閃いた日 ⑦-1-3
家の裏庭に馬鹿でかい大樹があった。
昨日まではこんなものはなかった。絶対になかった。
蜥蜴幼女曰く、その大樹はこの地を守る神霊の大樹だという。
人形たちも突然の異変に驚いていた。昨日は疲れて帰ってきたのでアレをする気にはなれずアレから逃れたい一心で人形たちをスリープモードにしたのだけれど、まさかそのツケがこんな形で返ってこようとは。
認めよう。確かに私は浅慮であった。私のしたことは家のセキュリティをオフにしてしまうような愚行だった。いくら疲れていてアレをしたくなかったとはいえすべての人形をスリープモードにすることはなかった。
一体くらい残しておけば――いやそれは無理だったと思う。だってそうしないとマキちゃんはハイヨードードーと私に馬乗りプレイを始めるだろうしエリーちゃんはお胸で私を挟んでシンバルプレイアンド虚無僧の尺八プレイをするだろうしローサちゃんはいけない洞窟探検探せソロモンの秘宝グーニーズプレイヤーになってしまうだろうしミレイちゃんは布団内新体操プレイで気が付くと私を起点に布団の中で即位体前屈になっているのだから。
「マスターのせいだぞ」
「マスターのせいねぇ」
「おやかたのせいと」
「ん。ん」
彼女らは四者四様で私を責める。多くは語らないまでも眼で責める。態度で責める。息遣いで責める。結局私は人形らに気圧され、これに懲りたらセーフモードは封印するように、という人形らの要求を呑む形で審問を結審され解放された。
「しかしこれほどの規模の転移術とは。まさに神の所業だな」
「そうねぇ。神殿の地脈リンクを作り直さなきゃいけないわぁ」
「おいは作った設備ば見てくると」
「ん。ん」
そうしてそれぞれ散り散りに私の部屋から出ていく。
「雲雀さんは、出ていかなくてもいいのですか?」
「私の畑は変わっていなかったであります」
違うよ? お前もでてけっていってんだよ。先輩たちを見習って自分で仕事を見つけなさいよ。とは私の外へにじみ出そうになった内心の呟きだ。
しかし私は堪えた。ギリ言わない。所詮蜥蜴幼女だし通じなくても無理はないなというあきらめがそれを言葉にさせなかったのだ――うん、これも建前だね。今そんな事言ったら八つ当たり以外の何物でもないっていう自覚があったから踏み止まれたんだよ私はそんなちっちゃい男なんだよわかってんだよすみません本当に生きててごめんなさい解説は以上でよろしいでしょうかあぁもうつらい。
「せっかく開けた場所に飛ばされたみたいですし、雲雀さん、畑を拡張してみてはいかがですか?」
辛うじて捻りだせたのは新しい業務の提案である。
何事も前向きにポジティブに。相手に期待できない事を何故できないのかと責めるのではなく、できそうな事をこちらから提案しやってもらう。相手をなじらない愚痴らないけなさない。これが大人というものだ。
「え? おお! それは良いアイディアでありますね! 農作業は好きでありますよ」
「それはよかった。では道具をお貸ししますよ。新しい作物の植え方なんかもお教えしますので出来る範囲でやってみてください」
「それは楽しみであります!」
喜ぶ野球少年然とした蜥蜴幼女。
うん、お前はもっともっと働いておくがいいよ。こちらはお前にただ飯を食わせる気はない。せっくすせっくす言えなくなるくらい農業に従事してください。その方が多分君のためです。と脳内に浮かべつつ私は微笑む。
――その間私は……飯でも作るか。
人形はボットなので作業させることに何の痛痒も感じないが、最近は蜥蜴幼女に作業を命じるとしばらくしてから奇妙なというか、名状しがたい感情に囚われることがある。
私は蜥蜴幼女が一生懸命農作業する姿を過去に何度か目撃してしまっている。
あの幼女はいつもコツコツ農作業をしている。蜥蜴幼女がサボっているところを私は見たことがない。きっとこいつは今日もそうやって作業をするのだろう。そう考えると、私だけがベッドで寝ていることに爪の先ほどの良心の呵責が生まれたりすることがあって、そうなったら私はなんだか寝ていられなくなってしまうのだ。
そういう時、私は一仕事することで心を紛らわせる。一仕事、と言ってもただの料理なのだが、要は気分転換である。熟慮が必要な作業は心の負担となり気力を失ってしまう私だが、料理くらいなら今は多少できるようになっていた。
――何を作るか……子供が喜ぶおかずベスト3はハンバーグ・カレー・からあげだったか……じゃあ次は、カレーだな。
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