転生した日①-1-2

私は洗面所に移動した。


蛇口から水を出そうと手をかざせば水が出る。


それは当然か。今まで使っていなかったのだから貯水タンク内の水はまだ十分にあるだろう。


ガスも灯油も、たぶん同じ理屈で残っているのではなかろうか。


私はデスク前に移動し、椅子に腰かけパソコンを操作する。


ネット――は繋がるが、ほとんどのサイトにアクセスできなくなっていた。ビジー状態を維持するだけでページが開かない。それはスマホも同様だ。


ニュースサイトは見られない。


GPSも機能しない。


人工衛星のカメラにもアクセスできない。


けれどゲームはできた。オフラインモードだからか。


他に何ができるかと、私はアプリを一個一個確かめた。


イーコマースアプリサバンナは普通に起動した。


ニュースにはアクセスできないがショッピングページを遷移することはできる。オフライン状態でよくあるキャッシュ的な何かだろうか。


購入履歴を見ればそこに出てきたのは大人用のおもちゃカテゴリーのドール。


そういえばドールを買ったのだった。宝くじが当たる前だったからオプション装飾品には手を出さなかったが、ドール自体は最高グレードのものを購入したのだ。


――ふふ。私は何をしているのだろうな。こんなもの……。


私は勢いに任せてオプション装飾品のすべてをポチった。ついでに先に買ったスペシャルページに掲載されていた四体のドールのうち買わなかった他三体のドールもポチった。さらに何かのアニメのグッズだろう衣装やら人形やら武器だか防具だかロボットだか戦艦だかよくわからないショップのキャンペーンページに掲載されていた商品もすべてポチった。


会計確定のページを見て、私は一人ニヤニヤする。


総額一億円也。銀行の預金残高を見るときちんと減っていた。登録してあるデビットカードによる即時決済が通常に機能したことに少し驚いたが、そんなものはどうでもよかった。


いくら総資産二千億円越えとはいえこんなものに一億も使うなどアホの所業だ。イカレている。私は間違いなく、頭をおかしくした。


キャンセルすべき愚行と理解しているのに、私はそれをキャンセルしなかった。きっと私の頭は壊れて、夢と現実の区別ができなくなってしまったのだ。


その証拠に私は――自らの行いに楽しさを感じていた。


ジワジワとこみ上げるような小さな喜び。こんな気持ちを持ったのはいつ以来か。


楽しい。


楽しい。


とにかく楽しい。


私は勢いに任せて体をくねくねした。


さらに飛び跳ねたりその場でくるくる回ったりラジオ体操をしたりした。


爽快だ。


気分が軽い。


ひたすらに体を動かす。楽しさに身を任せる。


私はくだらないことをした。でも一度でいいからこういう後先考えないくだらない無駄遣いをしてみたかったのだ。


楽しさに身を任せひとしきり喜びを噛み締めた後。私はふと、いつも私の体を押さえつけていたうっそうとしたものがなくなっていることに気がついた。


私はその場に立ち尽くす。


私は、一体どうしてしまったと言うのだろう。


その時。家の中に音が響いた。


それは宅配便が届いたことを知らせるチャイムだ。


例えばサバンナで買い物をしたらドローンが届けに来る。屋上に品物が届けられるとそれを知らせるチャイムが家中に響く。


つまりその仕組みが動いたということだ。


聞きなれているはずの音。


いつもはただの、結果を知らせるだけの単純なそれが今、私の思考をかつてないほどに巡らせる。


気がつくと私は走り出していた。


エレベーターではなく階段を駆け上がった。


屋上に配達された荷物は貨物用エレベーターで家の四階に自動で運び込まれる。その後ベルトコンベアーでいくつもの分岐を越えて所定の場所へと押し込まれる。私が向かったのはそのベルトコンベアーが設置されている部屋だ。


「オープンザドア!」


声に扉の施錠システムが反応し解錠される。


部屋へ入ると――確かに段ボール箱がベルトコンベアーに乗っていた。


スイッチを押しベルトコンベアーを強制停止させる。


荷物が届いた。


確かに荷物が送られてきている。


しかしいったいどこから。


私は荷物の元へ駆け寄る。箱に貼ってある宛名が書かれた伝票を見る。


「――ッ!」


私は絶句し目を見開く。


――そんなことが……。


そんなことがあるのかと、驚きのあまり思考を手放してしまう。


だって伝票の品名欄には【ラブドール】と書かれていたのだ。

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