冒険の日 ⑤-3-3

◆◆◆◆◆◆◆◆◇◇◇◇ リンダ視点 ◇◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆◆◆◆


ヴァルマス家の謀反を伝えて数日。未だ王都に敵軍は現れていない。


貴族らの不穏な動きには父上も警戒をしていたらしく、私の持ち帰った情報は割とスムーズに受け入れられた。


軍備も整えられており、賊軍を打つ兵団は即時編成されもう出撃の準備に入っている。


「おお! これは失われた魔術!」


私の手足を診断しに来た医師と宮廷魔術師が、手足に巻かれていた包帯を外して驚く。


オークの貼った布には古代魔術が込められており、この魔術には被対象者の魔力を吸って被対象者の身体を回復し続ける効果があるのだという。


そういわれてみれば失った手足がほんの少しだけ伸びているような気もする。


包帯は巻き直され、私は養生を強いられることとなった。


「リンダよ、お前はこれほどの魔術師をどこで見つけたのだ」


宮廷魔術師の報告を受けて父上が私の私室にまでやってきた。


私はあのオークが自分のことを秘密にしろと言っていたので話すのを迷ったが、やはり父上に隠し事をするわけにはいかない。人払いをして、父上に内密にすることを条件に今までのことをすべて話した。


「オークか……まさか敵性亜人に助けられるとはな」


父上は苦い表情で言う。とても受け入れられる話ではないとその顔には書いてあった。


「ですが父上、あのオークは人を害する者ではありませんでした。少なくとも、私にはよくしてくれたのです」


「そうは言うがリンダよ、オークと人間は相容れぬ存在だ。オークは他種族のメスを略奪し子孫を同種族に変える妖魔。とても人間と手を取り合うことなどできぬ」


仮に対話できる知能を持っていたとしても、本能が略奪者・捕食者である限り悲劇は避けられない。物理的な面で絶対に相いれないのがわかっているのに共に生きていくことはできないというのが父上の言い分だった。


確かにそういわれては私も頷くしかない。仮に人間とオークが分かり合い愛しあえたとして、生まれてくる子供は絶対にオークのオスとなれば人は滅ぶ。オークが人に対し今後ものすごく理解があり優しい存在になったとしても種族的に彼らは――人から見れば――敵性でしかないのだ。


「しかし、利用はできるやもしれぬ。人に対し理解があるという変わり者であるならばなおさらにな」


オークとは群れで生活する妖魔だ。大勢で人間の村や集落を襲いそこにいるメスをかどわかすという習性上、オークが単体で生活することはあり得ない。個で生活するなどオークとして生殖手段を捨てているようなものだからだ。


「お前の言う群れを率いていない優れたオーク、というのはどう考えても普通ではない。そのオークは何かしらの理由で優れた知識を持った結果、何かしらの理由で隠遁を強いられた個体なのかも知れぬ。その知識だけでも利用できたなら、我が国の発展に寄与すること疑いなしだな」


多分それホモだからですよ。とは私は言わなかった。


あのオークには世話になった。オークの性的趣向を明かさなかったのは私なりの慈悲であり恩返しである。


それはさておき、うまく距離を取ることで知識だけを手に入れる。御せぬようなら始末するという父上の考えは私にも理解できる。しかしそんな不義理をしていいものなのか。私はどう答えればよいものかわからず固まってしまった。


「我が娘リンダよ。そなた、もう一度そのオークに会って参れ。褒美を与えていないのであろう? ならば王族としてこのまま見過ごしては沽券にかかわる。兵百を預けよう」


「え……父上、それはどういう……」


「お前も王族の女なら皆まで言わずともわかるであろう。お前自身を使ってそのオークの知識を奪ってまいれ。無理ならば消せ。お前の準備も整えておく。明日出発せよ。よいな」


兵百というのはどのくらいの規模だったろうか。


たしか兵四人で班、兵十人で分隊、兵三十人で小隊だから、兵百人は中隊か。


それだけいればあのオークだって仕留めることもできるだろう。勿論仕留めに行くつもりではないが、けれど万が一、というのはある。


そう。もしも万が一、股間の牙を私に突き立てようとするならば交渉の余地はない。その時は我が国の兵をもって討伐することとなるだろう。つまりこれは抑止力だ。


よし、頑張ろう。頑張ってあのオークと和平交渉をしてみよう。ここで手柄を立てれば私の扱いも向上するに違いない。それは私としても望むところだ。


これは我が父による「かわいい子には旅をさせろ」的な、私のためを思って用意された初の冒険なのだ。

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