冒険の日 ⑤-2-2

この世界での私は、今までの私とは違う。


私は幸運に恵まれ金持ちになった。


金持ちとは有能な人間ということ。何故なら金とは信用を物質化させたものであり、金を得ると信用を得るは同義であり、信用を得た人間とは社会に認められた人間という意味であり、人の世ではそういった存在は有能と認識されている。


つまり今の私は有能だ。


努力とか能力とか才能とかそういった金を得るための様々な要素を無視して結果を手にした私。それでも、誰が何と言おうとも間違いなく私は物理的に勝ち組となったのだ。金持ちになるということは紛れもなく、あなたは生きていても大丈夫、という世間からのお墨付を得たということである。


金と健康は私に自信をもたらしてくれた。


健康な私は自分でそこそこ自分の面倒を見られる。


これは大きい。今の私は私が生きていることに誰にも文句を言わせない存在となったと言えるからだ。


おまけに私には私へのクレームを封殺する力がある。私を攻撃してくる邪魔な存在をほどほどに退けられる力がある。


それらは私の努力で得られたものではない。


私の才能で培われたものでもない。


しかしそれが何だというのだ。


世の中には生まれによっては初めからすべてを揃えられている人間だっている。人は生まれながらにして平等ではない。ゆえに経過に意味はなく、よって私はズルくない。結果だけが純然たる正義であり、すなわち私は、正しいのだ。


この身に得たのは途方もない全能感。今ならば何でもできそうな気がする――私がそう感じ、興奮したとして、いったい誰がとがめられようか。こんな圧倒的な幸運に巡り合ってしまっては、どんなに偉いお坊さんの説教とてただの絵空事、春の夜の夢のごとしだ。


――が。


私は、信じない。


この全能感を。


私は万能などではない。


今の私はいつひっくり返ってもおかしくない小舟の上で生活しているようなものだ。何故なら金とは、信用とは、たった少しの気の緩みでどんどん外へ、下へ、流れ出て行ってしまうものだからだ。


金とは外に出たがる生粋の旅行者ジャーニーなのだ。センチメンタルなお茶目さんなのだ。信用を損なわないためには絶えまぬ努力による自制が必要だ。うっかり親父ギャグなど暴発させようものならあっという間にそんなものははじけ飛んでしまうだろう。


親父ギャグを口ずさめない生活はつらい。親父ギャグと言うものは気が付くと口をついてしまっている恐るべき中毒性を持つ人生の劇薬であるからにして、それを遠ざけての生活は想像を絶する苦難に苛まれるだろうこと疑う由もない。日々のストレスに頭の毛が抜け落ちることマッハ文朱である。


スベることを舐めてはいけない。スベるとは、人格を揺らがすほどの隙を突かれるという事だ。どんなに高潔で厳格な人間でも、スベったが最後そのイメージは地に落ちる。性風俗店を渡り歩く臭い酒乱のおっさんと同等になってしまう。そうなったらもうお終いだ。イメージという奴は不可逆の変質であり、一度ひとたび下がればもう二度と上がることはない。少なくとも、元に戻ることなど決してないのだ。


世の中は厳しい。うっかり呟くことすらできない。これに対策をするならばもう、元を断つ戦法――人に会わないという選択――を取るしかない。


だから私は、世の中の迷惑にならないよう、今の幸運を保つためにひっそり生きていくことにした。


私がほしいのは私の思う小さな幸せだ。世界旅行とかグルメ旅とかそんなものには興味がない。私は暗い地下室で発明ができれば幸せだ。誰の目にも触れずひっそりと世界を動かす技術を学び開発したい。シンギュラリティを起こす才能達の末席に加わりたい。腕力がモノを言う野蛮な社会なんてお断りだ。近くで戦争が起こりそうとか考えるだけでヘドが出る。そういう文明の人間とは絶対に関わりあいたくなんかない。


そうして私は、ここに一つの目標を得た。


下読みに「流されているだけで主人公に目標がないですね」などと批評されないようにあえてここにわかりやすく発布しよう。


私は――私のささやかな幸せな生活を守るべく――ある一つの計画の実行を宣言する。


名付けて【オペレーション三匹の子豚末っ子謹製レンガハウス建立計画】。


つまりは我が家の要塞化である。

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