働いてらぁワイのおじいさんが言ってたよぉ。ここん岩達が騒ぐのはぁここさ山ん上にぃ、空に浮く島が来とるからだぁど、ってなぁ」


「…………」


マジか。


あるの天空の城。


お客様の期待を裏切らないとかこの世界どんだけプロファンタジーだよ。流石ですとしか言いようがないぞファンタジー世界。魔物はいるわ姫はいるわドラゴンはいるわ天空の城はあるわでマンガン確定だ。つまりだまてんでいきなり振り込まされ八千点かっぱがれた気分である。


ラピュタは本当にあったんだねシータ! と叫びながら点棒をぶつけたい。


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