閃いた日 ⑦-1-2

こんな夢を見た。


布団に女が寝ている。私はその枕元に正座して腕を組んでいる。


「もう死にます」


女は小学生か中学生かって感じのおめめパッチリ若干釣り目なちょっと意地悪そうで悪戯好きっポイ顔をしている。


女の白い頬には赤みがさしていて、今ちょっと息が荒い。


両手が股間に延びていて、なぜなのかその辺がもぞもぞしている。


とうてい死にそうには見えない。


むしろ性の喜びをリアルタイムで謳歌しているように見える。


しかし女は静かな声で「もう死にます」ともう一度、はっきり言った。


自分も確かにこれは死ぬなと思った。


だって人前で一人遊びを上演してしまっているのだ。母親にオナニーを見られただけで死のうと考えたあの日の私と同じくらいの歳の子だもの。さもありなんという納得しかなかった。


女はそのうちビクンビクンと体を震わせ、弓なりにきゅーっとなった。


大きな潤いのある目で、長いまつ毛に包まれた中はただ一面真っ黒であった。(暗喩)


その真っ黒な瞳の奥に、私の姿が鮮やかに浮かんでいる。(諷喩)


私は何故こんなものを見せられているのだろう。


私は透き通るほど深く見えるこの黒目の色つやを眺めてしばらく。


ようやく、死ぬのは私だったかと理解した。


お巡りさんが来る前にずらかるか。待て慌てるなこれは孔明の罠だ。そんなことは無理だ、指名手配されたら逃げきれない。それに逃げたら罪を認めるようなものだ、まずは説得を試みるべきだ。


それでねんごろに枕の側へ顔を近づけて「死ぬって私がですかね。私が訴えられて社会的に死ぬとか、そういうことですかね」と聞き返した。


すると女は黒い目を眠そうに見張ったまま、静かな声で「でも、死ぬんですもの、仕方がないわ」と言った。


私が「すみません。私にはあなたのソロプレイを覗く意志はこれっぽっちも無かったんです。そもそもなぜ私はここにいるのでしょう。ちょっと状況がよくわからないのですが……」と一心に聞くと「わからないって、そら、そこに、写ってるじゃありませんか」と、女はにこりと笑ってみせる。


私は黙って顔を枕から離した。


腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。


しばらくして、女がまたこう云った。


「伝説の樹の下で待っていてください。また逢いに来ますから」


セルフプレイを見せた相手にまた会いに来るとはこれいかに。


卒業式の日に伝説の樹の下で女の子から告白して生まれたカップルは永遠に幸せになれるという伝説は聞いたことがあるけれど、今の状況は明らかに告白という段階を四つばかり飛び越えているように思える。お巡りさん連れてくるから待ってろよな、ということならわかり過ぎるくらいわかってしまうのだけれど。


女の意を汲み取れないまま、私はとりあえずいつ逢いに来るかと尋ねてみた。


「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――百年、伝説の樹の下で待っていてください。きっと逢いに来ますから――」


女は静かな調子を一段張り上げて「あなた、待っていられますか」と思い切った声で言った。


「」


私はただ、黙ってうなずいた。

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