閃いた日 ⑦-1-3

鉱山から帰宅した翌日。


私は夢を見た。


とんでもない失敗をしてしまったような絶望の後味。


取り返しのつかない罪を犯してしまったかのような罪悪感で私は目を覚ました。


それらを一言でいうなら、一番近い言葉を選ぶなら――恐怖。


背中から奈落へと落ちていく感覚。あるいは血も凍るような寒気。


目を覚ました私が最初に見たものは草原だ。


窓の外に見える景色が変わっていた。


森ではない。


木々が遠くに広がる、例えるならキャンプ場のような場所だ。


まだ夢の中なのか。


そう思って私は二度寝した。


少し眠り、どれほどかが経ち、意識が覚醒する。


眼を開けて窓のほうに目をやれば、やはり外の景色は先ほどと同じだった。


変わったのは太陽の位置だけだ。窓に差し込む光の感じから時間が進んだのだと思えた。


時計を見れば針が示すのは午前十一時。


パソコンの電源は入ったままだ。


空気清浄機もエアコンも動いている。


それらを見てふと、私は(バッテリーが持っているのはどういうことなのだろう?)と疑問を持つ。


ソーラー発電だけでは賄えない使用量だと思う。周りの環境が著しく変わっているというのにライフラインが維持されているのはどういう理屈によるものなのか。


私は洗面所に移動した。


蛇口から水を出そうと手をかざせば水が出る。


それは当然か。今まで使っていなかったのだから貯水タンク内の水はまだ十分にあるだろう。


ガスも灯油も、たぶん同じ理屈で残っているのではなかろうか。


私はデスク前に移動し、椅子に腰かけパソコンを操作する。


ネット――は繋がるが、ほとんどのサイトにアクセスできなくなっていた。ビジー状態を維持するだけでページが開かないのだ。


それはスマホも同様だ。ニュースサイトは見られない。GPSも機能しない。人工衛星のカメラにもアクセスできない。


けれどゲームはできた。オフラインモードだからか。


他に何ができるかと、私はアプリを一個一個確かめた。


イーコマースアプリサバンナは普通に起動した。


ニュースにはアクセスできないがショッピングページを遷移することはできる。オフライン状態でよくあるキャッシュ的な何かだろうか。


購入履歴を見ればそこに出てきたのは大人用のおもちゃカテゴリーのドール。


そういえばドールを買ったのだった。宝くじが当たる前だったからオプション装飾品には手を出さなかったが、ドール自体は最高グレードのものを購入したのだ。


――なんだこのログ。買い占めてるぞ? いや待て、この感じ、見覚えが……。


会計履歴を見て私は思わず眉を顰める。使った金額が総額五十億を超えていた。


いくら総資産二千億円越えとはいえ五十億もの買い物をするなどアホの所業だ。イカレている。私は間違いなく頭のおかしい人である。


しかし私は意外と冷静だ。取り乱してもおかしくない状況であると思うのだが、何故かそんなものか、とか、まぁそうだろうな、とか、しょうがないな、と言うような気分なのだ。


必要な処理をした時のような、こなした感。


片付けの目途がついた時に感じる安心感。


それと、僅かばかりの楽しさ。これは達成感によるものか。


こんなジワジワとこみ上げるような小さな喜びを感じたのはいつ以来か。


楽しい。楽しいな。ちょっとだけだが楽しい。


椅子から立ち上がり背を伸ばす。さらに飛び跳ねたりしストレッチをする。悪くない。気分が軽い。ひたすらに体を動かす。身体への刺激が心地よい。私は思いつく限りのストレッチをした。


身体のあちこちが甘い痛みを得て体が温まった頃。私はふいに、いつも私の体を押さえつけていたうっそうとしたものがなくなっていることに気がついた。


私はその場に立ち尽くす。私は、一体どうしてしまったと言うのだろう。


「コスギ殿! 大変であります!」


その時。家の中に音が響いた。


それは来訪者が部屋のドアを開ける音とともに発せられた声だ。


見ればそこには丸坊主の野球少年然とした子供がいる。声の主は少年だ。


最近ようやく聞きなれ始めた声。いつもはただの雑音程度にしか感じない子供の声が、どうしてかとても懐かしく思え、それが今、私の思考をかつてないほどに巡らせる。


「どうしました?」


少年の名前を呼ぼうとした私はクッと脳にブレーキを掛けられる。


名前――少年の名前――君の名は――。


にわかに少年が何かを投げてよこした。


野球ボール、よりちょっとだけ大きい丸い何かだ。


「家の裏の木に李雫の実がなっているであります。いえそうではなく、木が急成長して霊格の高い木に、あ、それもアレでありますが地形が変わっていて、あー、何から話せばいいのでありましょう!」


――李雫の実?


あぁこれうまいんだよなぁ。と、私は当たり前のことのように実を齧る。何の警戒もなく咀嚼し、いつか感じた味の再現に安心し、二口めを齧る。


「あああ! なんで食べるでありますかコスギ殿! それは初物でありますのに!」


私も食べたいでありますよ! と少年が私の元へ駆け寄り、私の手から実を奪い食べた。


「ちょ、雲雀さんそれは私の――」


そこで唐突に、私の意識はクリアになった。


蜥蜴幼女じゃん。お前なに人の果物食ってんの? ブチ転がすぞ。とは電光石火な我が脳内での閃きだ。

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