冒険の日 ⑤-2-1

「マスターぁ。王国で戦争は起こってなかったけどぉ、物々しい感じにはなっててぇ、人間が忙しそうにしてたよぉ」


そう報告してくれたのはエリーちゃんだ。彼女にはドローン制御のホスト機能があるようなので、その能力を見込んで先に訪れた例の王国の偵察をお願いしていたのだ。


「そうですか。やっぱり戦争が起こるんですかね。だとすると防犯を強化しておいたほうがいいかもしれませんね」


ここから王都までの距離は車で一日かからないくらい。森で悪路だったので時間がかかったが、距離としてはチャールストンからアトランタくらいかもしれない。日本でいうと札幌市から根室市くらいだと思う。


戦争に巻き込まれないと断言するには東京・京都間という距離は心もとない。ここは森だし、王都を攻めようとしている軍の行軍の中継点になることはないだろうけど、王国が負けた場合森に兵隊が散り散りになって逃げこんでくるという可能性はある。


敗残兵が野党になって治安が悪化するなんて話は日本史でも世界史でも枚挙にいとまがない。連絡さえとれるなら今すぐ警備保障会社(G4S)に警備を依頼したいくらいなのだが、サイトにアクセスできないのでそれはあきらめるしかなかった。


「そう心配するなマスター。私がいればマスターの身の安全は保障されたようなものだ。マスターの家もエリーが神殿化しているから侵入者を寄せ付けることはないと思うぞ」


「お庭は式神が守ってるけどぉ、心配なら数を増やすぅ? もちろん召喚はマスターにしてもらうけどぉ」


「いや、そういう神様のご加護的な奴だとちょっと安心できないんですよね」


エリーちゃんの言ってる式神と言うのはドローンや警備ボットの事だ。マキちゃんの言う神殿と言うのはよくわからないが、二人のオカルトロールプレイ設定でいうところの神がかり的な守りが施されている結界的ななにかという感じらしい。


「えぇ? これ以上マスターはなにが不安なのぉ? 盗賊程度に踏み込まれるような陣地形成はしてないのにぃ」


「いや待てエリー。マスターは戦争を想定しているのだと思うぞ。百万の重装騎兵団ヘタイロイ軽装騎兵プロドロモス重装歩兵ペゼタイロイ混成部隊に襲撃されればここもどうなるかわからない。そこに精鋭重装盾隊ヒュパスピスタイが混ざっていれば、銀楯隊アルギュラスピデスではなく青銅楯隊カルカスピダスだけだったとしても落とされる可能性は否定できない」


「あぁん。そこまで考えてるのならぁ、もうあたしたちだけじゃ無理よぉ。残り二人を起こしましょうマスターぁ」


「…………」


オカルトロールプレイの次は歴女モードかな?


全員起動したらファンタジーとオカルトと歴史の三次元ロールプレイが始まるのではなかろうか。


「起こしましょうと言われましても、ちょっと相手にする余裕があまりないというかなんと申しますか」


はっきり言おう。君たちに絞られてる現状で追加は無理だ。


そもそも私は絶倫系男子ではない。嫁は二次元と決めている世にいう草食系男子だ。いやむっつりだというならそれを認めなくはないが、少なくとも三次元はさようなら男子であることに違いはない。君たちは2.5次元だからかろうじてありの範疇だけどだからと言って無制限に受け入れるのは難しい。そう無制限は無理。そして私のアレの在庫も無尽蔵ではない。


「だが一人は戦士だぞ。これは貴重なクラスだ。何といっても万能職だからな」


「はぁ……万能……ですか」


「そうだよぉ。あたしは魔術特化でマキちゃんは騎士特化でしょう? 戦士は戦いに関係することなら何でもできちゃうすごいクラスだよぉ? 野戦陣地構築から鍛冶仕事や糧食作りまで色々できちゃうんだよぉ」


「あぁ。そしてもう一人は芸者だ。これは希少さでいえばクラスの中で最高位だぞ。個人の戦闘力はさほどでもないがそれでも固有技巧ユニークスキルである暗殺術は私でも脅威だ。他にも薬術・舞踊など様々な技能を持っていると聞く。まさにマスターの死角をなくす詰めの要員と言えるだろうな」


「狂化されているからぁ、引いても制御が難しいクラスなんだけどぉ、マスターならたぶんダイジョウブだと思うわぁ」


「はい? 制御が難しいというのは? あの、きょうか? って?」


「理性と引き換えに計り知れない能力を得る宿星ギフトだ。実物は個体によって程度が違うから私にもわからないが、マスターに牙を剥くことはない」


「…………」


なんだよ。なんなんだよそれ。


人形ドールだよね。今の話って人形ドールの話をしたのですよね。制御の難しい人形ドールってなに? えっちな目的で生み出されたのが人形ドールなのに制御が難しいって意味がわからないよそれってどんな変態設定なの。ますますもって起こすのがためらわれる今日この頃皆さんいかがお過ごしですか僕は元気です。とは宛先のない心の寸簡だ。


「やはり、起こすのは次回にしたほうがいいのではないかと思いま――」

「まぁまぁマスターぁ。考えるよりうむがやすしだよぉ。さっそく起こしに行きましょうねぇ!」


「あ待っ、いや待って。あのエリーちゃん? ちょ待ってください。ちょエリーちゃん? あの、どうしてそんなに力強い?! なんで乗り気なんですか!?」


「それは仕方がないことだマスター。何といってもエリーは女好きだからな。私もこいつの誘いを断るのには骨が折れる。新しい人員は私にとっても喜ばしいぞ」


「ふぁ?! ちょ! マキちゃん?!」


唐突に明かされた闇の一端。断るのに骨が折れる誘いとは。毎夜毎夜私のベッドに闖入してきたマキちゃんが実は既に一戦を終えた後だったかもしれないと想像しただけで私は言い知れない畏怖を覚えた。主に絶倫的な意味で。あとエリーちゃんの百合モードが実はバックグラウンドで常時連続稼働していた事実は知らないでいたかった。

「今日は徹夜になるかもしれないなマスター!」


「5Pなんて初めてだわぁ! 楽しみですぅ」


「くぁwせdrftgyふじこ!」 


そうして私はこの後無理やり二体の人形ドールに強制連行され、あれよあれよという間に新たな人形ドール起動の儀式を執り行わされる運びとなる。


つまりお勤めをしっかりさせられたということだ。まる。

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