転移した日①-3-2

オリエンス工業が作った最新型ドールシリーズはまさに中二の性欲から夢までをカバーするロマンお化け。ドールの原点にして頂点。エロスとタナトスの本質をドールという形で具現化した傑作の極み。流石オリエンス工業。業界のパイオニアと呼ばれるにふさわしい仕事をしていると思う。


ついでだから言っておくと、私がサバンナで購入した銃で害獣を仕留めた場合、死体が残る。石コロにはならない。石コロにしてしまうのはマキちゃんだから、ということを追記しておく。


そしてもう一つ。


それを見たマキちゃんはとても驚き、そして喜んでいた。


いわく「魔物を仕留め魔石クリスタルにせず残すなど勇者でも不可能なことだ。流石マスターだな!」らしい。


それ以来マキちゃんは私に害獣を狩らせたがるようになった。


私が害獣を仕留めるとマキちゃんがとても上機嫌で害獣を解体する。私が仕留めた魔物に限っては、腐らず寄生虫もおらず魔力を帯びておりとても美味だなどといいながら。


だが私に言わせればイノシシの害獣は猪の味しかしないし、角のついたでかいうさぎの害獣も兎の味しかしない。過去ジビエ料理を作った回数はそれなりにあるが、その辺は私の元居た世界の食材と大差ないよう感じた。マキちゃんの絶賛って多分、自分で獲った魚は美味しく感じるみたいな事なんじゃないかなって思ったり思わなかったりさるばどーるだり。


いやいやそんな事よりもだね、私的に断然気になっているのは、ドールの食べたものの行方なんですよ。


私はマキちゃんがトイレしている姿を一度も目撃したことがない。つまり本当に絶賛されるべきはマキちゃんの方だと僕は思うんだよねマイダーリン。


だからまぁ、この世界は総括するとそういう感じだということだ。突っ込みどころに突っ込みを入れるべき時期はとうに過ぎている。そんなものはもう既に遥か彼方に置き去りにされてしまっている。次元が違う。それが現実だ。これが現状だ。どうにもできない、だってそうなのだから。受け入れるしかない。


そんなわけで、そろそろおわかりいただけただろうか、私がこの世界について深く考えない理由を。


確かに思考の硬直は危険なことだ。それは私にだってわかる。しかしそんな投げやりな考え方がこの先私に不幸をもたらすかもしれないとしても、それでも私は今この場ですべてに白黒をつけようとは思わない。そういうのは時期が来れば解決されたりするものだ。それが人生というものだ。それらが本当に解かれなければならない問題なのだとしたらそれは未来の私の課題である。きっとそれは未来の私が解決するだろう。解決するはずだ。解決したらいいな。


そういう理屈で、私の生活はしばらく狩り調理狩り調理の繰り返しとなっていた。



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キャンプ生活一か月をちょっと過ぎたくらいの日。森の中を走る集団を見かけた。


あぁ人って、やっぱりいたんですね。ここが田舎の里みたいな場所だから人がいなかっただけなんですね。なんてちょっと感動めいた気持ちと、普段は人っ子一人いないこんな場所に何用で? みたいな疑問が私を突き動かした。ちょっとだけ様子を見に行ってみようって。


で、覗きに行ったら、走っていた人々は追いついてきた人々とチャンバラをしていた。


うん。何をしているのだろうねあの人たちは。物騒過ぎだよ。もう絶句ですよ。マジの斬り合いとか。はっきり言って心臓凍り付いた。銃の乱射事件現場に居合わせたような物。マキちゃんがいなかったら尻もちついてちびってたかもしれない。


でも暴力沙汰をしている集団の凶器が剣だったのでまだ余裕はあった。こっちが地理的に高台になっていて視線を向けられなかったせいもあった。この先どうなるのかと観察するくらいには冷静さを保てていた。


キャンプ生活から一変、差し込まれたのは刺激の強すぎる生々しいやり取り。もう少し辛いの食べられるかなと思って唐辛子足したらそれハバネロで一気に食べられないレベルになってしまった感じ。


どうしよう、見つかったら危ないことに巻き込まれてしまうかなぁ。いや既に害獣の存在は危ないんだけど、人の存在はまた別の危なさがあるし。っていうか正直に言うと、人間不信な鬱病マンとしては見なかったことにしたい気持ちでお腹一杯。


そう思って眺めていると、今度はそこへ害獣の狼もどきが乱入した。


血の臭いに誘われてやってきたハイエナども。現場はたちまち三つ巴の戦いに――なるかと思いきや、数秒で狼もどきの増援が到着し三つ巴は人対害獣の構図へと。害獣の数多過ぎ。


さて我々はどう動くべきか。物語なんかでは人側を助けるパターンなんだろうけれど。私に言わせれば善良かどうかわからない人々を助けるのはリスクが過ぎる行いなわけで。だって彼らは今さっき互いに殺しあいを演じていた輩であるからにして。


それになんだか気力がなくなってきた。緊張が高まったせいか脳が考える力を失ってしまった。


ここはスルーするのが最善、という選択肢が頭に浮かんだ途端、それしか選べなくなっていた。


――よし帰ろう。


私はその場を後にした。

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